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第十五話 シスコン大王の一手

少々長いですが、ほとんど会話です!

読んでいただき、誠にありがとうございます!m(-k-)/

 同日夜、宝山市陸軍駐屯地内に設置された将校用の酒場に、意外な人物が現れた。

「へ、陛下!」

 入口際で飲んでいた下級下士官が慌てて立ち上がり敬礼する。他の者たちもわらわら立ち上がり、左手を高く掲げる。

 が、軍服だがマントを外した大王は、両手を下へ何度か振る。

「よい。従姉に会いに来ただけだ」

 すると全体に空気が弛緩して、元通りリラックスした空間となる。しかし、真仁の目的はそれだけではないようで、

「小夜子。それでは頼む。七海、名代として着いて行ってくれ」

 後ろに連れて来ていた二人をさりげなく厨房に向かわせた。そうして自分は要監視の一般人、残り二人を引き連れてカウンター席へ向かう。すると、青いポニーテールの小柄な女性が椅子ごと振り向いた。

「ここにおるだがね」

 茶色の瞳はくりっと愛らしく、淡いピンクの唇が微笑む。大王たちが近付いていくと、また方言で続ける。

「敬礼はいらんみゃ?」

「親族同士は会釈で十分だ」

 笑って真仁がこたえると、お互い目を合わせてから一つ頷くように黙礼した。後ろの一般人二人に自分の右側の席をすすめつつ、彼はポニーテールの真横の丸椅子に腰掛けた。

「久しぶりだぎゃあ」

「ああ、春以来だな」

「いや、ほうやなくて、二人きりで話すのが久しぶりちゅう意味」

 悪戯っぽく微笑む。真仁はしみじみとした表情で首肯した。

「そうだったな。お従姉(ねえ)ちゃん、お久しぶり」


 国父がシスコンまるだしになっているこの女性は、他でもない、軍部との正面衝突を回避すべく今年春に懐柔をはかった大崎家の次女、真仁の従姉である大崎夏実だ。現在二十歳であり、十五で成人を迎える伊達派としてはもう十分結婚適齢期で、春の真仁と大崎家の駆け引きの折には、大王妃候補の筆頭とされた。あの話はその後の混乱と会談の開始によって曖昧になってはいるが、未だ正式に効力を失ってはいない。現にカウンターの二人を見た他の高官たちは、それとなくこの男女の様子をうかがっている。

 しかし、今晩の話はそんなロマンチックなものではないらしい。

「少し訊きたいことがあって来たのだ。今日のことでな」

 周囲は一斉に聞き耳を立てるのをやめて、各々の会話に戻っていく。

「うん。何だみゃ?」

「例の……余の命を救ってくれた狙撃についてだ。あれは神業だった。余を撃つ寸前の狙撃手を見つけ出し、発砲ぎりぎりのところで仕留めるとは――お従姉ちゃんだろう? あの発見速度はそれ以外にない」

 夏実は頬をかく。

「んまあ、見つけたのはわっちだけんど、撃ったのはちゃう人だがね。ああゆう精密なんは苦手だで……」

「そうだった。たしかに狙撃は好きじゃないと言っていたな……。では、一体誰が?」

「んとね、この子だねえ!」

 そう言って自分の体を反らすと、向こう側に自信なさげに背を曲げる小柄な男子が現れた。

「わっちの副官、(つばめ)()(しゅん)()准尉だがね!」

 突然、大王と正対することになり、夏実と同じような白肩章に、六つの黒ボタンが並ぶ赤い詰襟軍服に、緑のラインが右外側に一本だけ走る黒ズボンという格好の青年が飛び上がって敬礼する。

