3話
「お嬢様、何卒道中はお気をつけください。本来ならば私も付いてお嬢様の盾となり、剣となりたく…」
「ありがとう。私もあなたにしばらく会えないのだと思うと寂しいわ」
「うぅ…。お嬢様!」
「お父様とお母様、兄妹たちをお願いします」
「もちろんです!」
見かける度にお気をつけて、と頭を下げて見送る従者たちに声をかけながら長い廊下を歩く。涙を浮かべて頭を下げられるのがなんだか虚しかった。
ロビーに着いてそのまま出て行こうとして立ち止まる。道を遮る者がいたからだ。あぁ、いやになる。
「…何かご用でしょうか、兄上」
アドニス・メイヤール。カレン・メイヤールの1つ上の兄で攻略相手の1人。第二皇子の相談相手。水色の髪に薄紫の瞳。普段は物腰の柔らかい人物だが、主人公が関わると相手を裏で糾弾を行う。学園の表の王が第二皇子ならば、裏の王はアドニスであった。
今私たちの周りに漂っている空気は不穏であるが、主人公が現れるまでは本当に仲のいい兄妹だった。私も実際にカレンとなるまでこんな裏事情知らなかった。むしろアドニスやれやれ〜、みたいなことを思ってたし。ゲーム内の主人公は被害者であると同時に加害者であったのだなぁとぼんやり考える。…実際の主人公は、私からすればただの加害者だが。
「…国外追放らしいな」
「…えぇ」
「身から出た錆だな」
「………」
唇を噛み締め、悲しそうに俯く。しかし内心は怒り狂っていた。
身から出た錆ですって!?私が何かした!?主人公と結婚するならまず私との婚約を切ってからにしなさいよ、第二皇子のアホ!婚約した状態がダラダラ続いたから私はこんな目に遭ったんじゃないの!人の所為にするなって言われるかもしれないけど、婚約が解消されていたらまだなんとかなったのに!あんたも私がいなくなることに関して何か思うことはないの!?だいたい、妹の頭を踏むってどういう神経してるのよ!ムカつく!次会ったときには、こんなことしなければよかったって目に物を見せてやるわ!
「一族の恥だ」
アドニスの胸ぐらを掴んで怒鳴りそうなのを堪え、頭を静かに下げた。
「失礼します」
横を通り過ぎて開け放たれた扉に向かう、丁度その時。
「――二度と、アリシアには手を出すな」
あんたらとなんか関わりたくもないわ!
閉まった扉の音は私の静かな怒りを表しているように思えた。
いつかぎゃふんと言わせてやる!
一緒にアルサ王国に行ってくれるのは侍女のレイラ。幼い頃からの側近で歳は私より3つ年上の彼女は
今日も今日とて何を考えているのかわからない無表情である。
「お嬢様、いかがされましたか?」
「何故そう思うの?」
「…先ほどアドニス様にお会いしていらっしゃいましたね」
「あら、見ていたのね」
「申し訳ございません。お嬢様をお迎えに向かおうと思ったのですが、アドニス様が先にお待ちしておりましたので」
「いいのよ。でも、そうね、少し怒っているかしら」
「………」
ふふふ、と少しいたずらに笑うと、彼女は顔を少し引き攣らせたような気がした。
「…なぁに?」
「…いえ、何もございません」
きゅっと唇を結ぶ彼女に今度は苦笑をこぼす。
レイラは滅多に表情を変えない、ちょっぴり感情表現が苦手な女の子。たまにゆっくりと私を諭すように話す彼女は姉のような存在でもある。彼女はまさに侍女の鑑であり、主である私の考えを先読みして行動する。1番得意なのは情報収集。どこからそんな情報を持ってくるの、といつも疑問に思う。
「どうすれば兄上はぎゃふんと言ってくれるかしら?」
「お嬢様、それはなんでまた…」
レイラは突然言葉を切る。彼女の表情はどこか悲しげであった。
「申し訳ございません。私が情報収集を怠ったばかりに…」
「でも、これでしたくもない婚約も解消できました。レイラが気に病むことはないのよ」
「お嬢様…」
不意にあの日の情景が思い浮かぶ。
その日の私は学園の敷地内を散歩していた。天気がよくて、そろそろ中等部を卒業するということで、せっかくだから学園の風景を目に焼き付けようと色々な場所を見て回っていたのだ。
高等部もこの学園なのだから別にする風景なんていつでも見れる。見れるのだが、なんとなくそんな気分だったのだ。
もしかしたら、この時点で、私はここ、シュバルツ帝国一の学校、ブレイアム学園に2度と来れないことを予感していたのかもしれない。
異変に気づいたのは外の広場を歩き始めてすぐ。いつもより人が多いことに疑問を抱いたのだ。しかも何故か私に視線が集まる。
「………」
まるでここを通りなさいと言わんばかりに出来る道に、脳裏を嫌な予感が走る。避けるにも周りの生徒が道を塞いでいる気がする。
ため息を飲み込み、祝い事でもないのに自然と出来た花道を通る。
「…来たか」
その先にいたのはゲーム正規攻略メンバーの6人と少女が1人。私を見て憎々しげに呟いたのは婚約者であるこの国の第二皇子ライオネル。その他のメンバー、兄で宰相の息子アドニス、幼馴染で騎士団長の息子シリル、財務大臣の息子クレイグ、魔術師団長の息子ドミニク、そして魔法学教師のハフィトン先生の表情にはどこか怒りがこもっており、ゲームの主人アリシアはこちらを怯えた表情で見つめてくる。
今思えば、このシーンは第二皇子と宰相の息子ルートの断罪イベントであるが、その頃の私はまだ思い出していないのでかなり動揺した。この2人の攻略者を選択した場合の主人公のライバルはカレンであり、アリシアは第二皇子が好きという噂を聴いたことがあるので、第二皇子のシーンであろう。選択によってはハッピーエンドにもバッドエンドにもなる、重要なシーンだ。
何故高等部にいるはずの兄や高等部に在籍中しているメンバーが中等部の敷地内にいるのかという疑問は置いといて、とりあえずこの状況は私にとって大変まずいものであることがわかった。
「…御機嫌よう、ライオネル様、クレイグ様、シリル様、ドミニク様、ハフィトン先生、アリシア様、兄上。みなさまお揃いでいかがされましたか?」
ぎこちない笑みを浮かべる私に、彼らは一様に顔を顰めた。
…一体何が始まるというの?
