表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/87

第二十八話 朱雀の熱意

「陛下、良い知らせと悪い知らせがあります」

 五月中ごろのある昼下がり。使いに出していた秘書が執政室に戻ってくるなり言った。大王は農林省に提出させた生産効率化技術研究・開発投資試算書から顔を上げると、肘をついて両手で目をこする。

「楽しいジョークでも言ってくれるのか? どうせなら爽快なやつにしてくれ。専門的な文章はどうにも途中から頭に入ってこなくなる」

「ジョークではありませんが、気分転換にはなると思います。どちらから聞きますか?」

「面倒くさい報告だなあ。順番に言いたまえ」

 声に若干苛々が見え隠れしている。七海は、渋々はいと言って奏上した。

「まずは、良い知らせです。資源開発管理省が新エネルギー白色(はくしょく)鉱石の採掘事業が実施可能段階になったと申しております」

 それを聞いて初めて七海を直視する。

「本当か!?」

「はい、陛下」

 心底安堵したように大王は椅子の背にもたれかかる。

「良かったあ。これで失業軍人対策を示せる」


 白色鉱石採掘事業――それは真仁や多くの人が期待を寄せる夢の新規事業である。

 伊達派ではこれまで、特に列島西部の山間部で豊富に産出される赤色(せきしょく)鉱石と呼ばれるものを主たる取得鉱物としてきた。

 これはホモ・オリビリス独特の科学技術を通すと、建造物や乗り物、武器など広範囲で利用可能な万能鉱石になるのだ。領内に資源が乏しい北条派と度々利権争いの種となっている魅力的な鉱物だが、燃料としてはなぜかまったく使えない性質が欠点であった。

 しかし、数年前、北陸地方など北方の山中において白色鉱石なる新エネルギーが見付かったのである。これは赤色鉱石より万能性が高く、特に燃料としての利用が可能と分かり期待が高まっていた。さらに、実験によって薪や石炭など旧来のものに比べて圧倒的に燃料効率が良いことが証明され、大量に採掘されれば、工業用燃料から一般庶民の新たな暖房燃料まで様々な用途で普及する見込みもあるとされている。こうなれば、この新たな鉱石が振るわない経済に好影響をもたらすのはほぼ間違いないことだ。

 ところが、アツい希望を裏切り、今に至るまで全く商業用の大規模採掘は行われていない。資源開発管理省が、十分な採石量の確保が難しく、新規採掘事業は実行しても赤字に終わる可能性が高いとしてきたためだ。――しかし、今の報告によれば、この同じ採掘事業が急に実行可能になったという。

 大王が眉をひそめる。

「だが妙だな。前の大臣はいくら訊いても、無理ですの一辺倒だったが……ああ、そういうことか」

 秘書が続きを言おうとするのを、真仁は手を挙げて制止する。

「いや言わずとも分かる。どうせ前の軍部癒着大臣様が事実を隠蔽、虚偽の報告をしていたのだろう?」

 開きかけた口を閉ざす。代わりに不思議そうな目で大王を見上げた。

「分かるよ、分かるさ。政治家の直感だ。余は繰り返しあの大臣に採掘事業について問うた。それは経済財政復興をもたらし得ると同時に、大きな雇用創出を実現させるからだ。つまり、言うまでもなく、一番現実的で効果的な失業軍人対策になるはずだった。もし採掘が実行可能となれば、軍部をこれで説得して、パンゲア政策を進めるつもりであったのだ。だが、彼らはあくまで解体を拒んだ訳か……」

「軍部潰しを防ぐために、前大臣に頼み込んだと?」

「だろうな。実現すれば軍部は反対する主たる理由を失っていたんだから。これでお前の言う悪いニュースはあってるだろう?」

 秘書は静かに頷いた。それを見ると真仁はため息をついてうつむく。

「過去の可能性についてとやかく言うのは時間の無駄だが、もし正直に報告していたら、あんなに死傷者を出さずに済んだかもしれないな――」

「陛下……」

「いや、だからこそ、元大臣は厳しく罰されなければならない。彼が行った不正が、二千以上の死者と数百の負傷者を出した可能性は否定できない。まあ、法律上の処断については司法の領域で余が過度に発言すべきでないが――。元議会議長に引き続き、保守派の要人政治家で二人目の逮捕者となるのか。そう捉えると、なかなか余には都合が良く聞こえてくるな。この調子で保守派がどんどん信用と支持を失ってくれると助かる。瓦解を誘わずとも自滅してくれると言うのであれば、それに越したことはない」

 独白気味に述べるのを、秘書は苦笑いして聞き流す。一礼すると、いつも通りの秘書卓に落ち着いた。と同時に、扉の外から近衛兵が叫ぶ。

「陛下。外務省大臣秘書殿が報告書を提出に参りました」

「通せ」

 すると、重々しく扉が引き開けられ、長槍を構える二人の衛兵の間を女性の秘書が歩いて来る。その姿に真仁は思わず目をしばたたいた。黒いスカートスーツを着た外相秘書は、背の丈一五〇センチもない。焦げ茶の目はつぶらで、同じ色の髪を橙色のゴムで二つ結びにまとめており、成人しているのか分からない容姿だ。

 だが、未成年なのではないかと本気では思わなかった。どうにも思えないのだ。

 その子は、銀縁の片眼鏡を右目にはめていた。耳たぶに着けた赤いハートのクリップのようなイヤーカフから銀のチェーンがだらりとレンズにのびている。また、左顎辺りには長い縫合の跡が残っており、胸が大きい。これらの特徴からは幼いとは言い難い何かを感じる。あれは七海と同じくらい、Dくらいあるかもしれない。

