07.帰ってきたカーチャン
『かしわもちがやられたようだな』
『くくく、奴は我らカーチャン四天王の中で最弱』
『次はこのよもぎもちの出番だな』
母さんが滝から落ちて慌てるゆうすけを前に、俺は脳内で四天王ごっこを行っていた。
なぜこんな落ち着いていられるかというと、かしわもちのHP表示を見ると一切減っていないからだ。
このゲームは高所から落ちると、痛みはなくともHPが減る仕様だ。
つまり滝から落ちてもダメージを受けていないと見える。
すでにかしわもちが滝に落ちて5分ほど……まだGMは来ていないな。
ゆうすけは泣きべそをかいている。
その背中をさすって慰めるクーピーちゃん。
さっきの会話でゆうすけがひきこもりと知ったのに優しい子だなあ。
特に問題ないようだ。
「兄ちゃん、どうしよう……」
「大丈夫だ、あれが最後のかしわもちとは思えない。きっと第2第3のかしわもちが……」
「兄ちゃん何言ってるの?」
「あ、来た……」
じゃあ説明するかー、と思いつつ後ろを振り返ると……かしわもちが上流から流れてきた。
あれが第2のかしわもち?
「タカシー、ゆうすけー、クーピーちゃーん、なんでここにいるんだい?」
「いや、それはこっちの台詞だよ。なんで上から来たの?」
「え? さっきあそこの滝から落ちて来たんだよ」
かしわもちの指さす方向を見ると、上流にも滝がある。
この滝とあっちの滝はつながっているんだろうか?
「なかなかおもしろかったよ。もう1回行ってくるから見ててね」
「うん……。いってらっしゃい」
かしわもちに再度別れを告げ、上流の滝を双眼鏡で眺めてみる。
あ、第3のかしわもちが上から出てきた。
なるほどな、ああいう仕掛けになっていたのか。
しかもなんだろう、滝に対して垂直に立っている?
さっき直立して川を流れていた状態から90度曲がった状態というか……。
シュールな光景だなあ。
これも記念写真を撮っておこう。
再度かしわもちが俺たちの元へ流れ着く前にGMが降臨した。
「お待たせいたしました。GMのドングリーウルフと申します。おかしなバグに遭遇したとのお話でしたが……」
「あれです」
「なるほど……どこかから落ちてしまったのですね。強制転移させましょう」
GMがなにかを念じると、かしわもちが俺たちの目の前に瞬間移動してきた。
ゆうすけやクーピーちゃんと抱き合って感動の再会をしている。
俺はGMにかしわもちが落ちた場所を伝えるために移動だ。
「なるほど……ではこのあたりを調査するので近づかないようお願いします」
「わかりました」
GMはどこからともなく取りだした看板を立てて、ここに近寄らないでねと注意書きをした。
これに逆らうと怒られちゃうので、みんな近づかなくなる。
あとでかしわもちにも教えておこう。
「それでは帰りますね。バグ報告ありがとうございました」
「いえ、ありがとうございました」
「では、よいエタを!」
お決まりの台詞を残してGMは消えていった。
さて、釣り場を変えて釣りの続きをするかな。
みんなのところへ戻ろう。
「ゆうすけ、明日の朝ごはんは何がいい?」
「めだまやき……」
お、さっきゆうすけが勢いで約束していた朝食を一緒に食べるは実行されるようだ。
いい傾向だなあ。
バグがいい仕事した。
「おーい、タカシー」
「お疲れ様、母さん」
「うん、たくさん歩いて流れて疲れちゃったよ」
「じゃあ少し休んでなよ。釣り続けるから。もうすこし釣れたら調理してよ」
「そうだねえ、そうするよ」
「かしわもちさん、肩おもみしますね」
というわけで母さんが休みつつクーピーちゃんが肩もみ。
俺とゆうすけが釣りを続けることにした。
「ふう……ううん……クーピーちゃん上手だねえ」
「うふふっ、いつでもさせていただきますので疲れたら言ってくださいね」
「あんっ……そこ、そこだよぅ……」
少し離れたところで可愛い女の子同士がいちゃついているような光景が見える。
そしてなんだか色っぽい声。
しかし俺とゆうすけには真実の姿が脳内で見えているため、一切ときめくことはない。
「なあゆうすけ、母さんがいるとおもしろいことばっかり起きるな」
「うん、でもいつもひやひやさせられるよ……」
「そうか、でもちゃんと面倒見てるお前はえらいよ」
「そりゃまあね……」
最初はどうなるかとわくわ……ひやひやしたもんだけど、母さんの作戦はうまくいっているな。
あとはゆうすけが外に出るようになってほしいわけだが……。
どっか誘ってみるか。
「ゆうすけ、今度リアルでも釣り行くか?」
「そうだね、行きたいかも……」
「よし、今度実家帰るついでに行くか」
「うん、それとさ……コンビニのバイトって大変なの?」
「そうだな、わりと覚えることがあって大変だぞ。でも捨てる弁当もらえるから、俺みたいに1人暮らしだとお得だ」
「そっか……」
なんでいきなりこんなことを聞いてくるんだろう?
