表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/87

第五話 初の交戦

 三十分後、一際大きな雷鳴が轟くと、雷の残光から一羽の燕が一直線に飛んできた。真仁は思わず立ち上がり、他の大元帥と大王秘書も表情を固くする。

 緊迫した空気が漂う司令部に、燕は滑り込むようにして着地した。

「どうだった?」

 春瀬が一歩踏み込んで問いかけると、ちょうど発光し人の姿へと戻る。空は、緑の目を細め、栗色のおかっぱを垂らしてひざまずく。

「申し上げます。敵部隊は沙織派と確認。軽騎兵およそ六個連隊を先頭に、他、二個大隊程度の歩兵部隊がすでに国境を越え、急行軍でこちらに向かっております。一時間以内には、主力の騎兵部隊がここに到着するかと」

「なぜ沙織派と分かった?」

 真仁が問う。

「部隊は沙織殿下万歳を叫んでおりました」

 大王は顔を伏せ、ところどころ土が露出した足元の草地を見つめる。春瀬と結衣が互いに目配せし、大母の方がゆっくり大王へ視線をやる。

「状況は最悪だ、陛下。早く目前の敵を討たなければ、完全に殲滅する前に我々が挟み撃ちとなる危険があるぞ」

「し、しかし、陛下は三時間の猶予をっ」

「貴様は黙っていろ!!」

 意気消沈した大王の代わりに秘書が口を開くと、途端に怒鳴られる。結衣参謀総長がその間で二人を見比べ、困った笑みを浮かべる。

「うふふ~。でも、秘書殿の意見も一理あるわよ~? 参謀総長としての立場からは同意しかねるけれど、たしかにここで攻撃命令を出したら、陛下の誠実さに傷がつくわ~」

「……いや、余の権威への傷よりも、防がねばならない傷がある」

 不意に失望していた大王の目線が上がった。黒い瞳は一層に重い光を放っている。

「余は出来ることなら、この列島の全ての人民を幸福にしたいと常々考えている。失敗はあるが、全身全霊で努力しているつもりだ。しかし――現実世界を治める大王として自らの理想を割り切らねばならない時もある」

 細い喉が苦しそうに上下する。

「残念ながら、目前敵部隊の交戦の意志は疑いようがない。今、迫りつつある沙織派部隊との連携は明らかだ。もはや停戦撤兵を期待できる時ではない。そして余は、一国の王として、当然自国民の生命を最優先に守る義務があり、そのために手段を選ぶべきではない。第一、余の権威も権力も、一義的には臣民のためにあるのだ。玉座の傷を防いで、避けられたかもしれない自軍への被害を甘んじて受けるのでは意味がない」

 重く、低く雲は垂れ込める。

「全軍、前方の敵を直ちに攻撃し殲滅っ! しかる後に反転して、後背の敵に備えよっっ!」

 回答期限を目前にして、突如、赤天地軍側は猛攻勢に出た。不意をつかれた黄天軍側は、連日の戦闘と強行軍の疲労もあって、まともに反撃することも出来ずに壊滅。硝煙の濃霧が晴れると、指揮官の大将以下、おびただしい数の将兵が死体となって転がっていた。

 こうして雲石市の包囲を解くと、敵の死体・捕虜収容を同市駐屯部隊に任せ、第二軍団は急ぎ反転し、斜面の上に陣取って今や数で勝る敵を迎え撃つ準備を整えた。

 ところが、七海が再び大王に告げた。


「西部地方元帥隷下の敵部隊、撤退していきます」


 敵の斥候が、直前で思いがけない戦況に気付いたのだろうか? とにかく、後ろから迫っていた部隊は姿を見せることもなく、国境の外まで静かに引き返していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