──この葡萄は、いったいどれほどの……
「──この葡萄は、いったいどれほどの人の手を渡ってきたのだろうか。」
この呟きの意味を正確に理解できる者は、たとえその場で発言者の姿を、その時点に至るまでの経緯を見ていたのだとしても、少ないだろう。
手には一房の葡萄──ではなく、一冊の文庫本。柄のない未晒しのクラフト紙に包まれていて、表紙は見えない。背が糊で固められているごくありふれた仕様で、赤みがかった本文用紙の上側の小口は断裁されておらず、赤褐色の栞紐が上側の背から覗いているが、それは使用していない様子だ。
「朗読?」
「否。」
青年の反応に、今その存在に気付いた風に顔を上げ、少女──と形容していいものか、若い女性は否定を返した。
少女の目の前にはテーブルがあるわけでもなく、そこはバス停脇の公園の一角、背後に植えられているヤマモモの雌木を守るように作られた方形の石組の、ちょうどこの時間は枝葉が陽を遮る位置だった。
青年は断ることもなくその隣に腰を下ろす。持っていたビニール袋を二人の間に置いた。中身の角が、今にも袋を破りそうだ。
「形だけでも断って欲しい。」
「何読んでたの?」
それほど重要な主張でもないようで、無視されたことには然したる反応を見せず、少女は本文の表紙を開いて青年に向ける。
「古本屋で見つけた。」
それは本を大して読まない青年でも知る作者の作品で、葡萄マークが目印の文庫から発行されているものだった。
「なるほど」