08.母と子
朝起きると母さんからメールが来ていた。
――今日の朝食だよ――
画像が添付されているようだ。
そういえば今朝はゆうすけが部屋から出て朝食を食べたんだっけか。
えっと……ハート形の目玉焼き?
確かにゆうすけは昨日目玉焼きが食べたいと言っていた。
これってこの形のフライパンで作るんだよな。
また通販で買ったわけか。
ゆうすけがどんな反応したか気になる。
きっと無表情のまま食べたんだろうな。
さて、俺も朝食を食べてエタるかな。
今日はバイトもないし、1日中こもるとしよう。
ログインしてあいさつを済ませた俺は、ゆうすけとかしわもちの動きを探ってみた。
どうやら街中でクエストをこなして、かしわもちの名声を上げるそうな。
名声を上げると受けられるクエストが増えたり、お城に招待されるようになったりする。
ゲームを楽しむには不可欠な要素だ。
楽しいことが起こりそうなのでついて行くことにする。
どうやらクーピーちゃんも遊びに来ているようで、昨日と全く同じメンバーが集まった。
「今日も4人で集まれて嬉しいよ。どこへハイキングに行くんだい?」
「いや……。まず街中をいろいろ歩くよ」
「ショッピングかい、それもいいねえ」
「まあそれでいいよ……」
クエストとか名声とかよくわかっていないようだ。
これでこそ母さんだ。
そしてゆうすけが最初に案内した場所は噴水前。
ここにはNPCの少年がぼーっと立っている。
そしてクエスト未クリアのプレイヤーが近づくと、スイッチが入って泣き始める。
「えーん……えーん…… 。お母さーん、どこ行っちゃったの……?」
「あらあら、迷子になっちゃったのかい? おばちゃんが探してあげようねぇ」
「ぐすっ……ほんと? おば……おねえちゃん?」
自分のことおばちゃんって言っちゃった。
まあ外見がちびっ子なだけで中身は46歳だからな。
このクエストは迷子の少年の母親を探すクエストだ。
街のどこかにいる母親を連れてくれば完了して、報酬がもらえる。
「じゃあおばちゃんと一緒においで。肩車してあげるからお母さんを探すんだよ」
「い、いや……。ボクここにいるよ。お母さん戻ってくるかもしれないし……」
「それより探した方が早いよ。ちょっとタカシ、あんたここで待ってておくれよ。お母さんが現れたら電話くれればいいからさ」
「え? まあいいけど……」
すごいテキパキと的確な指示を出してくる。
これが現実であればなかなかいい方法なのだが……これはルールのあるゲームだ。
このNPC少年は動けないはず。
でも面白いから見守っていよう。
NPCのAIがどこまで対応できるのか。
「さあおいで、急いで探すよ」
「あ、あの……。手引っ張られると痛いよ」
「あ、ごめんね。じゃあほら、肩車するからおいで」
「えっとあの……知らない人についていったらだめってお母さんに言われてるの」
ほほう、なかなかいい返しじゃないか。
さあどうするかしわもち。
「おばちゃんはね、かしわもちって言うんだよ。ほらもう知らない人じゃないだろう? ぼうやの名前は?」
「アルベーシュ……」
「いい名前だねえ。じゃあ行こうか」
「えー……」
割とよくありそうな展開なのだが、この自己紹介には常々疑問がある。
この方法を取れば誘拐犯だって知ってる人になれるじゃあないかと。
NPC少年困ってるなあ。
お、ここでゆうすけがNPC少年の手から母さんの手を引き離した。
「母さん、この子困ってるよ。急いで探しに行って連れてくればいいよ」
「えー、でもねえ……」
「お母様、わたしも経験があるのですけど……この子が勝手に動いたら後で怒られちゃうかもしれません。きっと迷子の時はじっとしているようしつけられてるんですよ」
「そう……なのかい? じゃあ探しに行こうか」
いい子のゆうすけと、いい子のクーピーちゃんの説得でかしわもちは納得したようだ。
悪い子の俺はそれを黙って見ている。
「じゃあアルベーシュくん、お母さんの特徴を教えてくれるかい?」
「うん、えっとね……」
母親の服装や髪形を細かく教えてくれる少年。
現実の迷子でここまで語れる子はいないだろう。
かしわもちは賢い子だねえ、と感心している。
あれはゲーム内ということを忘れている顔だ。
「じゃあ出発しようかねえ」
「うん、たぶん商店街の方にいるよ」
「ゆうすけ知ってるのかい?」
「ゲームだからね。そういう設定なんだよ」
「なるほどねえ……」
この迷子の母親は商店街を買い物しながらうろついている設定だ。
買い物依存症という情けない設定となっている。
かしわもちはそれ聞いたら怒りそうだなあ……。
何件か店を回って、服屋さんに母親はいた。
服を両手に持ち、どちらを買おうか悩んでいる顔だ。
子供がそばにいないことなど気にしてなさそうな感じ。
そこにいぶかしげな顔をしてかしわもちが近づいていく。
