06.さらばカーチャン
川に到着して、さっそく初心者2人に釣りを教えることになった。
もちろんゆうすけはクーピーちゃんに教え、俺は母さんに教える。
といってもそんな難しいものではない。
仕掛けや餌つけはゲームシステムがある程度自動で行ってくれる。
教えながら、母さんは小声で俺に話しかけてきた。
「ねえねえ、タカシタカシ。クーピーちゃん可愛いよね。ゆうすけとつきあったりするのかな?」
「ゲーム内ではあるかもね。ゆうすけはあんまり興味なさそうだけど」
「どうしてだい? あんな可愛いのにもったいないよ」
「可愛いのはゲーム内の容姿であって、現実はわからないだろ。母さんだって実物と違ってすごい可愛くなってるわけで……」
「むうう……わたしの勘だとあの子は現実でも可愛いよ」
「どんな勘だよ……」
予想通り母さんはクーピーちゃんを気に入っている。
このままクーピーちゃんが母さんを取りこんでいけば、そのうちつきあう流れになるかもな。
そしてゲーム内での結婚……略してエタ婚になるわけだ。
ゆうすけ……兄ちゃんは、ただただ生温かく見守っているからな。
「それで、この川では何が釣れるんだい?」
「いろいろだけど、釣れまくるのはハゼかな」
「なるほどね。レシピメモはと……。じゃあ4匹連れたら焼き魚にしようね。クーピーちゃんと一緒に料理するんだよ」
「楽しみにしてるよ。でもいいの? 今日の流れだと、ゆうすけは母さんの手料理じゃなくて、クーピーちゃんのを食べることになるよ」
「それはいいんだよ。彼女の手料理を食べるゆうすけ……楽しみだわあ」
「まだ彼女じゃないって……」
なんか舞い上がってるなあ。
ゆうすけが彼女を連れてきたような気分になっている。
さて、ゆうすけはどうしてるんだろう?
聞き耳を立ててみようか。
「ユース君すごいなあ、なんでもできるんだね」
「いや、こんなの簡単だから」
「そんなことないよぉ、わたし教えてもらうまでわからなかったもん。これはどうするの?」
「あの、そんなくっつかないで……」
「えー、だって近づかないとよく見えないもん」
なんか楽しそうだなあ。
それにしてもクーピーちゃんは積極的だ。
ゆうすけにべた惚れしている。
なんでだろうなあ。
ほんの少しうらやましい。
そして4人で仲良く並んで釣りを開始した。
俺、かしわもち、ゆうすけ、クーピーちゃんと並んでいる。
「ゲームの中と思えないくらい綺麗な川だねえ。あれれ?」
かしわもちが川を覗き込もうして、見えない壁にぽよんと跳ね返されている。
立ち入り禁止の場所に行くのを阻むための壁だ。
「川は危ないから近づけないようになってるんだよ」
「なるほどねえ。そういえばさっき崖から落ちそうになったけど、助かったのはこのおかげなんだね」
「母さんあちこち走り回るからヒヤヒヤしたよ……」
ゆうすけと山に行ったから、ハイキング気分ではしゃいでたんだろうな。
この壁がなければかしわもちは落下事件を起こしていたことだろう。
ちなみにこの壁、釣竿は通り抜けることが可能だ。
もし竿を手放した場合には、竿がこちらに落ちてくるので安心。
「わわっ! なんかかかったよ」
「じゃあ竿を左右に振って魚を弱らせるんだ」
「え? どっちどっち?」
「ほら、矢印が出るだろう。そっちに倒して」
「えいえいっ!」
必死に竿を振るかしわもち。
あ、俺にも魚がかかったようなので釣りあげるかな。
「わあ! わたしにもお魚きたよ。ユース君、手伝ってー」
「う、うん……」
クーピーちゃんはここぞとばかりにゆうすけに甘えている。
微笑ましい光景だ。
釣りスキルが高めの俺はあっさりと釣りあげ終えた。
まだ奮闘しているかしわもちを手伝うかな。
そして……。
「やったー、釣りあげたよ。みてみてゆうすけ!」
「わたしも釣りあげましたよ。ユース君ありがとー」
「2人ともおめでとう……」
「コツつかんだらもっと簡単に釣れて楽しいよ」
「じゃああと1匹釣ったらお魚パーティーしようね」
こんな感じで順調な滑り出しだった。
みんなで釣りもいいもんだな。
だがこの時の俺は、この後あんな大変なことが起こるなんて思ってもいなかったのだった……。
「わわっ! またかかったよ。なんだかさっきより強いよ」
「大物がかかったかもな。慌てず落ち着いて竿を動かせば大丈夫」
「わわわっ!」
なにがかかったんだろうなあ。
大物は基本的に美味しいから楽しみだ。
手伝ってもいいのだが、おたおたするかしわもちがなんだか可愛いので見ていることにした。
すると次の瞬間……かしわもちが引っ張られて川に落ちていった。
「か、母さん?」
「きゃああー、わたし泳げないんだよぅ……」
流されていくかしわもち。
ゆうすけとクーピーちゃんが慌てて追いかける。
これは見えない壁の一部にバグで抜けがあったのだろうか。
「ゆうすけ! GM呼ぶから母さんを頼んだぞ」
「わかった! でもどうしたら……」
とりあえず不具合が起きた時にはゲームマスターを呼びだすのだ。
ゲーム内を管理している警察のようなものだな。
状況を文章にして送信!
