俺、働かなくてもよかったでござる
通貨の価値が違っていたアクシデントで……
ロレッタに案内してもらって、こっちのブロックにある銀行へやってきた。
MMOのときはなんとなく知っていたけど、さすがにこうなるとどこにあるか解らない。
「ミルカラ国営銀行西支店へようこそ。こちらの機器に手を当てて本人確認をお願いします」
魔法の機械なのだろうか。
閻魔が手を当てると、読み取りを開始したのか機械が光を帯びてくる。
「はい、本人確認は完了いた──」
受付のお姉さんが固まってしまっていた。
「し、支店長、大変です」
「どうしたんだい?」
奥からちょっと偉そうなおっさんが出てくる。
「あ、あの。筆頭預金者のお一人の閻魔様が……」
「な、なんですとっ」
急に慌ただしくなる受付の中。
「こ、こちらへどうぞ。ご用件をお伺いいたしますので」
「えー、おっさんに聞かれたくないんだけど……」
よく言う、閻魔もおっさんなのに。
奥の応接室に通された閻魔とロレッタ。
ロレッタは借りてきた猫のようになってしまっている、犬なのに。
閻魔は慣れたふりをしていたが、内心ビビっていた。
支店長ではなく、副支店長の年配の女性が受け答えをしていた。
「閻魔様、今回はどのようなご用件ですか?」
「今、俺の預金額、どれくらいあったっけ?」
「はい、現在、九千万ゴルドを超えたあたりかと……」
ゲーム時代、ドラゴンズガントレットを買ったときは、確か一千万ゴルドだったのを思い出した。
銀行カンスト弱はあったと思ったから、それくらいあってもおかしくはないだろう。
それに銀行カンストなんて閻魔以外でも珍しいことではなかったのだ。
課金しているユーザあたりは、複数キャラで銀行カンストさせているものも当たり前にいたから。
でもよくよく考えてみると、現実化したことのちょっとしたアクシデントで円に換算すれば九千億円にもなってしまうのだ。
ゲームだったときは、一ゴルド一円くらいに考えていたから気にしなかったが。
今現在は、とんでもないことになっていたのだった。
「(俺、働かなくてもよかったでござるってか? でも、銃と鍛冶仕事はライフワークだからなぁ……)あー、千ゴルドくらい下ろしたいんですけど」
「はい、今すぐご用意いたしますので少々お待ちください」
「ほら、ロレッタちゃん。もったいないからお茶飲もっか」
「ひゃっ、ひゃいっ」
閻魔の預金額を聞いてパニックを起こしてしまったようだ。
「ずずず……、ふぅ。結構いいお茶使ってるな(確かホームの金庫にも千枚くらいあったかな……)」
「お、おじさん。味がわかりましぇん……」
「あーうん。なんか、ごめんね」
「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ」
行員全員で閻魔に挨拶をしていた。
こんなうだつの上がらないおっさんに対してこの有様であれば、周りの利用者が驚いているのは仕方のないことだろう。
ご丁寧にも五十枚単位の棒銭を用意してくれたので格納が楽だった。
「おじさん、お金持ちだったんだね……」
「いや、俺もここまで貯まってたとは思わなかったよ」
「でも、なんであんなとこにいたの?」
「あのね、俺はこの世界で一番のガンナー、銃使いになりたかったんだ。だからね、一生懸命ひたすら狩りをしてきたんだ。自分で銃を作りながらね。あそこは俺の狩場の一つだったんだ」
「そっかぁ、それでなんだ」
「うん。そこにたまたまロレッタちゃんが走ってきただけなんだ」
「あたし、あのままでも逃げきれていたんだからね」
「はいはい」
そんな話をしながら二人は孤児院に戻ってきた。
「閻魔さん、ロレッタお帰りなさい」
「ただいま」
「ただいまー」
「表じゃなんですから、ナービスさんの執務室みたいなとこってあります?」
「はい、私の私室になります。こちらへどうぞ」
「じゃ、あたし、チロルちゃんの様子見てくるね」
「お願いね、ロレッタ」
きぃっ
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します」
「こちらへお座りください」
部屋の一角にソファとテーブルがあった。
「よっこいしょ、と。はー、やれやれ」
「うふふ、おじさんみたいですね」
「仕方ないですよ、三十歳のおじさんなんですから」
「あら、私と六つしか離れてないじゃないですか」
「なるほど、ナービスさんは二十四歳っと」
「あっ……」
「成人なさってから六年もお一人で頑張っていたんですね」
「いえ、毎日一生懸命やるしかありませんでしたから」
「それにしても教会って酷いことするな……」
「仕方ないのです、そういう決まりなので」
閻魔は棒銭を一本づつ並べていった。
「こ、これって……」
「はい、とりあえず今回の寄付になりますね」
五〇枚の棒銭が二〇本、合わせて千枚。
「あ、あの。いただけませんっ」
「えっ? 寄付ですよ? 部屋だって、建物の壁だって補修しなければいけないじゃないですか?」
「でもっ、多すぎます」
「俺ね。銀行いったら、筆頭預金者、この国でもかなりの金持ちだったらしくて。お金の使い道がないんです。だから気にしないで収めてください」
「でも……、これは冗談になりません。それこそ私は身体で、お返しするしか……」
「いや、それは嬉し……、いやいや。いいんです。俺が教会の代わりをするんです。あんな冷たいところなんて忘れて、頑張って孤児院を続けてください。ヤドラを五〇匹も狩ればそれくらいになるので大丈夫なんです」
閻魔は胸を張ってわざと大したことがないと演出をする。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「はい。チロルちゃんとロレッタちゃん。それと、ナービスさんご本人も、もう少しいいものを着て、いいものを食べてください。俺が許します」
閻魔はスタミナ回復用の飲料、ロイヤルミルクティを出す。
「これ飲んで落ち着いてください。あ、カップだけ貸してもらえますか? 瓶からでは飲みづらいでしょうから」
「うふふふ、はい。わかりました」
ナービスの目には涙が滲んでいた。
閻魔はカップを用意してもらって両方に注いだ。
「どうぞ、美味しいと思いますよ」
「はい、いただきます。あっ、おいし……」
「でしょう。もう少し落ち着いたら、助けてもらったこの町の皆さんにお礼をしてあげてください。それでいいと思います。あと」
「はい」
「少しは化粧をなさってください。せっかく美人さんなのにもったいないですよ」
「そんな、私なんて……」
「いいえ、許しません。あとロレッタちゃんは成人したんですから、化粧を教えてあげてください」
「そうですね。でも、私、化粧したことないんですよ……」
「それはちょっと俺にはなんとも……」
「うふふ、そうですよね」
「俺もね、家族がいないんですよ。(戻る方法なんてわからないし、この世界では知り合いはパン屋のおばちゃんだけだもんな……)」
「……そうだったのですか」
「いえ、孤児だったというわけではないんですが、家族とはもう会うこともできないでしょうからね……」
ナービスには閻魔が遠い目をしているように見えたのだろう。
「(あーでも勿体ないことしちゃったかな。いや、そこは駄目だろう。せっかくできた女性の知り合いなんだから、大切にしないと。でもちょっとくらいなら……)」
なんてことを考えていたのだった。
せっかくいいことをしたっていうのに、台無しだろう、閻魔。