第三十二話 お雇い外国人*
「あ~あ、アタシってば、何のために来たのかしら」
三笠の山に囲まれた王国陸軍の大工廠。その一角でつなぎを着た赤毛の女性がため息をついた。
うふふ~と笑う声がある。
「どうなるかなんて、まだ分からないわ~」
立派な紫の髪をポニーテールにした女性が笑みを浮かべる。ポニーと言ってもやたらと長く、髪を結わえる白いリボンは膝下にきている。
「相変わらず長い髪ね。不便でしょ。技師のあんたには」
口を尖らせるが、紫髪は困り顔になる。
「一応、参謀総長なのだけれどね~」
「作戦立てるより機械弄りする方が好きなのに?」
「必ずしも趣味を仕事にできるわけじゃないわ~」
と柔らかく言われるが、出来てしまった赤毛の方は居づらそうに床を蹴る。タータン柄のリボンでまとめられたショートポニーがひょこひょこ揺れる。それを見て、背の高い紫の女性が口を開く。
「うふふ~、いつもかわいいわね~。髪のリボン。チェック柄で~」
「チェックじゃなくてタータン!」
突然、胸を張って主張する。
「民族の誇りなんだから、そこら辺の模様とは違うの!」
「民族~?」
はてなと首を傾げられ、あわあわと説明する。
「ああ、民族っていうのは……えーと、何か固有の文化を共有するグループのことよ」
「伊達派と北条派みたいな~?」
「アーイ。そんな感じね」
と、スコットランドなまりの英語を口にしてうなずいた。
赤毛をタータン柄のリボンで結んだこの女性の名は、メアリー・スコット。
英国スコットランド出身の女性技術者で、もちろんのことホモ・サピエンスである。
そんな彼女がなぜいるのかという話だが、実は真仁の名の下に数年前、招聘されたのだ。
ホモ・サピエンスは二十一世紀の優れた科学技術を身につけており、それを王国の軍事技術にもっと取り込んで帝国との戦争で優位に立とうという方針の下、陸軍工廠局の技術指南役として招かれたのだ。
しかし、来てみたらこれである。実際の政権は招聘時の摂政氷野勤から大王真仁に変わり、同時に政策も大きく転換して、平和条約締結を目指し始めたのだ。
「もしこのまま平和になったら、国に帰るの~?」
紫髪の参謀総長が尋ねると、意外なことに首を横に振る。
「帰れとでも言われない限りは、しばらくいるつもりよ」
「あら、どうして~?」
「いやその……アタシが教えてあげられることは、まだたくさんあるし」
例えば? と質問される。
「そうねえ、まずは自動車技術とかかしら」
「ジドウシャ? それは何かしら~?」
「馬車の動力を機械化したものよ。馬車より速いし、扱いやすいの」
「想像もつかないわ~」
参謀総長が驚く。自動車の無人運転の開発競争が激化している世界から来た人間としては、覚悟はしていたが、やはりショックを覚えざるを得ない。
「あとは、電話とか?」
「念話?」
「アーイ! そういう特殊能力者がいるんだったわね」
そう言ってしゃがむと、脇に置いてあった鞄をあさり出す。
「ホモ・オリビリスは特殊能力があるから、科学の必要性がホモ・サピエンスより低くて発展してないってことの典型例ね」
「かもしれないわね~。……何を探してるの~?」
「ランチ」
「もうそんな時間なのね~」
「暇そうね?」
「最近、仕事ないもの~」
「あの変な嘴作ってたとき以来、まるでニートじゃない」
「何それ~?」
「無職無教育の人!」
「最低ね~」
「ああ、あったあった」
ようやっと取り出すと、雑に重ねた新聞紙の包装を破りとる。
「おにぎりかしら~? と言うか、散らかしすぎじゃないかしら……?」
思わず真顔になって、普段細い目が若干開かれる。
「ソーリー。包みすぎちゃって、はがすの大変で……。お、きたきたー」
明らかにテンションがあがって、どんなにおいしいものなのかと思って手元を覗き見る。
散り散りになった新聞紙の間に茶色の紙がある。そしてその間に、得体の知れぬ黒い物体を挟んだパンがあった。思わず、ひっと声をあげる。
「これが好きなのよー」
満面の笑みでかぶりつく。唇に謎の黒い物体がこびりつく。
「あの~、それは何かしら~」
「ハギスバーガーよ!」
「ハギス……?」
「アーイ! 羊の臓物をかためて茹でたスコットランドの伝統料理よ」
「でも、ほろほろよ~?」
「アーイ。そりゃ茹でた後にほぐすから。独特な風味だけど、おいしいのよねー。あ、食べる?」
ずいと目の前に突きつけられ、鼻をぴくりと、眉をひくりとさせる。
「あ、あ~、用事を思い出したわ~。残念だけど、また今度良ければ、いただくわ~」
逃げるようにその場を去るが、その背中に嬉しそうな声で、アーイ! いつでもいいわよ! と声を掛けられ、作戦の失敗を悟った参謀総長であった。
「今度たっぷり振舞ってあげよ!」
見るからに上機嫌になるメアリー技師の足元には、引き裂かれた平和会談の新聞記事が灰のように散っていた。




