二話リュウカ誕生
異世界リガイアの最北端、最も天に近い程高いとされる、龍天の山。
数多の上位龍や下位竜が住まう場所である。
そこに一つの龍の夫婦がいた。
その巨体を地面へと落とし大地を震わせて叫ぶ咆哮、森が揺れ鳥たちは空へと逃げていく。近い木などはその咆哮でなびき、脆い木が数本折れてしまう。
「ただいま帰ったぞ!ミリューよ!」
一匹の邪龍が、湖に向かい歩きながらに叫ぶ内容はこうだ。無論龍同士だから咆哮による会話になっているだけであって人種はこの言葉を理解することはできない。
湖に着いてもう一度咆哮を上げる。
「ミリュー?出てくるのだ!」
『何故咆哮で伝えてくるのよ。念話にしなさいといつも言っているのに。』
地に立つ邪龍の頭には念話が届く。
「おお。スマンスマン。」
『イヤだから念話にしなさいって』
『うーむ、3周期まるまるこっちにいないと、咆哮しかしてない我には念話なぞ忘れてくれと言ってるようなものだ。』
『あんた、他の龍に対しても咆哮で問いかけたの?念話せず?』
『ん?ああ勿論そうだ!念話なんぞまどろっこしいもんできん!頭の中の一部をさらけ出すようで実に不快だ!』
『そう。で、私の前では念話してるけど?』
『それは勿論、愛する我が妻、ミリューになら考えてること全て筒抜けでも構わんとも!』
『あらありがとう。でも咆哮はすると木が倒れたりするからあまりやらないでよ。』
と、念話が途切れると、湖の中心から小さな波を立て、ゆっくりと顔を出す。
『おかえりなさい。ゴーラン。3周期もの長旅、お疲れ様。』
『おう、帰ったぞミリュー。ところで、何故全身をださんのだ?それと、もう生まれてるであろう我が子はどこだ?名前は決めたか?』
『もう焦らないでください。いま出るわ。』
そう念じて、ミリューは体を持ち上げると
あたまから先の首がとても長い、いや体全体が細い東洋の龍の姿をした種、聖龍がゴーランに姿を見せた。が、どうにもその中間の部分がぽっこりと膨らんでいる。
『なんだ?ミリューそのまま体は?何か膨らんでいるように見えるが…』
『そうね。多分『コレ』が先の話の我が子ではないかしら。』
『そうかそれが…ん?なんだと?』
『人種と同じように、私も妊娠したらしいの。』
『なんと?そのようなことがあるとは…生まれた時の卵はどこに行ったのだ?まさかひとりでにその腹の中に入っていったのか?』
『ひとりでにというか…
この卵のとなりで寝ている時にふと違和感を感じたらわたしの中腹辺りに同化してたのよ。このことはあなたが帰ってきてから龍神様に相談しようと思っていたのよ。彼の方も先ほど帰られたし。』
『むう、訳がわからん。このようなことがあるとは。まあ、わからんことがあれば竜神殿に聞けばわかるか。
よし。では早速向かうとするか!』
『そうね。早めにこの状況をどうにかしないと。愛しい我が子に会うために。』
そう言うとゴーランはミリューの長い体を支え、飛び立った。
向かうは山の頂上より少し手前にある廃城の先、竜柱。
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それから半刻ほどして…
『城が見えたぞ、もう少しで着く』
『そうね。龍神様いらっしゃると思うけど…』
「ゴーランとミリュー!龍神殿に聞きたいことがあって参った次第である!龍神殿おられるか!?」
いきなりゴーランが挨拶をした。
無論大音量の咆哮によって。
その咆哮で辺りの雲は全て散ってしまい、飛ぶ鳥たちは身を翻して山を下りゴーラン達から離れようとする。
『ちょっとゴーラン!?そんな大きな声で叫ばない』
「うるさいわ!このバカ者が!儂が気持ちよくゲインバードと日向ぼっこしてたのに邪魔するとは何事か!」
