2話
前世の私は大人しい大学生だった。大人しくて本好きで。暇さえあれば色んなジャンルの本を読んでいた。ちなみに将来の夢は図書館司書。
死んだときの記憶はぼんやりではあるが覚えている。確か交通事故だったような気がする。事故に逢う直前、バスの中で剣と魔法が出てくるファンタジー小説を読んでいたと思う。ずっとずっと憧れていて、魔法で敵をバンバン倒したりしてみたいとか、精霊と友達になりたいとか、美味しいものたくさん食べてみたいとか、色々妄想していた。それが遂に叶った。
つまり、しがないの大学生の記憶を持つカレン・ミル・メイヤールがいるこの世界は剣と魔法の世界であり!私は魔法の使い手であり!精霊の友達もたくさんでき!メイヤール家は私がいる国の公爵家なので美味しい食べ物がたくさん食べられるのである!
死んでしまったのは確かに残念である。しかし公爵令嬢なんて滅多になれない機会であるし、それならば一層楽しんでしまおうと思う。戦闘馬鹿になりつつあるのが玉に瑕だが、容姿も綺麗であることだしたくさん恋愛したい。
と、色々妄想を始めるが、これはただの現実逃避である。なぜなら今私が置かれている状況は、
「お前を、国外追放とする」
「…はい、お父様」
完全に詰んでしまったからだ。
どうやら私の転生先は『恋の魔法と精霊の花』という前世では大人気だったゲームに出てくる宰相の娘、悪役令嬢、カレン・ミル・メイヤールであったからだ。ちなみに第二皇子と宰相の息子、その他幾人かを攻略するときに出てくるライバルだ。
あぁ、困った。こんな話、ゲームの中にはない。ならば自分で作っていくしかない。…しかし、死というバッドエンドじゃなくてよかったと心底ホッとする。
行き先はここ、シュバルツ帝国の西隣、アルサ王国。表向きは留学だそうで、私はそこで様々なことを学ぶ。
「お前が教会にいる間に準備は整っている。行きなさい」
「…はい」
「…体調には気をつけるように」
顔を上げると、相も変わらず無表情の父、その右隣には涙を流す母と妹、涙を堪える弟の姿が映る。
「お姉様!行っちゃいやだ!」
堪らずに抱きついてくる妹、エイミーを抱きしめる。
「ごめんなさい、エイミー」
「なんでお姉様がこんな目に遭わなきゃいけないの?悪いのはあの人じゃ」
「そこから先は言ってはいけませんよ」
「でもお母様!」
私はそっとエイミーを離して諌めるように頭を撫でる。
「私が悪いのです。私が説明する努力を怠ったのですから」
「…っ」
「リオ」
「…なんでしょうか」
唇を噛み締める弟に微笑む。
「エイミーをよろしくお願いします」
「………」
コクンと頷いて、そのまま俯く弟の頬には一筋の涙が伝う。それを見て私まで泣きそうなのを堪え、ぎこちなくもしっかりと微笑んだ。
「カレンは私たちの自慢の家族だと言ってもらえるよう成長して、いつかこの国に帰ってきますわ」
「カレンちゃん…」
それがどれだけ難しいことであったとしても。
大切な家族の顔を脳にしっかりと焼き付けるよう、一人ひとりと目を合わす。最後に目があったお父様は珍しく小さく笑った。
「楽しみにしている」
私は静かに頭を下げて部屋から出て行った。閉まった扉の向こうから、エイミーの啜り泣きが聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。訂正がよく入ることかと思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
訂正
2017/11/06
2017/12/24 すみません、ゲーム名を間違えるという失態を犯しました。