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第一話 不穏なる山地

(うん)(せき)市まで後少しだあっ! 突き進めえっ!」

 黄色い軍服に身を包んだ指揮官が黒馬の上から叫ぶ。すると、山岳特有の起伏の方々から精鋭の兵が雄叫びでこたえる。

「我らが沙織殿下に勝利をっ!!」

 隣の副官が続けて言うと、より一層大きな歓声があがる。

「伊達派を倒すこと以上に、殿下に忠誠を尽くすことに彼らの熱意はあるようですね」

 副官が指揮官にささやくと、違いない、と返す。

「それこそが我々の究極の目標だ。伊達派の青二才を倒し、軟弱な政治黄帝を打ち滅ぼし、二千年来の大帝国の夢を実現する! 平和条約なんて戦場が怖い臆病者の発想だ。実力こそが世界を支配する正しい方法だ!」

 砲兵たちが急な斜面を、重い野戦砲を引き上げ、押し上げ登っていく。顔を真っ赤にし、汗をだくだくに流して一つの大砲に十人近くがむらがっているが、びくとも動かない。その内、上で縄を引っ張っていた兵の手から、するりとそのロープが抜けていく。その横で引いていた兵も思わず手を離し、大砲は一気に坂の下まで転げ落ちる。もちろん、後ろから押していた兵をぐちゃぐちゃに轢き殺して。

「何をやっている!? 沙織殿下の栄光のため、急がんかっ!?!?」

 指揮官が青筋を立てるが、大砲の下で血だるまになっている兵の死体には目もくれない。彼はただ予定通りに電撃的な行軍をし早急に目標を包囲することしか頭にないのだ。軍馬で死体を踏みつけ、斜面を勢いをつけて駆け上がる。

 とその時、副官と参謀以外にもう一頭、鹿毛の馬がもの凄いスピードで追いすがってきた。

「大将閣下、申し上げます!」

 黄色い詰襟の軍服をぼろぼろにさせた伝令が、馬上で黄天軍陸軍正式の海軍風の敬礼をする。

「どうした? そんなに急いで」

「申し上げます! 敵が、昨日より包囲中であった赤宝山地西方二都市を奪還しました!」

「何ぃっ!? 山脈の敵を引きずり出すのが目的とは言え、早すぎる! このままでは敵の領土内で包囲されてしまう!」

「いえ、大将閣下。友軍の包囲を解いた敵は、赤宝山地の部隊ではありません。軍団旗は、立ち上がって吠える大熊でした! つまり、中央方面軍所属、ニコライ大将率いる第二機動軍団です!」

「あのニコライ将軍が!」

 副官が青くなって叫ぶと、参謀が冷静に首を振る。

「あり得ません。中央方面軍の部隊が今の段階で我々の真後ろにいるなど。いずれは遠征してきたかもしれませんが、昨日の今日では不可能です。これは敵の悪質な欺瞞に違いありません」

『戦場ではあり得ないことがあり得る、そうは思わないんですか?』

 突然、女性の幼い声が聞こえてきて、伝令を含め四人はきょろきょろ辺りを見回す。

『ここですよ、皆さん』

 ふと全員の視線が一箇所に集まる。大将の真っ黒な馬の首――そこから声が聞こえていた。

「一体、何なんだ!?」

『見えないですか?』

「何か見えるか?」

「いえ、何も」

『あ、そういうことですか。失礼しました』

 声がそう言うと、馬の首に、白い縦長の楕円二つと、その下に薄い三日月のような図形が現れる。

『普段は黒なんですけど、背景が黒いと見えないんですよね』

 弧を描く曲線がぱくぱく動き、二つの楕円がまばたきする。それはまるで、顔のようだ。指揮官が怒鳴る。

「貴様は何者だっ!? 伊達派か? それとも周派か?」

『伊達大王国は外務省所属、特命全権大使の遠見鷗公爵です。大王陛下の外交主権を代行する立場です』

「ふんっ。何だ、役人ではないか。公爵だか何だか知らんが、適当なことを言うな! 中央方面の部隊が追いつけるわけがない!」

 指揮官が怒鳴ると、白い目がぱちくりする。

『でしたら、元黄帝親衛隊一等兵からの警告と言えばどうでしょう?』

「なっ。……それで亡命するとは、気がおかしいな、貴様」

『もうかもめの素性はいいじゃないですか――。それより、大事なお話があるのです』

「か、閣下。こいつは赤天地軍の人間に違いありません。先を急ぎましょう。何であれ後背に敵がいるのは事実です」

 副官がささやくが、指揮官は顔色が悪い。ニコライ将軍の部隊到達という話に半信半疑ながら本当は相当動揺しているようだ。助言を聞き流し、弱弱しく、手短に話せ、と馬の首に向かって告げた。

『我々伊達大王国は、あなた方を領中において完全に包囲しました。しかし、真仁大父大王陛下には交戦の意思はありません。あなた方が速やかに撤兵をなさるならば、帰路の安全を保障しますし、今そこにいらっしゃる指揮官方の責任を問うつもりもありません。しかし、撤退せず、あくまで我が国領土の侵攻を維持するということであれば、当方に手段を選ぶつもりはありません。どうか平和と幸福のため、賢明なご判断をお願い致します』

 白い目がぎゅっとつむられ、唇が一文字に引き結ばれる。それを見て、指揮官はついにハッと笑い飛ばした。

「包囲だと?! やはり大したハッタリだな! 中央方面の機動軍団なら今頃駿河湾の北にも着いてないはずだ。攻撃しないのではなく、攻撃できないの間違いだろう! こちらが貴様らより圧倒的に早く雲石市にほんとに着いて落とせばいい。幽霊に脅えて撤退などあり得ない!! 不快な奴め、消え失せろ!!」

 そう言ってサーベルを抜き払うと、そのまま顔に突き刺そうとする。その途端、小さく悲鳴を上げて白い染みは消え去った。

「ほら見ろ。交渉とか言う奴は軟弱だ。刃のきらめきだけで目を潰す。何が公爵だ! ただの役人のくせにっ」

 大将が罵ると、他の二人も強くうなずき、遥々雲石市への道を急いだ。


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