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第三十話 黄帝舞踏会*

「まず、平和条約締結に向けた会談実施の申し出に快く応じてくれた、北条周黄帝陛下と連邦帝国の関係者の皆様に深く謝意を表する」

 同日夜。日が水平線の向こうへ落ちた頃、帝室の私邸にして黄帝の執務所である勇壮で巨大な御所の一階大広間に、王帝両国の重鎮たちが着飾って一堂に会していた。和風なホールの天井には豪華なシャンデリアが鈴なりに吊るされて、光のシャワーを部屋の隅々にまで降らせている。上から下まで光り輝く広間の奥で、主賓にして会談の発起人たる大王が挨拶を述べる。

「そして、王国で実現に向けて尽力し、協力してくれた全ての人たちにも感謝したい。――これから始まる世紀の会談は、この列島から不毛な争いを永久に排除し、全人民が平和に、幸福に暮らせる社会を実現するために行われる。余はその理想的な世界を、幸福の大陸パンゲアと呼んでいる。今、五つに割れている大陸がかつて事実超大陸パンゲアという一つの大陸であったように、いかに大地が揺らいで列島が二国に分断されようとも、それらに従属する者は全て同じホモ・オリビリスである! この点において、我々は恒久的に不変なのだ! 根本的に同じ者同士であれば、理解できぬはずはないし、無理解を理由とした諍いは止められるはずである! もちろん、はるか山からはるか平野まで、平和と幸福の世を実現させられるのは間違いないことだ! 両国が長年の分断を乗り越え、互いに手を携えて、列島一億人に幸福な生涯を約束することを期待してやまない」

 言葉を切ると軽く会釈する。拍手が上品に鳴る中、数歩後ろに下がって青マントの春瀬の横に立つと、軍服正装の周が細長いシャンペン・グラスを手に前に進み出る。

「皆、手に杯を」

 給仕があちこちで景気よい音で栓を抜き、グラスに注いで配っていく。だいたいグラスが満たされたのを黄色の目で見渡すと、新ためて自ら右手の杯を少し掲げ、皆に持つよう促す。

 銘々、細かい泡がキレイなグラスを顔の高さまで上げると、黄帝は今度は高く手を上げ、真仁と対照的な黄色い声で音頭を取った。

「不和を除き、すべからく列島の人民に幸ある理想郷の実現を願いて、乾杯」

『乾杯!』

 全員の声が重なり、宮廷楽団がバッハの管弦楽曲を奏で始める。

「朕は感服した」

 真仁とグラスを合わせ澄んだ音を立てる。

「何にだ? 陛下」

「大王陛下が到着し、この都市に足をつけた際の楽音だ。最高の選曲であった」

「お褒め預かり光栄だ」

 顔の前でグラスを少し掲げて微笑む。

「音楽を嗜むのか?」

「好きだが専ら観賞だな」

「やはりバロックが良いのか?」

「バロックが一番好きだ。しかし、古典派も捨て難いし、ロマン派も旋律が美しくていい。だが、強いて言うなら、余のお気に入りの曲はその時の風次第だ。今夜などは、シュトラウスのワルツの気分だ」

 素早く意図を察して先回りしてこたえる。黄帝は驚いた表情を見せてから、手を叩き宮廷楽団に向かって叫ぶ。

「ウィンナ・ワルツを!」

 燕尾服の指揮者は少々雰囲気に合わず硬すぎるバッハを止めると、深く黄帝に向かって腰を折り、さっと白い指揮棒を振り上げ、陽気で軽快なワルツを振り始めた。おかげで会場の空気が良い具合に弛緩し、初めまして同士の会話が三拍子にのって弾み出す。