さあ、俺も追いかけようか。
ゆうすけは助けようにも川に入れず困っているようだった。
GM来るまではどうしようもなさそうだな。
「母さん、しっかり! なんとか泳いで」
「そうは言っても……どうしようもないんだよお」
「そのまま流れたら滝に落ちちゃうよー!」
「うう……ゆうすけ達者でね。たかしの言うこと聞いて……2人でがんばるんだよ」
「かあさーん!」
「かしわもちさーん」
「クーピーちゃん……ゆうすけをお願いねー」
「はい!」
どさくさまぎれになにか言っているな。
ところでさっきから違和感があるのだが、かしわもちは水中で暴れているのに水しぶきはたっていない。
あれって水じゃなくてCGなのではないだろうか?
「母さん、暴れるのやめて普通に立ってみて」
「え? あ……結構浅いんだね」
水面の高さはちっちゃなかしわもちでも腰くらいだ。
立ったままの姿勢ですーっと下流に流れていく。
「母さん、大丈夫なの? おかしな動き方してるけど」
「なんかこれ、歩道のエスカレーターみたいだね。それにこれ水じゃないみたい。全然濡れてないし感触がないよ」
「もう、心配しすぎちゃったよ……」
とりあえず問題ないようだ。
かしわもちは川の中をルームランナーのように歩いている。
「救助を呼んでるから、しばらく歩いててね。そのまま行くと滝に落ちちゃうから」
「えー、疲れちゃうよー」
「かしわもちさん、がんばってください」
とりあえず記念写真を撮っておこう。
ごくごくまれに、こういう事件というかバグがあるんだよなあ。
いつだったか美人エルフが水路に落ちて、そのまま海まで歩いていったことがあったな。
海で顔を出しているのを誰かが発見して、人魚がいると大騒ぎになったものだ。
一時的に観光名所になったっけなあ。
あの時はファームさんと一緒に焼きトウモロコシの屋台を出してひと儲けしたものだ。
今も人呼べば盛り上がれそうだな……。
「ゆうすけー、母さん疲れちゃったよ。そのじーえむさんはいつ来るんだい?」
「もうすぐだと思うんだけど……」
今日は混んでるんだろうか?
なかなか姿を見せないな。
と思っていると、かしわもちの姿が消えた。
そして慌てるゆうすけ。
「か、母さん!? どこ?」
「いるよ、いるよ!」
あ、よく見ると水中に横になったまま流れていくかしわもちがいる。
死体みたいでこわいっす。
ああやって寝そべることもできるようだ。
少し歩いただけなのにそんな疲れたのかな。
あ、ずっとゆうすけと遊んでいたいから無理してたんだろうか……。
とりあえず歩きながらついていく。
「母さん、そのままじゃほんとに滝から落ちちゃうよ」
「うーん……落ちても大丈夫じゃないかねえ。だってゲームの中だし死ぬこともないだろう?」
「それはそうかもだけど……やっぱり心配だし……」
「ゆうすけ……」
顔は水中にあるのでよく見えないけど、きっとかしわもちは喜んでいるに違いない。
でもこのまま落ちていかれるのは嫌だなあ……。
「じゃあ母さん、がんばって歩いてくれたら明日の朝ごはん一緒に食べるから……」
「え!? 部屋から出てきてくれるのかい?」
「う、うん……」
おおお!
ゆうすけめ、やりおるわ。
あれなら母さんも絶対に頑張るぞ。
でもクーピーちゃんにも聞かれてるけどいいのかな?
今の会話だとひきこもりだとばれてしまうぞ。
クーピーちゃんは少し驚いたような顔をしている……気がする。
「じゃあがんばって歩こうかねえ。ってあれれ? なんだか流れが早くなって……」
「母さん、走って!」
滝が近くなったせいか、流れというかエスカレーターの速度が上がったらしい。
かしわもちは必死に走るが、じわじわと後ろに下がっている。
これはもう落ちちゃうかな……。
「母さん、しっかりー!」
「も、もうだめだよ……。タカシ、ゆうすけを頼んだよー!」
「かあさーん!」
「あーれー……」
そしてかしわもちは滝に落ちていった……。
大丈夫とは思うけど……なんともショックな光景だ。
俺たち3人は茫然と立ち尽くすのであった。