第三十四話 兄妹にして夫婦*
同日夜、真仁と春瀬は足がすくむような光景に出くわした。場所は氷野宮一階の応接の間である。
「何だこれは……?」
「私に訊かれても困るぞ」
この日の夜会も終わり、定例化していた応接の間での談笑にでもとやって来たら、今日はやたら人がいない。と言うか室内には二人しかいない。が、これでは仕方がない。
「にい~さまっ♡」
「何であるか?」
「ふふっ、呼んだだけです」
白髪の皇女がソファに座る黄帝の膝の上に乗っかって、じゃれている。いや、もはやいちゃついている。
「黄帝と皇女というより、兄と妹か」
「いやもう夫婦だろう」
春瀬が呆れてため息をつく。まあ、婚約は発表されているので似たようなものかもしれない。
「今日は怖い顔してすいませんでした」
「何の話であるか?」
「会談中のことです」
「構わないのである。七海は職務を果たしていただけなのであるからな」
そう言って、黄帝が……兄にして夫(仮)が頭をぽんぽんと撫でる。妹、と言うか、嫁? ああ、嫁(仮)が露骨に嬉しそうな顔をして、背中を預ける。
「おお、撫でてるなでてる」
「入れないのだが?」
「まあそうだが……邪魔するのも野暮というものだろう」
真仁が苦笑いして、体を反転させる。と、薄暗い廊下に真っ白に燃え尽きた外相秘書が立っていた。
「ご、ごしゅ、ご主人……さまっ。かもめの、ご主人さま、がっ!」
「よし春瀬。こいつを隔離するんだ」
「分かった」
春瀬が小柄な秘書を問答無用で抱きかかえてどこぞへと連れ去る。その腕の中で、おさげは力なく垂れ下がり、片眼鏡もずり落ちていた。
あまりの酷い格好に真仁は静かに噴き出す。そして今一度ドアの死角に立って、聞き耳を立てる。
「にいさま、覚えておいでですか?」
「何をであるか?」
「北海島の黄汐の離宮に遊びに来てくれました時のことです」
「庭を見せてもらったな」
「はい!」
「心が洗われるようだった。よく覚えている。たしかハーブティーを振舞ってもらったな?」
「そうでしたね」
「美味しかった。楽しい思い出である」
盗み聞きしている真仁も、思わず微笑む。
「……あの離宮の庭園は、今はどなたが管理していますのでしょう?」
「七海が任じていた管理人である、たしか」
「そうなのですか?」
「朕は特に口出ししていないからな。沙織にも触れさせておらんし、お前の命令が未だ有効であろう」
優しい声音になってささやく。
「皆、帰りを待っているのである」
七海のふふっという満足げな声が聞こえてくる。おそらく髪を撫でてもらっているのだろう。
「皆、ですか?」
「ああ。帝国の良心ある者は皆」
「……姉様には良心がありませんか?」
唐突にぶっこんだのに驚いて、ドア越しに声をあげそうになる。周も大声が出る。
「はっ? お前をあのような目に合わせた奴に、良心があるとでも?!」
「どうしてにいさまは、姉様が嫌いなのですか?」
「嫌いとか、そういうのでは……」
「では、好きなのですか?」
「いやそれは違うが」
「違うのですか……」
「もちろんだ。逆に訊くが、お前は好きだとでも言うのか?」
真仁は固唾を呑む。
「好きですよ?」
――おいおい、言ったなあ!?
驚愕のあまり目が回りそうだ。
「はっ? ええ?? はあっ?!」
兄も処理が追いついていない。理由は別だが。
「私は兄様も姉様も好きです。同じ家族として。いけませんか? 家族が好きで」
「それはいけないとは言わない」
「では、にいさまも?」
「いや、朕は沙織とは政治的に対立している。仲良くなどできないのである」
「もともとは官僚たちの抗争ではないですか。姉弟喧嘩が原因ではないですよね?」
「それはそうであるが……。第一、朕が突っかかっている訳ではない。沙織が帝位を寄越せなどと言ってくるから、守らざるを得ないのである。それ位のことは分かるであろう」
「分かりますけど……そうですか」
兄の声音が気色ばんできたのを察し、七海は急に大人しくなる。
その後は小一時間ひたすらいちゃこらしていただけだったので、真仁は胸焼けを感じてそっとその場を離れた。
廊下は暗く、先がよく見通せなかった。




