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03.ゆうすけは逃げられない

 昼飯をちゃちゃっと食べ終えて、またインする。

 なお、先ほどは完全ログアウトではなく半ログアウトしていた。

 俺のキャラはずっとベンチに座ったままでいたわけだ。

 この機能の便利なところは、ギルドメンバーの会話ログを後から読めることだ。

 どうやらかしわもちのことで盛り上がっていたようだな。


――なんかなごんだわあ。初心者って可愛いけど、あれは新しいタイプだよね――

――だってお母さんだもんな。まさか萌えてしまうとは――

――実年齢的には私と近いんだろうなあ――

――じゃあファームさん、ゲーム内結婚しちゃいなよー――

――現実に旦那さんいるから浮気になっちゃうよ――


 なんとも楽しそうな会話だ。

 ゆうすけはまだインしてないようだな。

 お昼ごはんをちゃんと食べているのか、母さんが怖くてインできないのか。

 さて、どうなることやら……。

 そこにシステムメッセージが流れてきた。


――ユース・Kがログインしました――


 来たか。

 ゆうすけのいる場所は、ここより遥かに遠い街のようだ。

 かしわもちが行くとしたら、みんなで護衛したとしても3時間はかかる場所だ。

 さてどうしたものかと考えていると、ゆうすけがギルド会話をしてきた。


「みんなどうしてアレクサンドにいるの?」

「ちょっと新しい人の歓迎をね。ユースも来なよ」

「いや、いい……」


 俺がさっきメールしたから、新人が母さんだとわかっているだろう。

 もし言わなかったとしたら、ゆうすけは来ていただろうな。

 そしてかしわもちを見て、好みのタイプなので惚れる。

 その後で母さんと判明して落ち込む。

 それはそれで面白そうだけど、さすがにゆうすけがトラウマを負ってしまうだろう。

 だからメールしておいて正解だったわけだ。


「兄ちゃんは今日なにするの?」

「俺はその新人さんとウサギ狩りにでも行くよ」

「そっか……」


 言ったように、俺はかしわもちと冒険に出かける準備をしよう。

 このゲームは職業ごとにレベルがある。

 普段の俺は盗賊Lv60だ。

 しかし、職業を変えると……魔術師Lv1となれるわけだ。

 このシステムにより、初心者とレベルを合わせて冒険へ行くことができる。


「魔術師あげるんだね」

「おう、後衛ってやったことないからな。ユースも一緒にどうだ」

「うーん、また今度」


 誘ってはみたが、予想通り来ないようだな。

 とりあえず、母さんが来る前に1人でレベル上げしておくか。

 母さんのキャラはLv3になっていたので合わせておきたい。

 適当な装備に身を包み、魔法書を購入して出発した。


 ファイアーの魔法でウサギをこんがりと焼いていく。

 どの職業でも低レベルは敵が簡単に倒せて楽しいものだ。

 そうしていると、母さんがインしてきたようだ。

 ちゃんと教えた通りギルド会話で話しかけてくる。


「お昼ごはん作ってきたよ。ゆうすけの部屋の前にも置いてきたけど、ちゃんと食べてくれるかな」

「おかえりなさい、かしわもちさん」

「ユースがインしてますよ」

「あらあら、ゆうすけお前どこいるんだい?」


 ゆうすけの返事はないようだ。

 さぞかし恥ずかしいだろうな。

 なんだか公開羞恥刑のよう。

 ゆうすけは個人会話で俺に話しかけてきた。


「兄ちゃん、なんとかしてよ」

「無理だな……。返事してやれよ」

「だって……ご飯食べてないのなんか申し訳ないし」

「お前いつも何食べてるんだよ」

「買い置きのお菓子とか……」


 なんて不健康な奴だ。

 でも、別に母さんを嫌ってるわけではないな。

 なんだか罪悪感を感じているし。

 しかし、じゃあ食べろと言っても心を閉ざしてしまいそうだ。


「じゃあさ、こっち来いよ。母さんとしてじゃなくてゲーム初心者として相手したらいいさ」

「うーん……」

「このままじゃギルド会話でずっと話しかけられるぞ。まだパーティ会話の方がましだろう」

「わかった」


 おお、どうやら来てくれるようだ。

 今日は親子3人でパーティー組んで冒険だな。


「母さん、今からアレクサンド行くから待ってて」

「うん! 待ってるよ」


 ゆうすけ……ギルド会話で普通に母さんって言っちゃってるよ。

 まあ、みんなすでに知ってるから問題ないけどさ。

 さて、会話しながら戦って俺もLv3になった。

 低レベルはすぐに上がるから爽快だ。


 街へ戻り、かしわもちとパーティーを組んで待つ。

 