「ちょいとあんた、アルベーシュって男の子の母親かい?」
「え? はい、そうですけど……」
「その子が迷子になって泣いてるんだよ。案内するから一緒に来ておくれ」
「あ、はい……。場所を教えていただけますか? どっちの服を買うか選んでから行きますので」
「何言ってるんだい! あんたの子供が迷子なんだよ! 早くおいで!」
「あ、あの……」
予想通り怒りの表情で声を荒げるかしわもち。
まあ、気持ちはわかる。
しかしゲームシステム上では、このNPCも少年と同じように指定場所以外には行けないのだ。
理由は、他プレイヤーが同じクエストをする際に消えたりしたら困るから。
なお、クエスト最後に少年の元に現われる母親は別に用意してあるらしい。
見ることはできないが、同じ姿の母親NPCが2人同時に街に現われることとなる。
それはもちろん某夢の国のネズミと同じ理由で、知っていても言ってはいけないお約束
「さあおいで、無理矢理にでも引っ張っていくよ」
「あ、あの……絶対にすぐ行きますので……」
「だめだよ。あの子は泣いてるんだ。待つ余裕なんてないんだよ」
「そ、そう言われましても……」
さあどうするNPC。
このゲームのAIは優秀ということで有名だ。
どこまで対応できるのだろうか。
「母さん戻ろう。きっとすぐ来るはずだよ」
「そうですわ。それに早く戻ってあの子に見つかったことを教えてあげましょう」
「うーん……2人がそう言うなら」
いい子の2人によってあっさり説得されるかしわもち。
ちゃんと会話してくれるゆうすけと、お気に入りのクーピーちゃんの言うことは何でも聞くようだ。
少しがっかりして一緒に移動を始める悪い子の俺。
迷子少年の元に戻ると、すぐに母親がやってきた。
なんとなく俺がクエストをやった時より早い気がする。
NPCも身の危険を感じたのだろうか?
「あ、お母さーん!」
「もうアルベーシュったら、ちゃんと待ってるように言ったじゃない。通りすがりの人に迷惑かけちゃって」
「うう……ごめんなさい」
「この方たちにお礼をしないとね。あ、これよかったら使ってください」
「ええっ! その釣竿ボクのだよ…… お母さん……」
母親はクエストの報酬にやっすい釣竿をくれる。
ゲームとして考えれば問題ないが、よく考えるとひどい話である。
かしわもちはこのやり取りをぽかーんとした顔で見ていたが……釣竿を受け取った直後、その顔が真っ赤になった。
「ちょっとその言い方はなんだい! 子供ってのは母親が必要なんだよ。それをほったらかして買い物をしておいてあんたほんとに母親かい?」
「え? えっとあの……」
「放っておいてこの子が誘拐されたり、体調を崩して倒れたらどうするつもりなんだい。こんなんでこの子が将来グレちゃったりしたらどうするんだい!」
うん、この意見はごもっとも。
このクエストを考えた人はどうしてこんなおかしな設定にしたのか。
がんばれかしわもち!
周りには叫び声に興味を引かれた人たちが集まっている。
「母さん……」
「お母様……」
先ほどはかしわもちを止めていたいい子たち2人も見守っている。
クーピーちゃんなんて涙流してるぞ……。
なおも続くかしわもちにお説教にNPC母親はたじたじだ。
しかし、それを止めたのは意外にも……。
「やめて! お母さんをいじめないで……」
「えっ……」
母親をかばうように立ちはだかる少年。
「お母さんは何も悪くないの……。僕が泣き虫だからかしわもちさんに迷惑かけちゃってごめんなさい……」
「で、でもおばちゃんは……ぼうやのためを思ってね……」
「お母さんは今ちょっと疲れちゃってるんだ。お父さんが浮気して出て行って……それで買い物して気を紛らわせて……。だからお母さんをこれ以上責めないで」
「アルベーシュ……ううう……ごめんねぇ……」
そして抱き合うNPC親子。
AIのアドリブとも思えないし、こんな裏設定があったんだなあ。
周りのギャラリーも同じようなことを思っているような反応をしている。
かしわもちはどうするんだろうなあ。
「そうかい……。ぼうやはいい子だね。お母さんを大切にするんだよ。はい、これ持ってお行き」
「えっ! 僕の釣竿……いいの?」
「もちろんだよ」
かしわもちはクエスト報酬を返そうとしている。
しかし、このゲームでNPCに物をあげたりはできないはずだ。
「ありがとう! かしわもちさん」
「うんうん、これで魚釣ってお母さんに食べさせておやり」
「うん!」
あれ? 返せた……。
そんなこともあるんだな。
「あの釣竿……返せるんだな」
「え? 僕はすぐに返したよ」
「わたしもすぐに返しました。だって可哀想でしたし……」
どうやら俺は心がすさんでいるようだ。
その釣竿を持ってすぐ川へ行き、あっさり折ってしまったことは黙っていよう……。
なんだかへこんだ……そんな1日の始まりであったとさ。