まさかバイトしたいのか?
だとしたらいきなり成長しすぎだぞ。
「もしかしてバイトしたいのか?」
「うん……もうすぐ母さんの誕生日だから……」
「そういえばそうだったな」
と言いつつ俺は覚えていなかった。
ゆうすけ……えらいぞ。
母さんにプレゼントを買いたいわけか。
あ……バイトで思い出した。
実家近くで店やってる知り合いが倉庫の片づけしたいから、帰って来た時手伝ってほしいと言っていたな。
「ゆうすけ、ちょっとした力仕事のバイト頼まれてるんだ。一緒にやるか?」
「あ、兄ちゃんと一緒ならいいかも。僕にできるかな?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあお願い」
「よし、ちょっと連絡してみるか」
というわけで知り合いのおっちゃんにメールをした。
結果、3日後にゆうすけと2人でバイトが決まったのであった。
その2日後に母さんの誕生日である。
もともと実家へ帰る予定だった時に誕生日で助かった……。
「兄ちゃん、ありがとね」
「いいってことよ。お、結構魚釣れたなあ」
「おなかすいたね……」
「よし、料理してもらおう」
女性陣の方を見ると、かしわもちがうつぶせになってマッサージをされていた。
完全にくつろぎモードである。
「母さん、魚たくさん釣れたよ」
「そうかい、お疲れさん。じゃあ料理しようかね。クーピーちゃん一緒にやろうね」
「はい、お母様」
なんか呼び方がお母様になってた。
ゆうすけがリアルひきこもりと知ってもまだ好きらしい。
ゲーム内で優しくされたのがそんなに嬉しくて惚れたままなのだろうか?
女心はよくわからない。
そしてかしわもちとクーピーちゃんの共同調理が始まった。
材料に向かって2人で同時に手をかざして念じる。
こうすることで失敗の確率を抑えることができるらしい。
さらに大成功の確率も上がるというお得な方法だ。
さて、この間にゆうすけに聞いてみよう。
「なあゆうすけ、クーピーちゃんのことどうなんだ?」
「どうって別に……しょせんゲームの中だよ」
「そうか……」
なんだかドライな奴だな。
つまらない……。
照れ隠しにそう言っているだけで、実はどきどきしているはず。
俺の脳内設定ではそういうことにしておこう。
「ゆうすけー、タカシー、できたよー」
「できましたー」
ちょっと会話しただけで完成したようだ。
おいしそうな焼き魚とちょっとしたサラダが4人分。
さっそくお食事タイムだ。
なおこのゲームは食事方法が2種類ある。
アイテムとして消費し10秒程度で終わるか、普通に料理として食べるか選べるのだ。
もちろん後者を選択する。
「ゆうすけ、おいしいかい?」
「うん、おいしい……」
「クーピーちゃんも一緒に作ったからおいしいだろう。この子はいいお嫁さんになるよ」
「やだもうお母様ったら……」
ゆうすけは相変わらずだが、女性陣は楽しそうでなにより。
クーピーちゃんのリアル情報をちょっと知りたい俺がいるので、いろいろ聞いてみるとする。
「そういえば結構遅い時間になっちゃったけど、クーピーちゃんは時間大丈夫?」
「はい。夏休みですし、宿題も朝やってるんで問題ないです」
「そうなんだ。夏休みでバイトとかはしないの?」
「うちの学校バイト禁止なんですよね……」
「そうなんだ」
女子高生なのだろうか?
だとしたらゆうすけと年齢的にもぴったりだ。
母さんも俺と同じように考えているのか、わくわくした顔だ。
さて、何を言いだすだろう。
「そうだ、クーピーちゃんフレンド登録しようよ。ゆうすけ、どうやるんだっけ?」
「さっき教えて登録したばっかりじゃん……」
「もう1回教えて」
そうか、かしわもちとユースはフレンド登録したんだな。
俺は同じギルド内にいるので特にいらないと思ってしておいた。
クーピーちゃんとフレ登録するついでに俺ともしてもらおう。
そして俺たち家族4人(仮)はフレ登録することとなったのである。
そして釣り遠足は終わり、リアル時間が遅いため解散となる。
俺の想いはただ一つ。
がんばれゆうすけ!