「お、お初にお目にかかります! 大崎夏実大尉の副官をつとめております、燕田隼次准尉であります!」

 小夜子と似た柔らかそうなくしゃっとした黒髪が印象的で、薄茶色の瞳は仔犬のようにつぶら、全体に優しい、軍隊的には気弱な雰囲気だ。

「准尉が今日の狙撃をやってくれたのか?」

「は、はい、陛下」

「大儀であった。そなたは余の命の恩人だ。春瀬もきっと感謝しているだろう」

「あ、ありがとうございます!」

「褒美を使わそう。何か望みはあるか?」

 言われると目をぐるぐる回す。

「あの、その、自分には、褒美など畏れ多くてっ」

「少しはこぴっとしろし!」

「お従姉ちゃん。度胸はどう渡せばいい?」

 真仁が冗談めいて言うと、上官は苦笑いする。

「崖の上から突き飛ばせばいいがね」

「それじゃ虐待だろ」

 はっはっはっと笑うが、一般人二人は軍隊ジョークにまったく笑えない。大王はそれを知ってか知らずか、話を進める。

「何、冗談だ。度胸が足りぬわけがない。あの状況で狙撃を成功させたのだ。本当は心臓に毛が生えてるだろう。ここは無難に一階級昇進を認めよう。今からそなたは少尉だ」

「やったがね、つばっち! 初の昇進だぎゃあ!」

 上官の夏実が大喜びして手を取るも、当の本人は有り余る喜びに気絶寸前といった様子だ。

「なんか、さよさよみたーい」

「分かるわー。それはそうとよ、まさ、じゃねーや、陛下」

 背後のぼそぼそ声に首だけかすかに動かし、耳を向ける。

「あの制服はよ、どの部隊なんだ? 戦列歩兵はキルトスカートだったよな?」

「ああ、オカマー?」

「あれはスコットランドの軍服を模してるんだ。西洋化改革を推進した余の先祖が気に入って導入した。女性もいるが、ほとんどがれっきとした男だよ。だが、あれは陸軍でも主力の重歩兵、戦列歩兵部隊と砲兵隊にしか用いられていない。そこにいる二人は、陸軍歩兵科の軽歩兵、山岳猟兵隊の下士官だ」

 大王の説明を箏代がオウム返しする。

「山岳猟兵隊?」

「主に山岳での戦闘を専門とする部隊だ。切り立った崖を越えて敵を奇襲したり、山中で敵を追い回したりして、伊達派陸軍の精鋭とも言われる。その中に狙撃の名手も多くいるんだ」

「ドイツなんかが有名だぜ、このタイプの部隊」

「まさにそのドイツから学んで作られた」

 剛の目が輝く。その手の話は多けれど、教えが息づく軍隊を生で、この距離で見る機会はほとんどない。軍事マニアとしては当然の反応だろう。

「ほれはほうと、ほちらさんは誰だみゃ?」

 夏実が不意に話題を変えて真仁に尋ねる。

「うん? そうだなあ、もう少ししたら、」

「陛下。お待たせしました」

「ちょうどいい。素晴らしいタイミングだ」

 カウンターに現れた秘書の声に、顔をそちらへ振り向ける。

「春川辺卿、お久しぶりだよ」

「はい。しばらく振りです、大尉」

 伊達派では文人と軍人には明確な序列がある。そのため、陸軍名門家の令嬢でそこそこの地位にあっても、文人であるお芭瀬には、「卿」などという敬称をつけて呼ぶ義務があるのだ。なお、「だよ」は彼女の話す富士ノ森方言では丁寧語らしい。

