01.カーチャン、大地に立つ
さあ、ゲームを始めるとしよう。
今日から大学最後の夏休み。
就職も決まっている俺は、ただ遊びつくすのみ。
さっそくVRMMORPGエターナルファンタジーにログインだ。
ベッドに寝転がり、ヘッドギアを装着する。
そこから信号が送られ……俺の意識はバーチャル世界へとダイブした。
――Welcome to Eternal Fantasy――
次の瞬間、俺の目の前にはのどかな草原が広がっていた。
付近にはウサギや大きな蜂がぶんぶんしている。
さて、今日ものんびり過ごすかな。
「あ、カーターインしたな」
「おいっす、今日から夏休み満喫するぜー」
「学生さんはいいねえ」
カーターとは俺のキャラネーム。
正確にはカーター・Cという。
このゲームは名前の後にアルファベット1文字を付けるという決まりとなっている。
なお、会話の相手は目の前にはいない。
同じギルドのメンバーであればログイン状況もわかるし、ギルド会話を全員で出来る。
音声だけでなく会話ログも目の前に表示されるので、複数人が話していても聞き漏らさずに済む設計だ。
今も複数人から同時に挨拶されたが、俺には誰が何を言ってきたか認識できている。
「ところでユースはインしてる?」
「あいつならさっきまでいたけど、今から寝るらしいぜ」
「ははっ、朝までゲームとはあいつらしいな」
「兄からも何とか言ってやれよ」
「あいつはそういうことに関しては聞く耳持たないんだよ」
ユースというのはギルドメンバーで、俺のリアル弟だ。
本名はゆうすけという。
俺は1人暮らしをしているが、弟は実家住まいだ。
最近ひきこもりがひどくなってるって母さんが嘆いていたっけ。
俺が家から出ろと言っても不機嫌になるだけなので、弟とそういう会話はしていない。
プルルルルル……。
おや? 電話のコール音だ。
このゲームはスマホを接続しておき、ゲーム内で電話やメールが可能だ。
リアルに優しい、よく考えられた設計だ。
着信は……母さんからだった。
「もしもし、母さん?」
『ああ、タカシかい。実は私もあんたらがやってるゲーム始めようと思うんだよ』
「え? いきなりだな。なんでまた?」
『最近ゆうすけが部屋から出ないし、ちっとも会話してくれないからさ。あの子の好きなゲーム内だったら会話してくれると思ったんだよ』
「そ、そうなのかな?」
『じゃあ今から業者さんが来て説明受けるから、後でよろしくね』
「あ、うん……」
そう言って電話が切れた。
母さんがエターナルファンタジーの世界へ来るのか……。
そんなことでゆうすけのひきこもり改善に効果があるのだろうか?
なんとなく逆効果な気がするぞ。
いや、ゲーム内で母さんに会ったら用事を思いついて現実世界に帰るかもしれないな。
さて、どうするかな……。
「なあみんな、相談があるんだけど……」
俺は悩んだ末、ギルドメンバーに相談することにした。
うちのギルドは、平均10人ほどがインしていて最大30人ほどだ。
社会人も多く、まったりとした雰囲気のいいギルド。
俺や弟が飽きずにEFを続けているのは、このギルドにいるおかげだと思う。
だから、みんな信頼のおけるメンバーなんだ。
突然母親がギルドに加入して混乱するよりは、先に伝えておいた方がうまくいく気がしたわけだ。
なお、弟がひきこもってゲームをしまくっていることは皆なんとなく知っていると思う。
「なるほど、いい話じゃないか」
「わたしお母さんを応援したいな」
「よーし、みんなで協力しよう」
「おー!」
そんな感じであっさりと決まった。
おそらくもう少しで母さんはゲームキャラを作ってインするはずだ。
弟が寝ている間に、このゲームのやり方や会話の仕方を教えておくぞ。
1時間ほどして母さんから電話がかかってきた。
『タカシ、ゲームの中に入ってきたよ。なんだかすごいところだねえ』
「わかった。迎えに行くよ。どの街で始めたの?」
このゲームは、3つの街からスタート地点を選ぶことができる。
まずその場所を聞かなくてはならない。
『ああ、ここが街なんだねえ。なんだか人がいっぱいいるところだよ』
「街はどこも人が多いよ」
『あ、お城が見えるね』
お城がある街と言えば、アレクサンドだろうな。
「じゃあ母さん、そこに迎えに行くから適当に見学しててよ。あと名前教えて」
