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第二十七話 電磁加速銃七式

 真仁は即座に南大路を歩き軍事省へ確認に行くが、ここでも事態を把握しておらず、そのまま柵で隔てられた軍部の領域に入り、首都南南西の低層だが広大に広がる建物に入って行く。赤レンガの騎士会本部を北、白亜の壁に青の小ぶりなドームをちょんと乗っけた三階建て横長な氷野邸を東に見つつ、老朽化したドアをこじ開ける。中はじめじめと薄暗く、錆び付いた大型の工具が床に転がっている。空気が重く痩せた両肩に圧し掛かってくる。

「ここで喜べるのは、せいぜい初等学生までだな」

 不気味な雰囲気に身震いする。しかも、この場所は、まあ、すぐそこに亡霊がいてもおかしくないようなところだ。肩をかき抱き、きょろきょろ周りを見回すと、仕切りのない建物のずっと奥の方からターンという発砲音のようなものが響いてくる。体を一瞬すくませると、音のした方向へ行ってみる。不気味なオブジェと化した機材の間を縫って進んで行くと、赤錆にまみれた鉄のドアに行き当たった。いかにも開きそうにないけれど、真仁がノブを回すといとも簡単に引き開けられた。

 ――誰か通ったな。

 ごくりと生唾を飲み込む。どうやら中は螺旋階段らしい。恐る恐る一歩を踏み出すと、意を決して降り始める。次第に錆びの臭いが強くなってゆくが、今は我慢だ。鼻をむずむずさせつつ、早足で駆け下りて行く。やっとドアを一枚見付けると、まだ階段があることだけちらりと下を覗き見て確かめてから押し開ける。目の前には一本の非常に細い通路があった。一番先は暗闇に飲み込まれていて何も見えない。一歩踏み入り、右側にだだっ広い空間があることに気付く。ふとその闇の塊を覗き込んだ瞬間、腰を抜かして後ずさった。

「何て深さだ」

 勇気を出し、もう一度錆びた手摺に寄って見渡す。この世のものとは思えない巨大な大穴だった。地上でも面積が広い建物だと感じたが、この地下施設はそれを大きく飛び越えて地の果てまで広がっている。目を凝らしていると、突然、ぴかっと小さい火が走った。そちらに目を向けた時、とんでもない爆発の衝撃波が真仁を襲った。体をくの字にして壁に背中を押し付けやり過ごす。波が収まると本能的に人差し指を立てて右手を振り上げ、朱雀の涙の発射姿勢をとる。

「何者だ!」

 暗闇に向かって問う。しかし、相手は警戒しているのか黙っている。

 ――もしや七海ではない?

 冷や汗が額を濡らす。即座に朱雀の涙を上空に向け射出する。適当な高度で指を鳴らすと、パンと乾いた音をたてて炸裂し、闇を引き裂き光を一面にばら撒く。すると、そのちょうど真下に腕で目を庇う白髪の秘書がいた。思わずそれにほっとする。

「七海か!」

「陛下ですか!?」

「そうだ」

「目を潰すおつもりですか!? 私は最早不要ですか!?」

「そんな訳あるか!」

「書類が読めなくなります、これでは」

「すまない。外敵の侵入の筋も考えていたのでな」

「殺傷力のある照明弾とは……さすが朱雀の涙ですね!」

「だろう?」

「誉めていません!!」

「そうか!」

 朱雀の照明弾が次第に薄らいでいく中、続けて叫ぶ。

「今、そっちに行く。そこで待っててくれ!」

 慌てて先ほどのドアに駆け戻り、急いで階段を降りる。

 今度は一番下のドアを開ける。が、当然、目の前は真っ暗だ。両手を前に突き出し辺りを探る。

「七海、どこにいる?」

「陛下。今そちらに参ります」

 いつもの表情が出ないクールなトーンがどこからか聞こえる。耳を澄ましていると、真っ直ぐ迷いなくかつんかつんと足音が近付いて来る。

「そこか?」

 適当に腕を伸ばすと、さらりとした感触がある。それを下へ下へ辿ってゆくと温かい何かが触れた。んー? と唸りながら手を左右にやると、明らかに違う感触を感じるところがある。そこに思いっきりタッチした。やわらかく、適度に重量感がある二つの山が両手を押し返す。もう一度鷲掴みにしてみる。思わず揉みしだきたくなるような感触……。