「しかし、もうとは随分早いな」

「軍隊とはそのようなものです、陛下。総帥としてさすがにその発言は――」

「なぜだか軍事の玄人には困らないからな」

 皮肉めいて言う真仁に七海はため息をつく。と、その背後に、くしゃっとした黒髪の少女が現れた。藍色の学生服に白い前掛けをつけている。

「で、出来ましたあ」

 手には白い皿を持っていた。夏実と副官は、訳も分からずその様子を見守っている。

 皆カウンターに置かれた皿を覗き込むと、真仁が尋ねた。

「これは何と言う料理だね?」

「す、スクランブル、エッグです」

「ほう」

 そう言うと、添えられたフォークを手にし一口食べる。慎重に咀嚼し喉を鳴らして飲み込むと、軽く数度首を縦に振る。

「初めて食べたが悪くない。……ただ、塩が若干濃いかな?」

「す、すみません!」

「いや、そういう意味ではない。お芭瀬、食べてみてくれ」

「え、あの、このフォークでですか?」

 手渡されたフォークを困惑して見つめる。

「風邪はひいてないぞ」

 七海はため息をつくと、頬をやや朱に染めながら同じように少し口に運ぶ。

「どうだ?」

「……すみません。よく分かりませんでしたので、もう一口いただきます」

「よほど気に入ったようだ」

 大王は明るく笑うも、背後で箏代と剛は苦笑いを浮かべていた。その間に七海がそそくさとスクランブルエッグを食す。

「個人的には良い塩加減だと思います。ですが、伊達派の舌には濃いかもしれませんね」

「なんでだ?」

 剛が問うと、真仁がこたえる。

「我が国の支配領域はほとんどが山間部だ。海に面する領土は非常に少ない。ゆえに、塩の供給量が相当に限られ、料理が薄味にならざるを得ないんだ」

「こちらへ亡命してきました当初は、嫌がらせかと思いました」

「そんな手の込んだことするなら、最早歓待した方が楽だろう」

「やっぱ色々違うんだね」

 箏代が感心したようにうなずくと、夏実が口を開く。

「ちゅうことは、見たことにゃあ三人は、北条派の出身?」

 一瞬、三人は動揺の色を見せるが、真仁が一言、そうだと首肯し、その間に顔を作り直す。

「余の秘書が捨て犬を拾ってくるかのように、連れてきてくれた。有力な助っ人になるだろう」

「捨て犬は……かわいそうです」

 ぽつりと呟かれ、大王は慌てて両手を振る。

「いや別に侮辱したつもりはない。だが、喩えが少し悪かったかな」

「いえ、単純に捨て犬というものはかわいそうです、と申し上げただけです」

「春川辺卿は犬好きだがね」

 夏実に、はいとうなずき返す。真仁は椅子の上でずっこけた。


「まあ、とにかくだ。小夜子には明日から炊事を担当してもらう」

 夏実と副官が去った後、大王がのたまう。

「部隊に参加している全員分となると二万食以上になるから、日ごとに作る相手は変える」

「どのようなローテーションですか?」

 秘書が問いかける。

「我らが赤天地陸軍では一個大隊単位での調理が基本だ。そして、今回の親征軍には六十から七十個大隊が所属している」

「そ、そんなにあるものなの、剛くん?」

「んまあ、戦列歩兵とかある感じだと妥当じゃね?」

「とりあえず、それでだな……ローテーションは――どうしよう?」

「決めていないのですか?」

 七海が眉をきゅっと寄せる。しかし大王はのん気なものだ。

「春瀬なら、こういう数学的に当てはめていくようなのが得意なんだろうなあ。シフト組みなど、そうだ、余が頭を割くべきところではない。大王の脳は国家の大計を案ずるためにあるのだ。だから、」

「秘書である私にやれと言うのですね?」

 七海が嘆息すると、その通りだ、と力強く首肯した。

「最近、勘が良くなってきたな」

「日々、見事な腕前を盗んでおりますから」

「素晴らしい」

 大王は苦笑して小さく拍手する。

「でもさあ、なんでさよさよに軍の食事作らせるの? 人いないの?」

 箏代が素朴な質問を投げてくると、真仁は声を落として囁く。

「反戦政策を進める余は軍部との折り合いが悪い。だが、彼らも臣民である以上、支持してもらうのが理想だ。加えて、今は戦時中だ。言うことを聞かなくなっては困る。そこで、余の名の下に美味しいご飯を提供することで、少しでも好印象を抱かせたくてな」

「うわっ、露骨なまでに政治家だね」

「あ、あの、ご飯だけで、そ、そんな、印象って変わるんですか? わた、わたし、自信、ないです……」

 ところが、七海は首を横へ振った。

「戦場での娯楽は限られています。その中で、食事は最大の娯楽なのです」

「さながらジャック白井だぜ」

「剛くん、誰それ?」

「スペイン内戦に参加したっつう日本人義勇兵だ。ま、一説には朝鮮人とも言われるけどな。渡米してニューヨークで料理人やっててよ、その後に義勇兵になって内戦に参加したんだ。んで、その腕を買われて炊事兵になったら、うまくてうまくて。本人は前線で戦いたがってたらしいんだが、いざ出撃しちまうと飯が不味くなったとか不満言われて、炊事に戻らされたんだとよ」