よくわからない不安と恐怖で震える手をギュッと握る。
「いかがされました、だと?」
「…え?」
――パシンッ
ドサリとその場に尻餅をつき、叩かれた頬を抑える。
「あ、にうえ?」
信じられない気持ちで上を見上げる。そこには無表情ではあるが、瞳に冷たい炎を宿した兄がいた。
「な、ぜ…」
「何故?それはお前もよくわかっているはずだ」
「何を…?」
そう言ってポケットから紙を取り出し、信じられないことを読み上げる。
「先日、アリシアを校舎裏に呼び出し、彼女を傷つける言葉を言ったそうだな。ライオネル様に釣り合わないとかなんとか」
「………!?」
兄が、何を言っているのかが、わからなかった。だって私はそんなこと言ったことがない。そもそも思ったことがない。
「それだけではない」
第二皇子はこちらを睨みつける。
「彼女に向けて水魔法を使ったらしいではないか。私の炎魔法で暖めてやらねば、彼女は風邪を引いていたぞ」
「校則にも学園内では規定の場所以外の魔法の使用は認めない、と書いてあるはずだが、貴女はそんなことも覚えていないのか?」
先生は先生らしく校則について話すが、その眼は教師にしてはあまりにも冷たい。
「しかも家の権力を使ってアリシアの家を潰そうとしたらしいじゃねぇか。失敗したみてぇだけど、当然の結果だな」
嘲笑うかのような騎士団長の息子。
何が起きているの
かがわからない。
「――兄上、確かに私の婚約者はライオネル様でございます。そして水属性魔法の所持者でもあります。しかし、私はアリシア様にそのようなことは1度も言ったことがございません。そればかりか、そのような状況におかれていた彼女を助けたことがあります…!」
頭の中は真っ白であったが、それでも慎重に言葉を選ぶ。
「アリシア様…!」
彼女なら…!とアリシアを見るが、彼女は顔だけこちらに向け、視線は違う方向にあった。
何を見てるの…?
彼女の視線を辿るがよくわからない。何かを思い出しているような、そんな雰囲気である。丁度この時、ハッピーエンドへの選択肢を思い出していたのではないか。
「アリシア、どうなんだ?」
「…え?」
「此奴は君を助けたと言っているが」
「私は…」
そんなことを知らない私の背を冷たい汗が伝う。
――まずい。
「私は、その場に誰がいたかを覚えています!」
そう叫んだ私は身の潔白のために反感を買うことを承知で声を上げる。第二皇子は胡乱な目をこちらに向け、口を開く。
「…誰だ」
「メラニー様とリンダ様です」
「メラニー嬢、リンダ嬢」
私たちを囲んでいた円の一部が割れ、現れたのはメラニーとリンダ。以前は仲良くしてもらっていたが、あることで疎遠になってしまった2人に対してはなんの感慨もない。
「此奴が言っていたことは本当か?」
「あ、いえ…その…」
「違うんです!」
「何が違うんだ?」
殺気のような、普段味わうことのないような雰囲気が第二皇子から醸し出され、メラニーとリンダは固まる。
「…アリシア」
「なぁに?」
「この2人から嫌がらせなど受けたことがあるかい?」
兄の言葉にアリシアはまるで怯えているかのようにコクリと頷く。私には演技にしか見えなかったが、周りは怯えた小動物のように見えたらしい。第二皇子は気遣うように彼女の肩にそっと手を置いた。
「そのあと此奴に助けてもらったことがあるかい?」
またアリシアの視線が外れ、こちらに再び視線を向けた彼女の瞳は――
「いいえ」
憎悪も嘲りもなく、まるで自分が正義だと信じて疑っていないような、物事は全て自分中心に回っているとでも思っているような、そんな純粋さがあった。
その恐ろしさに、私は震えた。
彼女は、私を追い出して何をするつもりなの…?
「わ、私たちがアリシア様にしたこと全てそこにいるカレンが指示したことですわ!」
「そうです!私たちは仕方なく…!」
そんな言葉も耳に入ることなく、再び頬に走った痛みにハッとする。そして気づいた時には私は地に伏せ、頭を押さえつけられている状況であった。
「あに、うえ…」
「お前のような者が僕の妹だなんて…本当に残念だよ」
上から聞こえてくるその声に、私は愕然と涙を流したのであった――。
この話から1話3000~5000くらいの文字数で書いていこうと思います。
読んでくださりありがとうございます。
訂正
2017/11/06
2017/12/24