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第四話 入り乱れ

「余は伊達大王国一五四代大父大王真仁である! 諸君らはよく戦った。だが、我々は現在、見たとおり完全に包囲している。これ以上の抵抗は無意味だ。即時、停戦し王国領から撤退せよ! 帰路の安全は保障する!」

 数時間後、黄天軍側の逆包囲に見事成功し、真仁は敵前に出てこう張り叫んだ。黒馬に乗った敵指揮官が、白馬の上で赤いマントをひるがえす大王を恐ろしげに睨んでいる。

 彼にしてみれば実に不可解なことが起こったのだ。今頃は本州の半ばを行軍しているはずの敵援軍が、すでに島の端っこの、自分たちの目の前に現れたのだ。例のごとく鷗を名乗る顔だけ女公爵から撤兵を呼びかけられても鼻で笑っていたのは、その援軍が自分を追い詰められるほどの位置にいるはずがないと知っていたためだった。しかし、当ては外れた。それもそのはず。彼は地下を走る蒸気機関車など知らないのだ。

 真仁は馬を少し走らせ、反応をうかがう。黄色に染まった兵士らの目には、しかし、いまだ鋭い光が容易に見て取れた。

 ――士気が高いのはいいことだが、この挟撃と逆包囲の状態でどう勝とうと言うのだろうか……?

 合理的な嘆きを抱き、仕方なく続けて言葉を放つ。

「三時間待とう! 時間になったら回答してもらう」

 指揮官らを見定めて叫ぶと、手綱をきって一列に並んだ野戦砲の間を抜け司令部へと戻っていく。

「こんなもので大丈夫だろうか?」

 心配そうに尋ねると、白帯に二つずつ赤いハートをいただく大元帥位胸章を盛り上がらせつつ、春瀬や結衣が一度首肯した。

「問題ない」

「さすが演説はお手の物ね~。達者だわ~」

「嬉しくない褒め方だ。しかも結果はまだ出ていない」

「うふふ~」

 悪気があるのかないのか分からない微笑だ。

「しばらくここを二人に預ける。と言っても十分程度だろうが」

「どうしたのだ?」

 春瀬が問い返す。と、真仁は馬を下りながら短く返した。

「今朝の件だ」

 すると春瀬は納得したように頷いた。




 下馬した真仁は縦にかぶっていた白羽根つきの二角帽を取り、それを小脇に挟む。

「七海? どこにいる?」

 秘書の名を呼ぶと、リョーシェンカら大王近侍のものが乗る貨物馬車から、はい、陛下と返事が聞こえてくる。

「少し話があるから出て来てくれ」

 言うと、前面の白いほろをまくし上げ、相変わらず絹のように輝く白髪が少しジャンプして降りてくる。服装は普段どおりの赤い秘書制服であり、少し動きづらそうだ。

「こっちだ」

 手招きし若干の茂みの中へと入って行った。




「今朝、春瀬から苦言を呈された。昨晩に共同の大浴場で、公的な立場をわきまえず、不用意な発言をしていたとな」

 七海は自然と顔を強張らせる。優しいが合理を重んじる真面目な大王の側で、叱り飛ばされる要人たちを幾度か見てきたならば、当然の反応だろう。ひとつ回答を誤れば、生い茂る草木ごと灰にされかねない。生唾をごくりと飲み込む。

 しかし、真仁は苦笑いして首を横に振った。

「別に燃やしたりしないよ。今日はただの忠告だ。個人の範囲内では、自身の信条に従ってくれていっこうに構わない。だが、伊達派の政府閣僚として、また、余の秘書としては、臣民からの目線を意識して振舞ってくれないと困る」

「はい、陛下……」

 声の音量を落として囁く。

「余とて、我慢しているのだ。本当はこんなところには来ず、直接帝都に行って沙織を抱きしめて言いたいのだ。やめろ、やめてくれ、と。思い出せと――」

 それにはっと顔を上げる。それから数度首肯した。

「そうですね。願いは心の内に秘めておきましょう」

「うむ、そうしてくれ」

 七海は深くお辞儀すると、先に茂みを出て行く大王の背中に着いていった。大王としては大きく、個人としてはいかにも小さな背中であった。






「もう決断なさいな、元帥。閣下の領域で友軍の虐殺が始まりますのよ?」

 ころころと声が聞こえてくる。念話能力者を仲介するこの世界での電話のような交信だが、目の前に見かけはかわいらしい逆賊がいるかのようだ。西部地方元帥馬主美樹は苛立ちながら言い返す。