「凄いね! 戦場のコックさんじゃん! しかも美味しいなんて!」

「井田橋・ジャック・小夜子だな」

「え? えぇ?」

 先輩たちが騒ぐのを前に、おたおたしていると、大王が簡潔にまとめる。

「要は、戦場の将兵にとって飯というのは重大なことなんだ。ここにはないようなレシピを含めて、色々頼む。で、剛。お前にも頼みたい」

 言い騒ぐのをやめて振り向く。

「視野の広い軍事知識を役立ててもらおう」

「それってよ、つまりは大王の軍師になれってか?」

「正確には軍事顧問といったところだ。軍事専門の個人的な相談役で、もちろん軍部に籍を置くものではない。これは小夜子も同じだが」

 驚きと喜び、そして不安が渦巻く表情でうつむくと、それを余所に箏代が元気いっぱい手を挙げる。

「はいはい! 私は!?」

 すると調子の良かった大王の口が途端に鈍くなる。

「そうだな……とりあえず、」

 きょとんと小首を傾げるモデル体型を、さりげなく見回す。

「本人の意思を尊重したいと思っているが、どうだろう」

「何が?」

「ああ、その、提案としては――その美を活用できたらと考えている」

 一般人たちが理解できず眉根を寄せる中、七海だけが素早く反応する。

「陛下! この私の前でそのようなことを言うのですか!? 酷すぎます!」

「強制はしないと言っただろう」

「それでもです! 陛下の命令とありましたら、それだけでも普通は逆らい難いものです! 陛下。少女の傷は生涯の傷にもなりかねません……。再考してください」

 七海の悲痛な訴えを聞き、剛が何か悟ったような顔になる。

「食事に勝るとも劣らない将兵の娯楽と言えば、なるほどなあ。軍用売春婦か」

「え、売春婦!? 私が!?」

 が、大王は即座にかぶりを振る。

「いや、やめておこう。その反応で十分本心は分かった。それでは、こちらだ。余の事跡を書き留めてもらう」

「事跡を?」

 黒のストレートヘアが傾く。

「そうだ。現在、または、末代にまで、余の選択と行動、すなわち、幸福の大陸パンゲアの創造政策に伴う一切の事柄が正しいものだと喧伝するのだ。文物によって」

「要は、開戦で妙に落ち着きを失っています軍部や保守派に対し、今一度、新統一政策継続の御意と妥当性を訴えるということですね?」

 七海が小声で補足すると、大王は黙ってうなずいた。

 歴史部部長であった箏代は目をらんらんと輝かせた。

「歴史著述家ってことか! しかも大王付きの! ヘロドトスかな? 司馬遷かな? トゥキディデス? それとも『フィレンツェ史』のマキャヴェッリ!?」

「何でもいいけど、マキャヴェッリは“大王”と相性悪いだろうよ……プロイセンのフリードリヒ“大王”、『反マキャベリ論』書いてるかんな?」

「出た。剛くん大好きなフリードリヒ二世。外交と戦略で惨敗してたのに、戦術と奇跡で勝っちゃった七年戦争さん」

「おま、斜行戦術なめんなよ?」

「ふ、フルート吹き、でしたっけ? バッハとも会ったことある人、で、ですよね?」

「そうだぜ」

「啓蒙専制君主! じゃがいも! ビール! 外交革命!」

「関連ワード羅列すると何か受験生みてえだな」

「七年戦争、イギリス唯一プロイセンと同盟組んだのに、ほとんど金だけ!」

「言ってやるな。植民地に軍隊回してて余力なかったんだよ。あと宿敵フランスが対プロイセン陣営にいたからってだけの支援だったしな、ほぼ」

「……そろそろ、いいか?」

 真仁が神妙な面持ちで、盛り上がる三人に声を掛ける。すると箏代と剛は慌てて黙り、小夜子は静かに苦笑いした。

 秘書の赤目が大王をとらえる。

「陛下。三人にそれぞれ役目は与えられました。ですが、立場はどうなさるのですか?」

 真仁が首肯する。

「うむ、次はそのことだ。職能を果たすには、それを行使する足場が必要だ。立って初めて手わざが叶う。或いは、立っていられる範囲の外に手を伸ばしてはならない」

「ほ、法家思想みたい、ですね」

「諸子百家か、懐かしいぜ」

「さっすが、さよさよ」

「でだ。春川辺芭瀬、遠見鷗公爵、古手川箏代、野崎剛、井田橋小夜子。以上の五名を憲法の大権規定に基づき新設される余の政治的補佐機関、大王枢密院の委員に任命する。かつこれを、特別な呼称として、Die(ディ)niglichen(クォーニックリッヒェン) Schutzheilige(シュッツハイリゲ) der(デハ) Pangäa(パンゲア)、略称、K(カー).S(エス).P(ペー).と命名する」

「鷗もですか?」

「公爵には事前に説明済みだ。お芭瀬には、秘書として国内におけるパンゲア政策関連事項の補佐と外相として外交の総括。公爵には、北条派要人との代理交渉や君主間交渉前の準備折衝。剛軍事顧問には、戦争の早期終結に向けた知恵の提供。小夜子大顧問には、糧食を通じた軍部の手なずけ。そして箏代顧問書記には、事跡の著述によるパンゲア政策の世論への訴え。それぞれにそういった役割をこなしてもらうことで、多面的、かつ、徹底的にパンゲア政策の維持・促進が可能となる」