 一方、真仁が無教養と嘆く春瀬は、相変わらず二人の一連の会話に眉をしかめていた。が、周が大王陛下に大母殿下、と呼びかけ、すぐさま皺を抜く。

「紹介したい者がいる」

 そう言うと、後ろに控えていた七人の元帥から一人を手招きする。

「お呼び? 陛下」

 右手を額にゆるく当てて敬礼したその元帥は、黄色い軍服の上、左肩に、緑地に金の飾緒を施した肋骨軍服を引っ掛け、紫の長髪がのび放題で顔の前にもかかり、およそ元帥の立場に相応しくなさそうなだらしない風体の女性であった。身長は一六〇ほどで小柄であり、どことは言わないが大変スリムである。絹の青いマントをまとい、美しい銀髪をツインテールにまとめ、背丈がさらに四センチほど高く、どことは言わないが豊満なものをお持ちの大母殿下の前では、どうにも見劣りしてしまう。

 しかし、そんなこと気にする様子もなく、周は二人に紹介する。

平松千手(せんじゅ)(きん)西(せい)地方元帥である。朕の子飼いだ」

 真仁が大きく頷く。

「頼もしい武人をお持ちで」

 続いて春瀬が問う。

「肩にかけている緑の軍服は、猟騎兵のものか?」

「元帥は以前、猟騎兵隊の指揮官であったのだ。それを誇りに感じており、今でもこうしてユサール風の制服を身にまとっている。無論、その下は元帥の軍服だ」

「なるほど。意外に自由なのだな」

「朕が良いと言えば良いのである」

 制服令よりも黄帝の言葉。規則の上に黄帝がくる。まさに専制君主の発言で、法を超え得ない二人の立憲君主はどちらも一瞬驚いた顔をする。

「それと。馬主(うまぬし)元帥! こちへ」

 中年から老年といった年配の元帥たちと話をしていたもう一人の女性元帥が、波打つ栗色のロングヘアを靡かせて振り返る。瞬間、真仁は密かに息を呑んだ。髪を振り払って現れた艶めく小麦色の顔は、まだうら若い女性のそれだった。歩み寄ってくると、小柄な平松元帥に比べ、身長は一七〇センチくらいではるかに背が高く、どことは言わないがGはありそうな感じであることがよく分かる。

馬主(うまぬし)美樹西部地方元帥である。帝国最年少の元帥だ」

「失礼ながら、年は幾つなのだ?」

 春瀬が尋ねると、元帥が口を開く。

「今年で二十一です」

「朕の一つ上だ」

 そう言われると、真仁は感心して唸る。

「こちらで元帥と言えば、各地方の軍権のみならず統治権をも持ち合わせる立場と聞いている。伊達派では、地方の文部長官たる地方伯と軍事長官は明確に分けられているが、その二つを、しかも、その年でこなすとは、真に実力ある証拠ということだな」

 真っ直ぐな瞳で賞賛され元帥はかすかに頬を朱に染める。

「ありがとうございます、大王陛下」

 さらりと黄帝お気に入りの元帥を魅了させる隣で、しかし、春瀬は内心ツッコんだ。


 ――そうは言うが、十六で“大王”をやる者の台詞だろうか?




 夜が更け、三々五々両君主のところへ挨拶に来て帰る者が出始めたころ、周は小声であくびを噛み殺す真仁に問うた。

「朕の妹の様子は、どうであるか?」

 目を少しこすってからこたえる。

「元気にやっているよ」

「そうであるか……」

 春瀬が帝国の要人と挨拶を交わしつつ、そば耳を立てる。

「朕が……守れなかったばかりに、辛い思いをさせてしまった」

 外務省の官僚が周のところへ来て今晩の感想を述べる。黄帝は柔和な笑顔でそれを聞くと、明日からよろしく頼む、と声を掛ける。それに深々と礼をして離れる役人を、おいと大王が呼び止める。

「君たちの大臣は悲しんでいるかね? 今頃」

 周がはっとして大王の顔を見る。官僚があらたまってこたえた。

「いえ、この帝都での会談が実現しましたことを、大変お喜びになっていると思います」

「そういうことだ」

 真仁が笑顔を、心配する兄に見せる。

「そうか。それならば、安心である」

「妹君は誰にも文句など言ってはいない。あの一ヶ月の件についてな」

「――早く、この腕に妹を抱きしめたいものである。ただ一人の“家族”だからな」

 兄の方の愛情も感じて、真仁は満足そうにうなずく。


 だがしかし同時に、妹との決定的な違いも認めざるを得なかった。


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