上からの咆哮によりミリューの念話は途切れてしまい、咆哮による怒声のみが残る。ゴーランに勝るとも劣らない大きな威圧に、龍夫婦以外の生き物が全て逃げてしまい他にいなくなってしまう。
上空より長い尾を引きながら一匹の龍が降りてくる。東洋の龍の形に当たる龍、聖龍の一匹にして龍天の山の龍の長、そして現在二匹の龍の頂に位置する龍神の称号を持つ龍。名をエルグロンド。
この山でこの龍を知らぬ者はいない。
『申し訳ございません龍神様。ただいま我が夫、ゴーランの3周期の旅より帰還いたしました報告と、相談があって参りました。
夫の無礼、大変失礼致しました。』
ミリューが、前に少し出て恭しく首を下げながら挨拶をしているが、
『大変失礼した。龍神殿。このゴーランこの度帰還致した次第で。まさか龍神殿が鳥たちと日光浴などしてるとは思っても見ていないものでしたのです。ご容赦ください…』
ゴーランも反省して念話で話をしている。
『ほう?そうかそうか。では一つ聞かせて欲しいんじゃが龍の真偽眼』
『何のことですか?勘ぐられても何もない』
『お主の言葉は面白いのう。威厳がないじゃと?ん?』
『へっ?そのようなこと微塵も考えておりませんぞ!(マズイ!なぜばれた!?)』
(はぁやれやれ)『龍神様そんなことよりも見て頂きたいことがございます。』
ミリューは2人のやりとりの中、一方的に不利な夫のために助け舟を出した。というか、これが本題なのだ。あまり時間をかけることはないというのがミリューの本音である。
『ふむ。彼奴を虐めるのはあとにまわすかのう。先に用があるのじゃったな。その用とは?』
『はい。まず、私の中腹部を見ていただいてもよろしいですか?』
『腹部?…おおぉ、膨らんどるのぉ。病気か!?聖龍が病気になるとは…何の病か…待っておれ今思い出す。』
そう言うと龍神は地に尻尾から降り立ちとぐろを巻き、腕を組んで考え始めた。
『素晴らしいです龍神様!龍のかかる病にこころ辺りがあるとは!ただ、今回はその、病ではないのがわかっているのです…』
『む?何と原因がわかっておると?ということはすでに儂の力で治せるかを確認に来たというところか。』
『まあ、だいたい合っていますね。その原因は、我が子なんです。』
『ほぉ?そう言えばもう生まれてるはずじゃったな?どこにおるのかな?連れては来ておらぬか?』
『いえ、連れては来てないのですがここにおります。ここに』
ミリューは前足のつま先で膨らんだ中腹を指差してここにいる告げると、龍神は深くため息を吐いた。
『何じゃ?子龍のいたずらで母の口の中に入って抜け出せなくなったのか?何とまあ元気のいい子龍じゃのう。して、儂はお腹から取り出せば良いのかのう?』
『いえ、また少し違いますね。まだ我が子は生まれてすらいません。説明というか理由がよくわかってないんですがそろそろ生まれる頃に卵の横で私が寝ていたら、違和感を感じ、朝起きた時には卵が私の中腹に同化していたのです。どちらかといえば通り抜けて中に入ったというべきでしょうか。』
『そんなことが…一度診るべきかのう。』
『よろしくお願いします。龍神様の知識とその魔眼が頼りです。』
『フォホホ。おだてても結果は変わらんぞ。わかるかわからないかなぞこの真偽の眼だけがわかることじゃ。儂はそこから情報を聞くだけ。まあやってみるか。』
おだてられて少し調子に乗った龍神は、ミリューの側により、手を中腹に当てて、
『まさか!?先ほど我の考えていたことが筒抜けになったのはその魔眼のせいか!?』
『先ほど儂の言った言葉を肯定したな?愚か者』
『はっ!?しまっー』
『こやつ念話切りおったぞ。そして逃げおった。全くゴーランの奴め』
『あの馬鹿…』
ゴーランは分が悪いと見て上空に飛び立ってしまった。ミリューと龍神は呆れて見ていたが、見えなくなると中腹部分に眼をやり
『では始めるか。』
『はいお願いします。』