 そこまで触診してはたと、蚊の鳴くような声がせり上がってくるのに気付く。

「へ、陛下……そ、そこは、いけません。あんっ」

「すすすすまない! 全く見えんでな」

 慌てて降伏でもするかのように諸手を挙げる。と、秘書は、皇女はとさっと大王の胸に寄りかかり力なく喘ぐ。

「その……む、胸は――か……開発、されておりますので、特別っ、弱いのです。んっ」

 しばらくはあはあと苦しげな息遣いで肩を上下させると、ゆっくり体を起こす。

「も、もう、大丈夫か?」

「んっ、はい……」

 真仁は冷静に少し距離をとって、ふうと息をつく。

「で、お前、こんなところで何をやっているのだ?」

 からりと話題を変えて、いきなり核心を突く。七海はそれに徐々に合わせていく。

「はいい……電磁加速銃七式の、か、開発です……せ、性的ですね」

「性的なのか?」

「あん、いえ、違います……へ、変な声があっ」

 ――なるほど。男には賢者タイムがあるが、女にはないと聞くし、そういうことだろう。

 何だか物凄く冷静に分析し、相手を理解する。さすが大王たるもの器量が計り知れない。間違っているが。

「それで、それは一体何か?」

「北条家の一人ひとりが持つ能力に基づく個人の技で、私のものです。このような」

 そう言うと突然息を静めた。将棋を打つ時のような小さなパチッという音がして、一切が無音になる。真仁が困惑したように真っ暗闇の中立ち尽くしていると、火花が目の前で散り、次の瞬間、遥か遠くで閃光が炸裂、何かが粉々に吹き飛んだ。

「何か凄い音がしたが」

「今は数十メートル先の鉄鋼板を粉砕しました」

「きょ、驚異的な破壊力だな」

「初速が超音速ですので」

 はーと思わず気の抜けた返事をしてしまう。

「レールガンと呼ばれますものです。右手の人差し指と中指に装着した二本の鉄のレールを合わせ、その間に出来るくぼみに専用の弾丸をセットします。この段階では、三角の羽が対角線の二つの角に一枚ずつ着いた直方体の黒い箱です。これを前から見たら菱形になるようにレールに合わせて置きます。羽は上下を向きますが、下のものはレールの隙間から飛び出させます。これを目標に向かって真っ直ぐ構え、人差し指から、弾丸、中指へと電流を還流させます。すると、ローレンツ力が働きまして、七式弾が超音速まで加速されて発射されます」

 また火が上がり、一秒と経たぬ内に、他の鉄鋼板を粉々に砕く。

「発射後、弾丸は空気抵抗で装填時のカバーがすぐにはがれ、四枚の細長い羽がついた鋭いロケットのような本当の七式弾が現れます」

「ほう。そろそろ訊きたいんだが、お前、どうやって周囲を認識してるんだ? あと、光点けてもいいか?」

「……弱くお願いします」

「分かってる」

 人差し指の先に柔らかく朱雀の涙をともすと、秘書の制服を着た七海の姿がぼうっと浮かび上がる。説明していた通り、右手の二本の指に全長二〇センチはあろう鉄のレールを装着している。それぞれ二つの黒い革のベルトで指の根元から固定しているようだ。そして、腰にはさっき言っていた黒い一センチ四方の七式弾が詰まったポーチを下げている。

「眩しいですね」

 目を押さえて呻く。

「ランタンくらい持ってくればよいものを」

「いえ、不要なのです、陛下」

「と言うと?」

「北条家の人間は、意図的な落雷など電子操作が出来ます。故に、光がなくても、電子レーダーで周囲の状況が把握できるのです」

 ふむと頷くと、大王の声音が変わる。

「それで、お前は何をしているのだ?」

「申し上げました通り、七式銃の鍛錬です」

「七海よ。戦争をなくそうとしている最中、それは不自然ではないか?」

「ああ。いえ、陛下。違います。これは北条家独特の考え方なのです」

 うん? と説明を促す。

「北条家の者は、それぞれが持つ固有の技を極めるべく修練することで、帝室の、または支配者としての意識を高めるのです。これは戦闘技術の演習ではありません。帝室の精神修行です」

「能力に対してそのような解釈もあるのか。毎度のことながら勉強になるな。しかし七海。言葉には気を付けろよ? お前が『支配者としての意識を高める』などと言ったのを検察庁が聞いたら、任意同行になりかねん」

 やや神経過敏な声に、咄嗟に頭を下げ、申し訳ありません、と詫びる。それを見届けると、何も無かったかのように話し出す。

「ところで、ここが何だか分かっているのか?」

 即答する。

「存じ上げません。ただ使われている様子がありませんでしたので、つい陛下がご不在の際、使用してしまってそれ以来……」

「まあ、そのことは、一応いい。今度からは、事前に確認してくれ。だがここは――もう墓場だからな」

「墓場……ですか?」

「ああ。二度と稼動しない大工廠。海軍所有の地下造船所だ」

 素っ頓狂な声をあげて驚く。

「地下に造船所ですか?!」

「うむ。当初は多摩川直結で画期的だと言っていたのだが、ここまで穴を掘ってから、どうやって進水させる気なんだということになって慌てて中止したらしい」

「……なぜ設計段階で気が付かなかったのですか?」

「山が高過ぎて、意識が朦朧としてたんじゃないか?」

 もはや慣用句的な冗談を口にして肩をすくめる。山岳王国たる伊達派の海軍には、様々な珍エピソードがあり、常に海軍強国たる帝国に笑いのネタを提供している。


 しばしの沈黙の後、赤い灯火を受けながら、七海が真仁の方を見やる。

「もう春瀬殿下にはお伝えになったのですか?」

 大王がうむと首肯する。体ごと、秘書は振り向いた。

「よろしかったのですか?」

 しかし、そんな不安を鼻で笑う。

「愚問だな。春瀬以外に誰がいる。約束を交わすには、黄帝陛下に会えずとも、その側近クラスに接触し交渉しなければならない。それに見合う地位として、王国第二位で一応君主の一角たるあいつが最適だ。そう言ったのはお前だっただろう?」