「黄帝陛下にたて突く部隊を友軍と思ったことは一度もないよ。そうでなくても、あたしの支配領域に軍靴で踏み込んだんだ! それだけで十分敵だよ!」

 北条派は単純な専制国家ではなく連邦帝政国であり、黄帝の唯一の直接支配域である中央地方に加え北海島地方、北東地方、北西地方、北陸地方、近西地方、中西地方、そして西部地方と総計八つの邦が帝権の下に集合して国家を形成している。黄帝直轄の中央地方以外では七人の地方元帥が各々ある程度自立して自領域の支配を行い、彼らが黄帝に忠誠を誓うことで、間接的な中央の支配権が列島全域で成立するのだ。この制度下、各邦の独立性は非常に強く、相互の干渉は即“小さな国家間戦争”に発展する。

 伊達派の地方自治は、大王の内政主権を代行する地方伯によって行われる中央集権的なものであるため、この北条派の地方分権的な連邦制とは正反対だ。中央集権に関して北条派は二代白海帝の悪夢が、伊達派は八代山上大王の栄光が歴史に刻まれているが故の違いである。このシステムは北条派からの亡命者が理解に苦しむ代表的な部分と言われているが、それでは伊達派に囚われていた姫も等しいのではないか? 不適に笑むと元帥は“息する電話機”に話しかける。

「おっと、こちらに来て日の浅い殿下には分かりづらかったですかね。北条派は連邦帝政ですから。というか、そんなことも分かんないのに、この国を支配できるんですかあ?」

「口を慎みなさい、元帥。雷というのは案外遠くにでも落とせるものなのでしてよ?」

「ふーん。建物の中にいる人にどうやって落雷させるのか、興味あるなあ、あたし」

「元帥閣下。わたしは真剣に言っているのですわよ?」

「取り合わないよ。あたしが忠義を誓ったのは、七海殿下と周陛下だけ。このお二人以外の言葉なんか、ぜったい聞かないから」

 やんわりした援軍出撃の要請を断固拒否する。

「物分りの悪い方ですこと。周なんかに尽くしていても、やがて軍は解体され、元帥は失職するだけですのよ? それとも最年少の元帥からありきたりな浮浪者になるのをお望み?」

「あんたカッコわりいよ。最低に弱え。人を説得させるのに他人の悪口言うなよ。自分の信念と言葉だけで納得させてみろよ! あたし、あんたみたいな弱いやつが一番きらいだね」

 緊迫した沈黙が落ちる。

「分かりましたわ……」

 声の温度が一気に下がる。

「それなら、わたしの正義を実行させてもらいますわ。“強ければ”従うのでしょう?」

「ああ。それが北条派の流儀だ」

「そうですか。それでは元帥?」

 唐突に言葉を切られ瞬く。

「覚悟なさい」

 殺すように吐き掛けた後、交信が終わったと告げられる。だが、馬主は体が強張り、しばらく何も返すことが出来なかった。






 列島西端の山地に風が吹く。この梅雨の時期特有の重くべたつく突風だ。坂の上に設置された仮司令部で真仁は慌てて二角帽をおさえ、縦にかぶり直す。

「あと一時間か」

 突然、頭上に湧き出した灰色の雨雲を心配そうに仰ぎ見ながら、ぼそりと呟く。軍帽の先で白い羽飾りが揺れる。

「それまで天気がもってくれればいいが……」

 ちらと敵の方に目をやる。これまでに目立った動きはなく、どのような話がされているのかも全く分からない。

「うふふ~。むしろ雨が降った方がいいんじゃないかしら~? 濡れネズミで戦うのは敵にとっても大変よ~? 降伏を飲む後押しになるんじゃないかしら~」

 結衣が、紫の長いポニーテールを押さえながら口角を上げる。半ばレトリックとして不安を表したつもりが、理系の参謀総長には単に天気の心配に聞こえたようだ。

「あ、ああ。それも一理あるな」

 文芸王は狼狽した様子でうなずく。春瀬はそのやり取りを横目で不思議そうに聞き流していた。

 その時、西から迫ってくる灰色の雲の中を一筋の稲光が走り、数拍後、大地を揺するような遠雷が響き渡る。近くに待たせている馬たちが不安そうにいななく。強く顔をしかめ、そんな急転する空模様を見つめていると、突然、春瀬の声が飛び込んできた。