『では龍の真偽眼』
ゴーランを見たときとは別の言葉で発動させる。
発動させる言葉が変わるとその分だけ詳細に能力が使えるため、今回は真偽眼でお腹にいるであろう子龍の様子を確認し、あわよくば意思を確認するという言葉を込めて使用したようだ。だが、それは想定外の事態となる。
『むっ?何じゃこれは?』
『何が見えたのですか?』
『いや待て…しかしあり得るのか?…』
『一体どうしたのでしょう』
龍神の言葉に不安を覚えるミリューはその内容を聞きたくなるが、集中を途切らすのも…ということで独り言で留めていると…
『ミリューよ?人種は好きか?』
『何ですかいきなり。人種って人型全体ですか?』
『そうじゃな』
『そりゃあ良い人悪い人がいるのは世界の理です。逆に良い龍悪い龍だっているわけですし同じ生き物として、平等に見ています。』
『まるで模範解答のような答えじゃな。まあよかろう。』
『まさか!この私の中腹と卵は人種の誰かがかけたものなのですか!?まさか一発で犯人がわかるとは…』
『いや違うの。』
『違うのならば良いのですが…』
龍神はまた深くため息をつき、ミリューと眼を合わせた。
『お主は今人種の子を妊娠しとる』
『…?どういうことでしょう?』
『お主は人種、もしくは新たな種族たりえるかもしれぬ、龍の人、龍人を生むかもしれん。』
『!?』
ミリューは息を飲み、そして何も言えなくなってしまう。
『複雑であろう。我々龍にとって、最大まで感覚を研ぎ澄ませた勇者となり得る人種以外の人種全てが塵芥同然。ゴーランなぞ一息吹くだけで人種など飛んで行ってしまう。そんな矮小な存在を孕んでいるというのだからなぁ。じゃが、これを儂は運命の導きだと思っておる。
もしかしたらこれは座に座りし英雄王龍様が行ったのではないかと思えるのだ。根拠という根拠では無いが、このような事象を起こせる存在を儂は知らない。古の神々は儂ら龍とは関係を絶っている。なにせ龍神たるこのエルグロンドが神の加護を受けずに神を殺すことができる。位は儂の方が下なのにな。そんな弱い神々共にこんな奇跡を起こすとは思えん。そして、では誰がというところで、唯一の可能性が我らの英雄王龍様だと予想しておるのだ。何よりその人の形からでは考えられない程龍の魔力を感じている。ミリューのでは無いぞ?もう500年も前に感じた、英雄王龍様の魔力に似ている。きっとこの魂を保護なされておるのだ。』
『英雄、王龍様。伝説の龍神二代目。』
英雄王龍。それはこの世の混乱が起き、初代龍神がまとめた邪将龍率いる竜による戦争を、真っ向から対立し、勇者二人を連れて戦争を終わらせた聖龍。彼は人と手を取り、初代龍神を討ち破って戦争を終わらせた。これが原因で英雄と呼ばれている。のちに、龍神としての修行を経た後、世界各地に存在する全ての龍と交流や決闘をすることで、龍の王者となった。このとき称号として龍、神、王が揃ったことにより、神々の座る『座』に呼ばれて行ったという伝説の存在。
『我らの本当の神として崇めらるあの方の魔力、それが本当なら…私は生みます。我が子が人種であろうと、関係ありません。』
龍の伝説であるだけに、この話を聞いたミリューは祈るように子供に感謝した。龍神を疑う気などさらさら無い。子を授かることに感謝した彼女は英雄王龍の運命の導きに感謝した。
『そうか。馬鹿を呼ぶか?』
『そうですね。少しお待ちください。』
「いつまで逃げてるのですか!戻ってきなさい!」
(おお、尻に敷いとるのぉ。)
ミリューは突然叫び、ゴーランはものの数秒で戻ってきた。
『ミリュー、お前が咆えるなど珍しいな。何かあったのか?』
『龍神様、少々お待ちください。お灸を据えます。』
『う、うむ』
『どうした…おうあ!?』
ゴーランがミリューの側まで歩いていくと、途中で脚が止まる。冷たい。脚はなんと透明に凍っており、龍の力を持つゴーランでもビクともしない。