「そうですね。もっとも私の根回し如何が前提となりますが」

「その点は任せる。さらに、内政の観点からは、保守派のトップと認識されていた春瀬をパンゲア政策の使節団団長に任命することで、同派に激しい動揺をもたらすことが出来る。しかも、抗する時間はほとんどない。三日後には出発してしまうのだからな。まとまる時間はもうない。散発的な反抗ならば恐るるに足りぬ。このまま余の思惑通り、反対派は押し切られて消えていく。トップの政界追放と今回の任命によって」

「その通りですが、陛下、私がお尋ねしたのは、春瀬殿下自身の問題です。お任せしてもよろしいのですか?」

「ああ、なんだそんなことか。春瀬の忠誠は本物だ。大丈夫だよ」

「しかし、殿下の愛国軍事主義的な思想は変わっていないのではないですか? それに沙織姉様への恨みも……」

 真剣な面持ちで首を左右に振る。

「春瀬は本来、自身の信条よりも余への忠誠をとるやつなはずだ。大臣就任という急な環境変化と不器用さがこの一年四ヶ月の迷走を招いていたんだろう。いい加減、十年も同じ屋敷で暮らしていれば分かってくる。――そんなことより、祝いの言葉をまだ言えてなかったか」

 七海の顔を正面から見据える。見詰められ思わず背筋をピンと伸ばす。

「外務庁の省への格上げと、第一代外務省大臣就任、おめでとう」

「あ、ありがとうございます、陛下。むしろ伊達派に籍を持たぬ私を任命いただき、恐縮です。誠心誠意、務めて参ります」

 深く腰を折ってお辞儀をする。

 この発表があったのは昨日の晩のことだ。その少し前、軍部の平定が臨時評議会にて完了した直後に、大王は老練の財務大臣渡広重を執政室へ呼び出していた。

「先ほど、統帥本部臨時評議会で軍部の政策協力姿勢が確認された。そこで、政府においても、新たに対応をする必要がある」

 ははあと熟練の大臣が腰を折る。

「まず、外交活動の活発化を想定し、外務庁を外務省へ格上げする。次に、この外務省大臣には、北条七海を任じ、現外務庁大臣には一旦、新副大臣に退いてもらう」

「現大臣は降格で御座いますか?」

「いや、違う。あー、結果的には違っていないが、そのような意図はない。ただ、庁と省では活動内容に差がある。拡大した本格的な外交には、余の秘書の帝国での人脈が物を言うだろう。さらに、彼女の調整力は目を見張るものがある。交渉では文句なしだろう」

「さようで御座いますな」

「――ただ、今後帝国と交渉することになったとして、七海の身柄がどう扱われるのか、いささか読めない部分がある。万一の場合には彼女を最初の加速のみで任から解き、この間にノウハウを学んだ副大臣を後任の大臣に任命するという選択肢も視野に入れている」

「ははあ」

「加えて、あえて帝国籍の北条家の人間を政府閣僚に迎え入れることで、かつてのような王帝対立時代の終焉と、両国共存という新しいパンゲア時代の幕開けを内外に意識させるという狙いもある」

 大臣は大王の画期的な深慮遠謀に繰り返し相槌をうった。

「そこまでお考えでしたら、大丈夫で御座いましょう。特に異論は御座いません」

「よし。ありがとう。閣下のお墨付きを貰うと安心できる」

 にこりと微笑むと、大臣は赤面し慌てて頭を下げた。この後、平和条約交渉に向けた本格的な体制始動と称して――ただ実際は隠蔽されている軍部暴走の責任を取らされる形で――軍事相や軍と関係が深い資源開発管理相など、また本当の理由は別件ながら春瀬内務相までまとめて旧保守派大臣らの解任が公表されるとともに、政府新人事の一環として、格上げされる外務省の新大臣が発表されたのだった。

 真仁は連隊基地の反乱制圧を契機に、軍部を従わせ、保守派を排斥し、政府を改造して一気に平和条約の交渉開始に向けて突き進み始めている。今日の午後に春瀬を団長とする使節団派遣を発表することで、保守派はさらに弱体化し、ますます急進派の動きが加速するだろう。一年四ヶ月に渡った対立を彼は、十日の朝からおよそ七二時間の内に打ち破り、その先に向かって豪速で突破せんとしているのだ。何しろ軍部や保守派は納得している訳ではなく、ただ黙らせただけなのだ。ここで停滞や隙を見せれば、今度またいつ反旗を翻してくるか分からない。その危険性を察知しているからこその即行なのである。

 その脳裏には、常に十年前に別れた“家族”の姿があった。


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