 執政卓から少し離れたところで立ち止まった外相秘書をしげしげ観察し、誰だ? と呟くと、すっと片眼鏡に手をやって押し上げた。幼さの残る声が話し出す。

「お初にお目にかかります、大王陛下。外相秘書に先日任命されました、遠見鷗(とおみかもめ)です。年は十五歳。好きなものはご主人さま! 愛しているのはご主人さま! 趣味はご主人さまを隅々まで観察すること! ちなみに今日のパンツの色はズバリ水色です!!」

「鷗!? やめて下さいとあれほど言いましたよね?!」

「待て。ご主人さまとは七海のことなのか?」

「はい……。鷗は帝国で私の身辺警護を一時務めていた者です。その頃から殿下ではなく、ご主人さまと呼んでいます。ですが、少し個性は強いものの、忠誠心は高く信用に足る人物です」

「そ、そうか。まあ、外相秘書の人事にまで口を差し挟む気はない。仕事が出来るならな。では、報告を頼む」

 もういい早く仕事やらせて帰らそうと何か諦めムードで促すと、恍惚とした表情から一転、真面目な顔つきになって正面を向いた。

「氷野春瀬使節団団長殿下よりの報告書です。外務省宛で届いたんですけど、使節団を直接指揮なされる陛下のお目に入れておくべきかと存じまして参上した次第です」

 一礼して直属の上司でもある大王秘書に渡す。どうやら本当に仕事は出来るらしい。お芭瀬は手順どおりに点検すると判を押して執政卓へ持ってきた。真仁は農林省からの書類を脇にのけ、ぱらぱら捲って目を通す。内容は使節団の成果報告だった。都市(みやこし)出立に先立って団長の春瀬が書き送ったものということだ。政治家としては才能に欠けていても、こういった事務的な連絡などには大変よく気が利くのが彼女である。いち早く概要を知らせようという気遣いは、大王の中での評価を大いに高めた。近年の落ちぶれぶりに対しよほど嬉しかったのか、交渉の結果以上に、最後のページまで飛ばし読んでも、第一声はこうなった。

「やはり春瀬は氷野姓のおかげで場を誤っていただけだったんだな。安心した」

 しかし、外務省の二人が何のお話ですかと目だけで問うてきたため、咳払いして口を開き直す。

「努力がひとつ実を結んだな。交渉は成功。無論、もう目を通しただろうが」

 外相とその秘書は同時に首肯する。

「私も一安心です。しかし、まだ交渉の実施が代表間で合意されましただけです。次は来るべき王帝会談の具体的な日程と場所、協議内容を取り決め、実施を本格的に決定しないといけません」

 大臣の意見にうむと頷く。

「祝宴にはまだ早いな。明日帰ってくる使節団にもう一度お願いしよう。連続で疲れるかもしれないが、人を変えると面倒だ」

 とその時、鷗が真剣な目をして首を傾げた。

「しかし黄帝陛下のもてなされ方は随分丁重であらせられます。既に都市を出た使節の方々を、国境近辺の離宮に今一度お招きして盛大にお見送りされるとは、一体どういった了見なんでしょう?」

「そうですね。一泊分余計に滞在費を負担することになりますのに……」

「財務相のポストでも狙ってるのか?」

 くつくつ笑うと、手をひらりと返す。

「それだけ周陛下が歓迎しているということだ。軍部はもはや沙織がほとんど掌握し、陛下は専ら官僚頼みで支配を維持しているのだったな、七海?」

「はい、そうです。兄様は比較的温厚な人柄で、初めから軍隊には最低限の興味しか示さなかったと聞いています。そこを突いて、帰還した姉様がご自身の救出、いえ、強奪を成し遂げた軍部を味方にして、帝位争いを優位に進めようとしましたとか」

「そうだったな。だとすれば、陛下はそのまま政治主導の支配を押し進めたいだろう。だが、武断的統治の伝統を持つ帝国では、かなり難しいはずだ。そこへ、外部から外交という政治手段が提案された。しかも、それなら行く行く先、政敵の支持基盤が失われることになる。さらに、他国から国のトップと正式に認められることは、国内においても多大な影響力があるだろう。そりゃ、大いに喧伝するさ。巨費を費やして盛大に宴を催すだろう。それが自らの在位の正当性を保持し、一層アピールすることに繋がるのだからな」

「多分に帝位争いを意識しているというわけですか……。予想の範疇でしたか?」

「当然」

 政治家の顔でうなずく。それから、つとめて明るく言い放つ。

「さて、残りの仕事をさっさと終わらせよう。祝宴はまだだが、やはり祝う気持ちは待てないからな!」

「ぜひお酒は抜きでお願いします、陛下。ご自身の肝臓のために」

「何を言ってるんだ。今夜はとっておきのウィスキーをあけるからな」

 外相秘書がずり落ちた片眼鏡を摘み戻す。

「ご主人さまがご無理をなさっていないかだけが、かもめ心配です」

 そんな呟きに、大丈夫ですよ、と苦笑いしてみせる上司の大王秘書であった。


 翌二十三日、春瀬を団長とする使節団は会談開催決定の報とともに無事帰還した。しかし、休む間もなくさらに詳細の協議を行うため、二十四日には都市に向けて再度出発し、五日後の二十九日、史上初となる奇跡的な約束を取り付けて首都へと戻ってきた。


 大王の情熱は、火の鳥朱雀の熱意は、ついに二千年の氷河に風穴を開けたのだ。

 能力者世界初の平和へ向けた大王と黄帝の会談――パンゲア会談の開催である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