「ゆうすけとひさびさにお話できるよ。ちゃんとお話してくれるかな?」

「うん、でも外に出ろとかそういうのは言わない方がいいよ。まずはゲームのこといろいろ聞きなよ。それなら答えてくれるからさ」

「なるほどね、そうするよ」


 こうやって会話しながら待つ。

 待つ間、ギルドメンバーがかしわもちに装備品を貸しにやってきた。

 あげてもいい装備だが、あげると受け取らないので一時的に貸すという形にしたようだ。

 エプロンに背の低いコック帽。

 武器はフライパン。

 まさに調理師と言った感じだ。

 お、ゆうすけが来たぞ。

 即座にパーティーに誘う。


「2人ともお待たせ……」

「おう、今来たとこだよ」

「お、ゆうすけもなんだかかっこいいねえ」

「そっちは小さいね……」


 ちなみに俺もゆうすけも種族は人間。

 これは平均的な能力を持つ種族だ。

 容姿や背が実物より良くなっているのはご愛敬。


「じゃあどうするの?」

「ゆうすけ、母さんにゲームのこといろいろ教えてね。ウサギの料理作るための材料取りに行きたいんだよ」

「じゃあウサギ狩りだね。ちょっと職業変えるから待ってて」


 おお、いい感じに会話ができている。

 やはりゲームのことについて会話するのが正解だったな。

 ゆうすけは聖騎士Lv3に変わっていた。

 戦闘では仲間を守り、回復魔法も使えるという職業だ。


「お、聖騎士上げるんだな。しかもLv3とはちょうどいい」

「うん、こないだ少しだけやったんだ」

「騎士なのかい、なんだか格好いいねえ」


 ちなみに装備は革の鎧なので、見た目に騎士っぽさはない。

 かっこいい見た目になるには、高レベルになる必要ながある。


「じゃあ行こうぜ」

「あ、ウサギ狩るんだったらさ……ウサギ退治のクエスト受けた方がいいよ」

「お、そうだな」


 ウサギは食材の肉だけでなく、毛皮も落とす。

 この街にはその毛皮を集めているNPCがいて、お金をもらえる。

 初心者の案内は、俺よりゆうすけの方が優秀なようだ。


「母さん、こっち来て」

「うん!」


 ゆうすけはどんどん歩いて行ってしまう。

 それを小走りでついていくかしわもち。

 俺はのんびりと後を追うとしよう。


 そしてゆうすけは、とある家へ入って行く。

 かしわもちは家の前で立ち止まり、不安そうに俺を見てきた。


「ねえ、ここってゆうすけの家?」

「違うよ、名前忘れたけどNPCの家だよ。NPCってのはゲーム内のキャラね」


 それを言うとかしわもちは慌てたように中へ入って行った。


「ゆうすけー! 人様の家に勝手に入っちゃだめじゃないか。母さんそんな子に育てた覚えはないよ!」

「あの……母さん」

「あ、この家の方ですね。ほんとすみません。この子にはよく言って聞かせますので……」


 俺はこのやり取りに噴き出してしまった。

 なんて面白いんだろうか。

 でもこのままじゃゆうすけが母さんを嫌ってしまう。

 フォローに行くか。

 中に入るとかしわもちがNPCに謝っていた。

 そこいらのNPCもあんな困った顔になることがあるのを初めて知った。


「母さん、このゲーム内では行ける場所は自由に入っていいんだよ」

「そうなのかい? でもお邪魔しますくらいは言おうよ」

「じゃあ……お邪魔します」


 ゆうすけは素直に言うことを聞いている。