『かしわもちだよ。ひらがなで』
「そ、そっか……。名前の後のアルファベットは?」
『これなんのためにつけるんだろうねえ。Eだよ』
「わかった、じゃあまた後で」
『あれ? なんだか知らない人に話しかけられちゃったよ。この人誰?』
「なんだろ。あれ? 母さん?」
電話が切れた……。
ゲームを始めて少しするとNPCが話しかけてきた気がするから、きっとそれだろう。
とりあえず無事にゲームを始めることができたようだ。
まあ、業者のサポートは老人でも対応できるようにしてあるそうだしな。
それにしてもかしわもち・Eか……。
たいていの人はカタカナで名前を付けるのにひらがなとはね。
そういえば昔よくかしわもち作ってくれたっけ。
ゆうすけはそれが好きだったなあ……。
などと思い出に浸っている場合ではない。
ギルドメンバーにも連絡し、俺もアレクサンドへ移動だ。
有料のワープ装置を利用するとしよう。
そしてあっさりとアレクサンドに到着だ。
便利でいいな。
このゲームは移動にストレスを感じない設計だ。
もっとも、最初に移動して専用のクエストをクリアする必要はあるけどね。
母さんも案内していろんなところ行けるようにしないとな。
そうしないと、ゆうすけが逃げた時に追いかけられない。
街中でかしわもちをサーチする。
そしてパーティメンバーに誘う。
たぶんだけど……パーティの入り方がわからずに戸惑っている気がする。
教えることは山積みのようだ。
電話して教えようか……。
10分後、俺はようやくかしわもちとパーティを組むことができた。
これでマップに位置が表示されし、パーティ会話もできる。
かしわもちらしき後ろ姿を発見だ。
「おーい、母さん。後ろにいるよ」
「おお、あんたがタカシかい。なんだか男前だねえ」
「母さんは……小さくなっちゃって」
母さんは種族にホビホビ族を選んだようだ。
小さく可愛いので、女の子と大きなお友達に大人気。
手先が器用で、生産系の職業に向いている種族だ。
緑色の髪のおかっぱ頭で、顔を見ると中学生くらいの幼さ……。
すごく可愛いのだが……中身は45歳のおばさんである。
「この姿どうだい? なんとなくゆうすけの好みっぽくしたんだけどね」
「そうだね、たぶん好みだろうけどさ……」
中身を知っていると、この可愛い顔にほうれい線が見える気がしてくる。
まあ、このゲーム内には幼女の姿で中身はおっさんもいるわけで。
この母さんはまだ性別が女性なだけましと言えようか。
「ところでゆうすけはいないのかい?」
「朝までゲームして寝たんだってさ。知らないの?」
「うん……。あの子がいつ寝ていつご飯食べてるかもわからないんだよ。最近はトイレにも滅多に出てこないし……」
なんか予想よりひきこもりの進行度は高いようだ。
会話するために、わざわざゲーム始めるくらいだものなあ……。
よし、改善できるかはわからないけど、母さんの思うままやってもらおう。
「ゆうすけが来る前にこのゲームのこといろいろ覚えようか」
「うーん、会話だけできればいいんだけどねえ」
「このゲーム一緒に楽しんだらゆうすけ喜ぶと思うよ。冒険に出れば一緒にハイキング行くみたいなものだし、ゲームしながらの方が会話もはずむから」
「そうかい……。じゃあゆうすけとタカシが好きなこのゲームを私も楽しんでみようかねえ」
というわけで、これからいろいろ教えることになった。
まず母さんの職業を確認しておこうか。
調理師Lv1 となっているな。
これは料理を使ってパーティーメンバーをサポートできる職業だ。
戦闘向きでなさそうだが、実はかなり活躍できたりする。
しかし、料理には食材が必要なためお金をかけないと弱い。
初心者向きではない。
「なんで調理師にしたの?」
「だってこれゲームの中で料理作って食べさせることができるんだろう? ゆうすけが最近食事食べてくれないから、せめてゲームの中でさ……」
「なるほど……」
そういった理由であれば、職業を変えさせるのはよろしくないな。
というのをギルドメンバーに相談した結果、皆が協力してくれることになった。
なんかみんな感動してたし、やっぱりいい奴らだ。
というわけで、普段から大した冒険もせずまったりしているギルドメンバーがアレクサンドに集合することとなったのである。