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04.月の光に照らされて

「ゆうすけ、げっこう。ほら、げっこう」

「うん、ありがとう母さん……」


 このゲームは、技に自分の好きな名前を付けることができる。

 母さんが今使っているのは料理人のスキルだ。

 フライパンに卵を落として目玉焼きを作り、その輝きでパーティーメンバーのMPを回復する。

 なんともコミカルな技だ。


「ね、これ月の光みたいで綺麗でしょ」

「うん、そうだね……」


 どちらかと言えば太陽じゃないのかい、と突っ込みを入れたいところだ。

 しかし今ゲーム内は夜となっている。

 フライパンスキルが上がって覚えた時には満月が見えていた。

 だからそんな名前にしたのだろう。

 ひらがなとなっているのは、漢字の設定方法がわからなかったからだそうな。


「これでちゃんと回復してるのかい?」

「うん、おかげで回復魔法使うためのMPがなくならないよ」

「俺も攻撃魔法が休みなしで使えて助かるよ」


 本来ならMPはその場でじっとして休まなくては回復しない。

 しかしこの技のおかげで、休みなく狩りが出来ている。

 おかげで狩りの効率が非常にいい。


「でも母さん、なんでそんなたくさん卵持ってるの? それ初心者には高いよね」

「これはファームさんがゲーム開始祝いにってくれたんだよ。なんか作りすぎて食べきれないんだってさ。あとでなんかお礼しないといけないよね」

「そっか……」


 このゲームで食事が腐ることはない。

 だから作りすぎたというのは、母さんに受け取らせるために考えた理由だろう。

 ゆうすけの言うように、初心者がぽこじゃか使える素材ではない。

 このように調理師と言う職業は、お金さえかければすごく強力だ。

 お金がかかる上に地味という理由で、なり手は少ないが……。


「母さん、素材どのくらいたまった?」

「えっとね……お肉が10個に毛皮が8個だよ」

「そこそこたまったね」


 俺達はみんなLv3からLv6まで上がっていた。

 なかなかのハイペースだ。

 敵からの戦利品はすべてかしわもちのかばんに入るように設定してある。

 俺やゆうすけにはたいしたものじゃないしね。


「あ、ちょっと洗濯してこないといけないよ」

「そっか、じゃあ半ログアウトして行きなよ」


 半ログアウト状態にすると、中の人がいないキャラだけがその場に残る。

 つまり、この周りで敵を倒していれば経験値がもらえる。

 交代で休憩しながらの狩りはよく使われる手だ。

 かしわもちは、目を閉じて可愛いポーズでそこに座りこんだ。

 狩りを続けながらゆうすけと話でもするか。

 会話ログが母さんに見られないよう、個人会話だ。


「なかなか面白いな。ゆうすけ」

「うん、母さんもゲームとかできるんだね。機械音痴だと思ってた」

「実は母さん最近タブレット端末買って使いこなしてるんだぞ。なんでも通販やってみたいって言うからこないだ教えたんだ」

「そうなんだ。だからポテチ箱買いとかしてたんだね。こないだ部屋の前に置いてあってびっくりしたよ」


 母さん……優しさなんだろうけど、ゆうすけがひきこもれる環境をしっかり作ってるな。

 なお、このゲーム内では空中に浮いているパネルにタッチして様々な操作をする。

 普段からスマホやら使いこなしてる人であれば、とっつきやすいシステムだ。

 まあそんなわけで、母さんはこのゲーム内でもそこそこやれているわけだ。


「母さんがタブレットで通販始めたのって4か月前だぞ。知らなかったのか?」

「うん……全然顔合わせてない」

「そうか……」


 これはどえらいひきこもりだな。

 高校卒業以来部屋からほぼ出ないって聞いたけど、ここまで重症とはな。

 とりあえず……俺が言っても聞かないだろうし、母さんを見守るかな。


 30分ほど狩りをしていると、母さんが帰ってきた。


「ただいま。じゃあ続けようかねえ」

「あ、僕おなかすいてきた……」

「あ、じゃあウサギの肉でまたグリル作るよ」

「いや、現実で……。ご飯廊下にあるんだよね? いってくる」


 そう言ってキャラを残したまま半ログアウトしていくゆうすけ。

 かしわもちは……なんだか瞳をうるうるさせている。

 中身は母さんだってのに、無駄に可愛いから困る。


「タカシ……ゆうすけがご飯食べてくれるって」

「よかったな」

「どうしよう……私も行ってこようかな」

「やめとけって、せっかく食べる気になったのにまた出てこなくなるぞ」

「そっか……」


 少しだけ前進したと思おう。

 かしわもちと2人でのんびりウサギを狩る。


「でもこのゲーム不思議だね。ゆうすけが私と会話してくれてるよ」

「ゲーム内だと現実と違うって感じがするからかな」


 そう言えば、ふと思い出した。

 このゲームに使われているバーチャル技術のことだ。

 なんでも寝たきりの病人の心を安定させるためにも導入されているらしい。

 つまり、このゲーム内で景色を見たりするだけで心が安らぐ効果があるらしい、

 だからゲーム内ではゆうすけも少しだけ素直になれるのかも……。


「母さん、しばらくゲーム内でゆうすけと会話しなよ。でもあせらないようにね」

「そうだね、のんびりやっていこうか。ところでタカシにお願いがあるんだけど」

「なに?」

「ゆうすけにどんな服買えばいいかわからなくてね。あんたが選ぶか、お古の服送ってくれないかい」


 母さんが買う服か……。

