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第八話 宝山丘の戦い(1)

 カレンダーが七月にかわり数日、その間、雨は降り続いた。そしてついに今日は晴天と気象台から連絡を受けた七月四日早朝、大王は全軍に進発を命じた。


 一方、久しぶりの青空の下に続々終結しつつある赤軍服を、敵司令官は丘の上から眺めていた。

「麓を囲むように布陣するな」

 手の平を額にかざし、敵を俯瞰する。横で望遠鏡を覗きこむ痩せた参謀が鼻で笑う。

「驚きました。以前の部隊とまったく同じ道をいってますな」

「楽でいい。敵に感謝しよう」

 指揮官の中将が言うと、司令部に笑いが起こる。それを振り返ってにやりとするが、ふと表情を変える。

「少将はどうした? 私の副官は?」

 きょろきょろ辺りを見回すが、どうにも姿が見付からない。しばらくすると、中将は肩をすくめた。

「手洗いが近いのかもな」

 どっと笑いが起こり、また得意げな顔をして周りを見渡す。

「まあよろしいのでは? 敵がああでは、一人いない位がちょうどいいというものです」

 やはり少将の参謀が横目で中将に言うと、かもしれんな、と唇をひねり上げた。もっともこの発言の真意は、同じ階級である参謀長にしてみれば、副官が仕事をさぼれば自分に昇進のお鉢が回ってくると期待してのものであろう。北条派は軍人以外はろくでなし、という社会であり、軍内部の競争は醜悪の極みと言えるものなのだ。

「ですが、中将閣下。敵の旗をご覧ください。大熊のニコライ将軍です」

 中将の軍団に従う師団の指揮官の一人が、望遠鏡を覗きながら言うが、司令官は馬鹿にしたように笑う。

「それがどうした」

「油断は大敵です。補給が絶たれているのですし、敵の大将は経験豊かな名将です」

「君はまるで山の軍隊みたいなことを言う」

 山の軍隊、すなわち、敵国、山岳国家伊達派の軍人のようだと言われ、指揮官ははっとあらたまる。

「経験豊か? それは老いぼれと同じことだ。そして山は動かない。だから補給を絶たれると、あいつらはそこを復旧しようとその場で右往左往する。だが、雷は突き進むんだ! 補給が来ないなら、腹が満たされている内に敵を葬ればいい。老人と雷の競走だ」

 その時、ちょうど前線から気迫に満ちた掛け声が上がった。






 王国総司令部はと言うと、戦場に到着した時点で、大変な混乱からようやっと抜け出たような状態であった。

 何しろ急に作戦を変更したのだ。参謀総長は走り書きした作戦指令書をまだ不安そうに見返している。そしてただ一人、副総司令官だけは未だ全面的には納得できていない様子だ。

「敵が補給を絶たれて焦っているのは分かる。それを利用するのは確かに定石だ。だが、この作戦は不必要に危険だ!」

 敵の目前に来て各部隊が配置につくのを待つ間、最後の抗議を行う。

「春瀬。これは自軍の被害を最小限に抑えられる。うまくすれば投降だって期待できるかもしれない。これ以上の策はないはずだ」

「いや違う! 下手をすれば、王国軍は愚か、この国にとって致命的なダメージを受けかねない!」

 ツインテールを振り乱して熱弁をふるう。そんな彼女を止める者は誰もいない。いる訳がない。綺麗な青い目には母親の光が宿り、瞳には幼少より傍らで支えてきた大切な人がいっぱいに映っているのだ。

「私は陛下が心配なのだ。敵が、隙だらけなその瞬間をふいに終わらせるはずがない! 考え直すべきだ!」

 強く言い返すわけにもいかない大王は、深くうなずいて見せながらこう返す。

「だが、すでに作戦は始まった。賽は投げられたんだよ」

 その時、伝令から報告を受けた軍団長ニコライ大将が、大王の方に馬の鼻を向け敬礼する。

O()тец(チェーツ)(大父陛下)。全軍、位置につきました。いつでも作戦開始できます」

 大王が振り向いて首肯する。

「さすが早いな。助かる。――それでは行くとしよう。何、これが初めてではないし、狙撃手も配置している」

 幾人もの気遣わしげな目線を背中に感じながら、大王は馬を進める。


 ――本当に、今更な感じがするのだが……。余が鈍感なだけか?