『龍神様に無礼を働いた事とそれがばれて逃げたことに対する仕置です。頭以外固まってなさい。』
『頭さえ残ってれば死にはしないからな。でも氷棺痛いから本当痛いからできればしてほしく無いというかもう反省してるんで本当に勘弁して!!あっああ!』
ゴーランが話してる間にミリューの放った氷棺は瞬く間にゴーランの頭のみを残して凍ってしまった。そして龍の体表は寒気には強いが龍による凍気では話が違うため、びしびしと鱗に傷がつき地味に体全体が痛くなる。時間と共に凍気の浸透率が上がるので痛みも強くなっていく。龍にも効くアイアンメイデンのように機能していた。
『では次にどうすれば産めますか?』
『…ん?あっああそうじゃったの。』
龍神は明らかに動揺していた。ここまでやるか普通というのが正直な感想である。
『産む、というのはあまり正しく無いかもしれんな。少々強引じゃが空間を引き裂いて胎内をこの場に繋ぎ取り出す。それが最善であろう。今すぐにでもできるぞ。やるか?』
『そうですね。すぐにでも!』
『何!?子が生まれるだと?って痛い!強くなってきてる!!痛いイタイ!!』
『ゴーラン。私は子を産みます。いえ正確に言えば私の子では無いかもしれません。でもこの運命の導きに感謝してこの子を産みます!たとえ人種だとしても、私はこの子を育てます!』
『人種!?人種を孕んだのか!?どういうことだ!?イッタイ!?ていうかイッタイ!氷棺痛いから早く解いて!イタタタタ!』
『ゴーラン、私は英雄王龍様の導きでこの子を産むわ。龍神様に確認してもらったら私は人種を身篭ってるそうです。龍神様が英雄王龍様の魔力というならほぼ間違いなく運命であると私は確信しております。ゴーランも父親として頑張るのよ!』
『わかった!約束する!だから!氷棺を解いて!!頼む!!!』
『ミ、ミリューや、此奴も反省しているようじゃし、解いてやっても良いのでは無いか?』
『…龍神様がそうおっしゃるなら。』
そう言うと、ミリューはゴーランに手を向けて、引いた。すると氷は一瞬で水になりパシャっと落ちて流れていった。
『はあ…はあ…こんぐらい…どーってことない…ぞ…』
『まあやせ我慢がいえるなら元気ということじゃな。さて…』
ミリューに向けて両手を向け魔力を込める。
『今すぐやってもよいかのう?』
『ぜひお願いします。』
『では。ディメンションホール』
魔力を込めた爪先で円を描くと、その中心から黒い何か…次元の歪みが出来上がった。
そこに龍神は手を入れると、ミリューが触られるのを感じたのかビクッと痙攣する。
『しっかりと繋がったようじゃな。どれどれ?…これかのう…人の形でこの柔らかい感触をした…
これだのう。』
次元の歪みからミリューの子供らしき人を持って手を取り出すと、歪みは霧散して消える。そしてミリューの手に子供を渡した。
見た感じ体格は華奢で髪は金髪で短く、その間から後ろに向かって二本の青い角が生えている。
『さて、名前は何にする?』
『実はね、子供ができたら名前はもう決めてたのよ。』
『ああそうだな。雄でも雌でも変わらず、龍の華でいて欲しいと思ってつけるつもりの名前だ。強さではなく、龍を惹きつけるだけの魅力を持つものとなって欲しい。それは人の形になっても同じでよかろう。』
ゴーランは子供が出てくると先ほどの怪我など嘘のようにしゃべりだす。
それほど嬉しいのだろう。
『お前の『あなたの名前はリュウカ』』
『そうか。龍の華、リュウカか。良き名だな。その名に恥じぬ育て方をするのだぞ。』
『『はい!』』
その日リュウカが転生したのは二人の龍の夫婦の一人息子。巨大な龍二人の十分の一のサイズしかない人として生まれた。
『ところで此奴は雄か?雌か?どっちじゃ?』
『『?さあ?』』