 この面倒な状況をとっとと終わらせたいんだろうな。

 俺は必死で笑いをこらえる。

 トラブルはあったが、ウサギ退治のクエストを受けることができたようだ。


「こうやってお金を稼ぐんだねえ。労働の厳しさを知れるなんていいゲームじゃないか」

「そうだね……」


 ひきこもりのゆうすけがゲーム内で仕事をしていると思い、なんか喜ぶ母さん。

 いい意味で勘違いしているようでなにより。



 というわけで街の外に出てきた。

 あたりにはウサギがぴょんぴょん跳びはねている。

 この辺りで一番弱く、安全に狩れる敵だ。

 弱い代わりに、肉や毛皮はそんなに落とさない。


「なんだか不細工なウサギだね」

「可愛いと攻撃しにくいだろ。そのフライパンで殴ってみなよ」

「可哀想だけど……これが弱肉強食ってことなのかねえ。じゃあ生きるために狩らせてもらうよ」


 かしわもちはフライパンを構え、ウサギに向かってよちよちと歩いていく。

 別に母さんがああやって歩こうとしてるわけではない。

 あのキャラは可愛いのがウリなので、自動的に可愛く歩くようになっている。


「そいやー!」バシイイィィン!

「きゅいー!?」


 心地よい音と共に、ウサギが吹っ飛んで行く。

 しかしさすがに一撃では倒せないな。

 まだかしわもちのフライパンスキルは0だ。

 これは料理スキルとは別枠で、武器スキル扱いだ。

 お、ウサギが反撃してきたぞ。


「ひゃああああ! なんかキックされたよぉ……」

「弱い攻撃だから落ち着いて殴り返して。キュア!」

「お? なんだかぴかぴかして気持ちいいね。よーし、もう一発!」バァンッ!

「きゅうー……」


 たいした怪我ではないが、ゆうすけが母さんに回復魔法を使った。

 そのままかしわもちがフライパンで殴り、ウサギは息絶える。

 そして……運よく肉を落としたようだ。


「やった! お肉落としたよ。ちょっと待っててね。材料が確か余ってるから……」


 そう言ってフライパンの上に肉やスパイスを置いていく。

 この場で料理するようだ。


「母さん料理スキルあげてるんだ……」


 かしわもちが念じると、フライパンの中が炎に包まれていく。

 すると、先ほどまでとは違う派手なエフェクトと共に料理が完成した。

 ちょいとログを見てみようか。


――かしわもち・Eはウサギ肉の上質グリルを作りあげた――


「HQだ……」


 HQとはハイクオリティの略で、低確率だが普段よりいいものが出来る。

 この場合、食事の攻撃力アップ効果が増すわけだ。

 このタイミングでそれが起こるとは、なんか奇跡的だな。


「ほら、ゆうすけ。これ食べてたくさんウサギ狩ろう」

「うん……いただきます」


 どうやら母さんの願いが一つ達成されたようだ。

 このゲーム内では、脳を刺激することで味覚を感じることもできる。

 HQ品なので、さぞかしおいしいはずだ。

 ゆうすけは無表情で食べている。


「ごちそうさまでした……」

「はい、お粗末さまでした」


 かしわもちはちょっと泣きそうな顔をしている。

 ゆうすけはほんの少し照れた顔となっている。

 俺は2人の顔を見ながら、母さんがこのゲームを始めたのは成功だったかなと思うのであった。

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