「貴様ら何の用だ!? 軍属の士官以上でなければ、司令部に立ち入ることはできないぞ!」

 視線を坂の先にやると、騎士会近衛兵に刃を向けられる大王秘書とその秘書の姿があった。

「か、かもめは付き添いです! 立ち入りません!」

 サーベルのぎらめきにおののき、両手を上げて叫ぶ。と皇女の威厳を持って白髪の秘書が一歩踏み出す。

「総帥陛下に至急、申し上げたいことがあるのです。事は急を要します」

 円筒形の軍帽をかぶった近衛兵たちが顔を見合わせる。そこに、春瀬が、次いで、真仁が、青と赤のマントを膨らませながら歩いてやって来る。

「一体何だと言うのだ? この黄人は」

「はっ、殿下。秘書殿は至急、陛下に申し上げたいことがあると言っております」

「余にか?」

「そうです、陛下」

 黒目が白髪の秘書をとらえる。いつも通りのクールな表情に見えて、顔には無数の汗がたれ、赤い目はいつになく色が濃い。肩は繰り返し上下しており、どれほど急いでやって来たのかは容易に見て取れる。

「軍事的なことか?」

 真仁が確認のため問うと、荒く息をしたまま一度うなずいた。

「分かった。入室を特別に許可する」

 春瀬が一瞬何か言いた気な表情をするが、大王に振り向きざま睨まれ、すぐに目を伏せた。

 お芭瀬が司令部に入る。入ると言っても、明確に境界があるわけではなく野原を歩いただけなのだが、そこには意識として司令部のテリトリーが存在している。具体的に表れているとしたら、近衛兵の立ち位置くらいだろう。輪を描くようにして立つ黒肩章の近衛たちのちょうど真ん中辺りまで進むと、大王は折りたたみ式の木の椅子に赤マントをはらって腰掛けた。右脇にはこの戦場の地図が置かれた小机がある。

「それで、用件は?」

「ここからおよそ二十キロ先の国境付近、ちょうどこの辺りで、不審な動きをする集団を確認しました」

 地図を指し示して報告する。真仁は驚いて訊き返した。

「何? 二十キロ先だと?」

「はい」

「どうやって二十キロ先が分かる?」

「私の電子レーダーの最大探査範囲は数百キロに及びます。状況にもよりますが、現在の条件ですと、半径数十キロ圏内程度までなら警戒可能です」

「そ、そうか……。それは北条派の軍か?」

「断言はしかねますが、タイミング・規模などから推察しますと、その可能性が高いです」

 七海のこたえを聞いて、春瀬が苛立たしげに呟く。

「つまり、西部地方元帥も沙織派として加勢したということか」

「いや、そうとは限らない。もしかしたら、周陛下が我々の援護に出撃させたのかも分からん」

「だといいのだけど~」

 結衣参謀総長が心配そうな目で嘆息する。

「春瀬。空を出せ。上空から詳細をはっきりさせろ」

「分かった」

 春瀬は首肯すると一目散に駆けていく。

 真仁は少しの間、眉間に皺を寄せて何事か考え込む。それから、顔を上げてもう一人の大元帥に尋ねた。

「大子爵。この事態を全軍にもう知らせるべきだと思うか?」

 紫の髪をゆっくり揺らして首を横に振る。

「司令部が詳細を確認できていない曖昧な情報は、流すべきではないわ~」

「やはりそうか。では、今は待つしかないな」

 そう言って足を組む大王の頭上を、一羽の鳥が猛スピードで羽ばたいてゆき、真っ暗な雷雲の中へと吸い込まれていった。


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