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第三十一話 浜辺の朝*

 深夜まで続いた舞踏会の翌朝、真仁は浅い眠りから目が覚めた。窓の外を見やれば、まだ太陽は海を離れたばかりである。

 生来の虚弱体質で体力には乏しい。もっと寝ていたいのだが、どうにも落ち着かない。

 さっさとスーツを着込んでしまうと、窓辺の椅子にかけ、湘南の白い砂浜と相模湾を眺める。彼にとっては初めて見る海の景色だ。

 少しだけ窓を開く。と、昨日入城する際にも感じた潮の香りが雪崩れ込んでくる。

 あまりの濃厚さに一瞬むせる。が、あらためて窓の隙間に鼻を寄せると、なかなかどうして心がくすぐられる。


 ここが七海の、そして、沙織の故郷だ。


 ――もっとも沙織は、記憶の上では王都の方が強いんだろうが。

 その沙織が軟禁されている屋敷も、この側にあるはずだ。思わず会いたい衝動に駆られるが、今はまだ我慢だ。

 ――周陛下の対沙織派という本心を利用している以上、すぐにというわけにはいかない。だが、いずれだ。いずれ、周陛下がもはやそのようなことを気にする必要のない状況になれば、どんなに遅くともその時には必ず、沙織もパンゲアの輪の中へ入れるんだ。分断を乗り越えるには、沙織派だけ仲間はずれというのも、おかしいしな。

 もっともそのことに、周は気付いていないだろうが。いかに編み上げるか、腕の見せ所である。


 その時、不意に砂浜に影を見た。よく目を凝らすと、砂浜と同じくらい白い髪が海風になびいている。

 一瞬幼い日の記憶と重なってどきりとするが、やや上向きにまっすぐ腕を構えたのを見て、人違いに気が付く。

 ――七海か。……随行はさせたが、危険があるからあまり出てくるなと言ったのだがな。まあ、どうせ皆、昨晩の今朝ではまだ起きていないだろうが。

 七海の手の先で二本の鉄レールが鈍く光る。と思ったら素早く手を動かして、レールの末端に触れている。直後、雷鳴のような凄まじい衝撃が朝の空気を引き裂いた。思わず首をすくめ、窓から距離を取る。七海が腕を下ろす。とまた、爆音が帝都の静かな朝を叩き起こす。

 ――あいつ何考えてるんだ。

 さすがの真仁も、想像以上の騒音にイラッと来て眉を寄せる。

 ――いや大方精神修行なんだろうが、あんな音が出るならさすがに自重するべきだろう……。

 案の定、急に御所のあちこちが騒がしくなってくる。七海はそんなことは露知らず、仁王立ちで故郷の海を踏みしめている。と、小柄な七海の秘書が何事か叫びながら慌てて駆け寄っていく。見えなかっただけで浜の離れたところから、主人の様子をうかがっていたらしい。

 しかし、何を勘違いしたのか、七海は笑顔で手を振りながらこう叫んでいた。

「鷗! 二羽落としましたよ! 十キロ先のカモメ二羽です!」

 ――十キロ……?

 信じられない射程距離に唖然とするが、七海本人は軽く朝飯前といった様子である。

 なんと恐ろしい、と天然核爆弾が身震いするが、片眼鏡の秘書の、きゃーかもめ落とされちゃいましたー! という黄色い歓声を聞いて、なんとアホらしいとため息をついた。




 その後、一週間の会期の中で催された舞踏会、食事会、その他交友を深めるための行事の数は、なんと五十を越えた。対して君主間にもたれた協議の数は、わずかに三回であり、しかもその内二回は非公式のもので、亡命して以降の七海の様子を根掘り葉掘り聞かれるといったものであった。唯一の公式協議では、王帝共同宣言が採択され、あらためて君主同士が両国の平和条約締結に向けて努力していく旨を確認した。

 具体的な政治成果は、これだけであった。

 思考が比較的内政に寄りがちな真仁は、帰国後に成果の少なさをバッシングされるのではないかと内心に不安を抱えていたが、外相七海の強い勧めによって今回はこれで我慢していた。いわく、いきなり何か大きな成果を上げようとしても、どだい無理な話である。まずは信頼関係を両国関係者の間に築き、分断を乗り越えることが大切だ、とのことだったのだ。

 会議は踊る、されど進まず、とは嫌味な市民と無理解なマスコミの表現だ。

 外交の現場からすれば、踊らずして会議できるか、なのである。


 とにもかくにも、成果を上げたという旗を掲げて、六月七日に真仁は世紀の大会談から帰国した。

 この二日後には件の白色鉱石第一採掘場が商業目的での操業を開始。ついに到来する戦乱のない時代に期待してか、両国の市場は活況に湧き始めた。今まさに真仁の治世の絶頂が、列島を覆おうとしているかのように見えた。


 しかし、当の本人はまだ満たされぬ思いであった。


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