 戦場においても崩れないそのマイペースさは、本当に圧巻である。




 真仁はマスケットを天に向けて抱える幾脈もの歩兵の隊列を超え、最前線にずらりと並べられた二つの車輪で立つ野戦砲の間を抜け、気炎をあげる敵前にのっこり姿を現す。斜面の下から黄色い軍服を黙って見上げていると、敵の方も大王の存在に気が付き、異色のざわめきが派生していく。

 大王は前線の将兵が皆、自分に注目していることを感じ取ると、口を大きく開く。

「余は、伊達大王国一五四代大父大王真仁である!」

 その名にざわめきがより一層高まり、真仁も声を張り上げる。

「諸君らがここ数日間、占領し寝泊りしているその土地は、伊達派の領土である! 即刻撤退されたい! それが黄帝陛下の御意でもある! 焦らずともその採掘場は、直に君らのものになるのだ。何を焦るか? 何を無理するか?! 座して待つのだ! 諸君らの望みは、余と黄帝陛下がすでに叶えた!」

 沙織派としての思惑はそんなところにないが、今、彼が話しかけている相手は沙織派の幹部ではない。その末端の将兵たちだ。組織の上下で考えていることが同じとは限らない、いやむしろズレていることの方が余程多い。大王としては不快な点だろうが、熟知しているからこそ自己否定的でも利用する。

「即刻国外まで撤退されよ! 直ちに全軍退けば、以降の安全は保障する」

 演説を終えると、ぴたりと全身を止め、敵を見つめたまま返答を待つ。

 するとわずかな空白の後、銃声が折り重なるように二発鳴り響き、マスケットの銃弾が白馬の足元の土にめり込んだ。戦列歩兵の使用する丸い弾ではない。極端に短く先端が丸いロケットのような形をしている。外周には渦を巻くようにライフリングの溝が掘られ、命中精度をあげる工夫が施されていることが明らかだ。


 狙撃用のライフル弾――。


 やっと皆の心配を肌で理解し、大王が固唾を呑んでそれを見つめていると、銃声の残響が消えぬ内に、右上方の敵陣の木立からどさどさっと人が落ちる音がする。

 うつむいたまま鼻から息を吐き出すと、面を上げ再び敵将兵に言い放った。

「ならば取るがいい! 余の首はここにあるぞ!!」

 馬上で両手を広げ一転挑発する。黄色い軍服たちが明から様に落ち着きを失い出す。

「諸君らが、諸君らの仕える姫君が所望する現代最高の財宝は、ここにある!」

「は、早まるな! 挑発に乗るな!」

 敵の将校の一人が声を上げるも、皆、前線なら誰もが取れる最高の品に釘付けだ。駆け出せば取れる。しかし、一番初めに行かなければ!!

「どうした! 黄天軍は本当は所詮その程度か!? 目の前の骨にも飛びつかない、愚かで惰弱な犬なのか?! さあ、誰だ! 歴史に名を残す唯一無二の強者は!! ここまで来てみろ!!」

 皇女から学んだ、北条派の人間が最も嫌がる言葉と最も欲しがる言葉を並べ、巧みにその足をすくう。真仁は颯爽と馬を駆り、自軍の奥へと向かっていく。

 早まるな! という声より先に、幾百もの突撃の掛け声がこだまする。黄天軍の前線部隊は雪崩のごとく斜面へ進出してきた。

 真仁は司令部へ全速力で馬を駆り出すと、まだ顔面蒼白な馴染みの副官に向かって叫ぶ。

「今だ! 春瀬!」


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