「まるでパンゲア政策の甲冑武者ですね」

 秘書が一人うなずいて白髪を揺らす。と、箏代がおずおず手を挙げた。

「えーと、名前はどういう意味?」

「直訳すれば、大王のパンゲア守護聖人たち、みたいな感じだ」

「何語なんだよ、それは」

「ドイツ語だ」

 首を傾げる一般人たちに七海が補足する。

「伊達派で最も公式的な外国語は、ドイツ語です。イギリス語はあまりメジャーではありません……イギリス語?」

「英語だろう。どうした、やはり疲れが溜まってるのか?」

 真仁が気遣わしげに色白の顔を覗き込む。

「ななちゃ、じゃなくて、閣下って、たまにおかしなこと言うよねー。天然さんかな?」

 箏代がいたずらっぽく笑うと、七海は見つめてくる黒目から逃れて宙を仰ぐ。

「そ、そうでしょうか?」

「確かに時折、不思議なことを言っているかもしれんな」

 大王の指摘に恥じ入ってうつむく。

「そ、そうかもしれないですね。思ったら即座に行動に移す面がありますから……。今少し冷静になりまして、想像力を持たないといけませんね」

「それもあるが、今のはまた別じゃないか……? いやしかし、前など私は陛下の姉だとか世迷言を言っていたなあ。ああ、あの時は酔ってたのか」

「へ陛下!? 覚えていらっしゃったのですか!?」

 耳まで真っ赤に染め上がる。

「だ、大胆、ですね」

 小夜子が寂しそうに呟く横で、剛が眉を寄せる。

「酔ってたって――あ、法が違うのか」

「成人は二十歳じゃないの?」

「いや十五だな」

「え、早いね! なんで?」

 箏代が驚いて叫ぶと、青年王は目線を静かに下げる。

「この際だ。まとめて説明しよう。少し長くなるぞ? 全ての臣民は、十五歳になった年に中等学府を卒業し、以後、各々将来を見据えた専門の進路に進む。行政官吏、司法局の法律専門家、議会議員や学校の先生、他技術・医療の各高度専門職を目指す者は、大学府と場合によっては大学問院進学を目標とする。企業就職は大学府か、少なくとも中等学府の次段階、高等学府卒業が必須だ。そして軍部就職を志す者は、中等卒業後、軍事省の管轄にある軍事教練所に入所。数年の教練期間を経て正式に部隊へ配属される、のが原則だ」

 一旦大きくため息をつく。

「実は教練所の生徒は、教練兵と呼ばれる。正規の軍人ではないが、予備役扱いなんだ」

「そ、それってよお……戦争に、参加できるって、ことか?」

「そうだ。軍は常に人手に飢えていると言っても過言ではない。まして戦争が始まれば、必ず将兵が死ぬ。いなくなった分は補わなければならない。基本的に前線の空白は後方の正規軍人で埋め、その比較的安全な後方の空いたポストを教練兵、或いは教練将校が埋めるという形をとる。が、それでも戦闘が絶対にないわけではない。つまり、十五を過ぎれば、国のために命をなげうつことが出来るようになるんだ。故に、成人となる」

「お、重い、ですね」

 小夜子が両肩を抱いて震え上がる。箏代がその手を優しく包み込み真仁に声を掛ける。

「陛下は、そうゆうのをやめたいんだね」

 静かに、しかし確かに、一回首を縦に振った。

「若い命の喪失、いや、命の価値に老いも若いもない。避けられる不幸になぜ涙せねばならない。何としても、何をしてでも、武力以外の全ての手段を用いて、全力で徹底的に悪の根源は葬り去ってやる。不幸の連鎖は、我が真仁朝で絶つのだ。余の臣民で、列島の人民で、広く家族と呼べる存在は、老いも若きも、国が違えども、不幸になるなど許さない。そのためのK.S.P.だ」

 臣民の、或いは、北条派を含めた日本能力者世界全人民の幸福を真剣に一番に考えて行動する若き大父。

 青年の純粋な理想と、大の大人たちをも欺く政治力が、望まぬ状況の中で、理想郷に向けた執念深く周到な準備を進めさせていた。



「ところで、閣下が酔ってたのっていつなの?」

「陛下が言っていましたのは、おそらく学園祭です」

「……あれ? おめーのパフェじゃね?」

「ダメだよ? 一般人世界は、お酒は二十歳になってから!」

「て、提供したの、先輩ですよね?」

「あのワインは酔うとか以前に侮辱的な不味さだった」

「陛下は……酒、強そうだな」

「そんなことはない」

「そうなのー?」

「ああ。単に血がアルコールなだけだ」

「……さいで」


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