 いつも変な服を買ってこられて困った思い出があるな。

 この母に服を選ばせたら、ゆうすけがますます外に出られなくなる。


「わかった、適当に探してメールするから通販で買いなよ」

「ありがとね」


 ここまで会話して、ちょっと失敗したと思った。

 この会話ログ残ってるから後でゆうすけに見られちゃうな。

 母さんにはこういう会話は個人チャットでするように教えておこう。


 それから15分ほどでゆうすけは帰ってきた。


「ただいま。ごちそうさま」

「おかえり、おいしかったかい?」

「まあまあ……」


 ゆうすけの反応は薄いが、ごちそうさまを言ったことに対してかしわもちは大はしゃぎだ。

 ハイテンションでフライパンを振り回してウサギを倒している。

 そしてゆうすけは、さっきの会話ログを読んで微妙な顔となっている。

 機嫌悪くしないといいけど……。


 その後、特に問題なくウサギ狩りは続行された。

 レベルも上がり、街の周りのウサギでは物足りないので森に少し入ってみた。

 ここには少し強いウサギがいるが、3人なら余裕だろう。


「わあ、なんかハイキングみたいだね。あ、キノコが生えてるよ」

「それ、料理に使えるよ……」

「そうなんだね、じゃあ取って帰ろうっと」


 こうして、ウサギ狩りと並行してキノコ狩りも行われた。

 なお、採集でも経験値が入るため金策も並行出来ていい感じである。

 調子に乗ったかしわもちは森の奥へと進んでいく。

 奥には手強いモンスターもいるんで、あまり行かないように言おうとすると……。


「お、なんだかでかいキノコが見えるね。持って帰ろうか」

「母さん、それだめ」

「えっ? きゃあああ!」


 かしわもちがキノコのモンスターを発見したようだ。

 少し強敵だが、3人いれば勝てるであろう。

 ゆうすけがかしわもちをかばうように立ちはだかる。

 聖騎士はパーティーメンバーを守る戦いをするので当たり前の動きなのだが、母さんはさぞかし感動していることだろう。


「はあああああああああっ!!」


 ゆうすけが雄たけびを上げて赤いオーラを身に纏う。

 あれはモンスターの注意をひきつける技だ。

 キノコモンスターがゆうすけに狙いを定めたぞ。

 ついでにその雄たけびでかしわもちがびくっとしたのがなんか可愛い。


「母さん、敵の後ろに回り込んで殴って」

「でもでも……」


 かしわもちは怯えてゆうすけの背中に隠れたままだ。

 このキノコモンスターは毒の息を吐く。

 それを盾役が注意をひきつけて1人で食らうのがセオリーだ。

 しかし今のポジションでは2人とも食らってしまう。

 

「母さん、そこ危ないって」

「怖いよー、ゆうすけー」


 ゆうすけはかしわもちが毒の息を食らわないように位置を変えようと、キノコの周りを回る。

 かしわもちも同じようにくるくる回っている。

 俺は笑いをこらえるのに必死である。

 とりあえず魔法で援護でもするかな。


「くうっ、キュア!」

「ゆうすけキラキラだねー」

「母さんも殴って……」


 ゆうすけはキノコの攻撃を食らいながら自分を回復している。

 かしわもちはそれをのんびり眺めている。

 なんとも緊迫感がないな。

 今のところ俺の攻撃魔法だけで削っているが、このままではMPが尽きるな。


「母さん、げっこうして」

「ああ、そうだったね。げっこう!」


 かしわもちが卵をフライパンに落として目玉焼きを作る。

 その目玉焼きの光が俺達のMPを回復していく。

 戦闘中にそんなことする余裕があるのかって話だが、このゲームはコマンドを選べば体が勝手に動いてくれるシステムだ。

 これで俺も攻撃魔法を再開できる。


「ゆうすけ、げっこう。ほら、げっこう」

「キュア!」

「ファイアー!」


 とまあこんな感じで、俺は心の中で大笑いしながらキノコを倒し終えた。

 運よく毒の息は吐かなかったようだ。

 とりあえず森の入口まで移動して休むことにする。

 かしわもちは少し落ち込んだ顔をしていた。


「ゆうすけごめんね。母さんよくわからなくって……」

「いいよ……初心者なんだから」

「うん、よくあることだよ。ゆうすけも初めはあんな感じだったし」

「兄ちゃん、余計なこと言わないでよ……」


 強いモンスターに出会ってパニくるのは実際よくあることだ。

 ゆうすけもちゃんと母さんを慰めていることに安心する。

 

「でもこんなんじゃ足手まといになっちゃうよね?」

「これから僕がいろいろ教えてあげるから元気出してよ……」

「え? 本当かい?」

「う、うん……」


 お、なんか話の流れでゆうすけが母さんにいろいろ教えることになったぞ。

 うんうん、ゆうすけはほんとは優しい子だって兄ちゃんはわかっていたぞ。

 この台詞は母さんがよく言ってることだけどね。


「じゃあ私はそろそろ夕御飯の支度するからね」

「わかった。それなら街まで戻ってからログアウトするといいよ」


 というわけで、今日は3人ともLv10になって終了だ。

 街へ戻って母さんはログアウトしていく。


「ご飯出来たら呼びにここ来るからね」

「うん……」


 ゆうすけは現実の部屋に来られるのは嫌だけど、ゲーム内に呼びに来るのはいいらしい。

 ゆうすけと会話したいという母さんの願いは無事に果たされそうだ。

 こうして、母さんのゲーム初日は無事に過ぎていくのであった。

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