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第二十二話 作戦会議

 昼下がりに事件発生の報を受けた大王は、日が沈む前頃には首都へ帰還した。想定より早い到着だったために出迎えの大王専用馬車が遅れ、乗るや否や怒声は抑えたもののピリピリした空気になる。

「ど、どちらまで向かわれますか?」

 御者が震える手で手綱を取りながら尋ねる。

「内務省ですか? それとも治安維持隊本部ですか?」

「騎士会本部だ」

「き、騎士会ですか?」

 恐る恐る聞き返す。馬鹿な御者だ。きっと解雇は近いだろう。真仁はむっとして睨みつける。

「二度同じことを言わせる気か?」

「も、申し訳御座いません。陛下」

 頭を下げると慌てて正面を向き鞭を入れる。八頭の馬がいきり立ち、紫色の夕闇の中、赤く塗り上げられた立派な車を引っ張って走り出す。

 騎士会、それは大王近衛騎兵隊とその音楽隊を束ねるために設置された両隊の最高運営機関である。元々この本部は王都にあったものの、陥落して以来、首都の不要となっていた軍の倉庫を再利用してそこに仮本部を置いている。氷野邸の北西側に隣接するように建っている赤レンガ三階建ての建物だ。

 大王の乗った馬車が建物前の半円形の駐車場に停まる。スーツに赤いマントを着た大王が降りて来て急ぎ足で扉を目指すと、門衛がサーベルを顔の正面に掲げて敬礼する。右手を額のところにかざして返礼すると、一対の近衛兵が直ちに両方の戸を開け中へ通す。簡単なシャンデリアが薄暗く灯る質素なフロントから、右側の廊下に入り、一番目のドアを叩く。

「余だ。入るぞ」

 ドアを押し開けて入室する。部屋は小さくて薄暗く、四方の壁にぎっしりと書類で一杯の棚が並び、真ん中の長方形のデスクにキャンドルスタンドが五本列をなして立っている。その暗い灯火の向こうに、黒い肩章と白い飾り縄が特徴的な赤い近衛騎兵の制服を着た若い男が書類仕事をしていた。ここは大王近衛騎兵隊の最高作戦本部だ。男が空気の流れを感じて顔を上げる。そして、その目で大王の姿を捉えると、ほとんど仰天して立ち上がり敬礼した。

「へ、陛下! まだご静養中のはずでは!?」

 返礼するとこたえる。

「まだ聞いていないか。内務大臣――いや、前大臣がやってくれたおかげで、急遽帰還することになった」

「あの報道統制がかかっている反乱関係のお話ですか? 何か状況に変化が?」

「そうだ。南洋島久住市内、第十七連隊の反乱だが、周辺都市への延焼を恐れて鎮圧を焦るあまり、前大臣は時期尚早に最後通牒と突入逮捕を命令した。結果、当然ながら治安維持隊側に多量の死傷者が出た」

「な、なんてことを……」

 鬼を見るような目で話に聞き入る。大王は続ける。

「最悪なことに、むしろそのせいで延焼のリスクが高まった。もし鎮圧の決定的な失敗が近隣の隊に伝われば、周囲の造反分子を無駄に励ますことになりかねん。そこで、早急に火元を消したい」

 男は合点がいったようで首を縦に振る。

「近衛騎兵隊を突入させて鎮火する、ということですね」

「そうだ。そういうことだ」

 察しの良い人物で嬉しそうに頷く。

「騎士長を交えて早速作戦会議をしてもらいたいのだが……」

 言いかけると、若い総参謀は気まずそうな顔になる。

「氷野華穂騎士長ですが、勤伯爵殿下の体調が思わしくないとの報を受け午前に汽車で出立してしまいました。直後に看護に来るほどではないとの続報が届いたのですが、入れ違いになってしまいまして――」

「むむ。だがあれだな。こういう言い方は何だが、その方が都合がいい」

「とおっしゃいますと?」

「雲石市と反乱の起こっている久住市は部隊の往来が可能な距離だろう?」

「ああ、なるほど。そういうことですか」

 大王近衛騎兵隊は全国の主要都市に分隊を配置しており、主に大王が訪問した際に護衛の任に当たる。例えば、先日のように富士ノ森市を訪れれば、市内の身辺警護は同市の分隊が行うという制度だ。富士ノ森市の分隊は暗殺未遂を許してしまったが、教練兵相手にあれは普通のことではない。特にある特定の分隊に関して言えばあのようなミスは考えられないと言えよう。

 それは、まず普段大王が住まう街――今で言えば首都を拠点とする第一分隊。市内のみならず全国津々浦々出張する際の道中警護も彼らの役目だ。次に、訪問することが比較的多い、首都がある中央地方を除いた七つの地方の各拠点、地方伯の領地に本部を置く第二から第八の伯爵領分隊である。

 雲石市は、現在西部地方伯氷野勤が居を構える四百年来の伯爵領だ。ここに駐屯する第八分隊は、華の伯爵領分隊である。少なくとも西部地方における最精鋭集団だ。そこに今、王国トップの第一分隊の分隊長にして全国近衛騎兵隊の頂点に輝く騎士長が偶然居合わせている。

 真仁はこの奇跡的な組み合わせの最強部隊を差し向けることで、反徒どもの抵抗の意志を喪失させ、出来れば流血なしに降伏開城へ導こうと考えたのだ。

「そうすると、いかにして城内へ突入するかが問題になりますね」

 総参謀の言葉にきょとんとする。

「治安維持隊が開けた穴があるだろう」

 しかし、首を横に振る。

「あの固い城門を突き破ったそうですが、二度も同じ手は通用しません。反乱軍は門の前の警備を強めているでしょうから。ある程度の損害を覚悟の上なら、できなくはありませんが……」

「もっての他だ。余に最大の忠義を尽くす者たちに死で報いるなど有り得ない。しかも、一人の騎兵を育成するのには莫大な金と時間がかかる。少なくとも死者はゼロに抑えたいところだ」

 参謀が頷き考え込む。大王もしばらく思案すると、ふと口を開く。

「鉄道はどうなっている? 何の報告もなかったのだが」

 意外そうな顔で見返し、こたえる。

「久住駅は反徒に制圧されています。その先の街には、別の線を使って行けるので、物流が停止しているところはないようですが」

「どのように制圧しているんだ?」

「実際に運転して現場に遭遇した機関士の報告によりますと、駅の手前三百メートル地点に哨戒の兵が数名おり、進行方向片側一車線の線路をふさぐように木製のバリケードが置かれていた、とのことです」

「反対方向には置いていなかったのか」

「通りませんからね。むしろ通れば大事故になります。作戦での使用も難しいでしょう。隠密にしている以上、交通規制は避けるべきですし、付近の反乱分子に悟られる危険もありますので」

「それでは最大速力でバリケードに突撃するのでは?」

 あまりに大胆な発想に一瞬言葉を失うが、すぐに冷静に否定する。

「汽車が大破することはないでしょうが、衝突時の衝撃で脱輪する恐れがあります」

「それは危険だな」

「やはり現実的にやるには、人海戦術しかないのではないでしょうか。一部の兵で哨戒の反乱兵を押さえてバリケードを取り除き、本隊が汽車で潜入、というように」

「それでは被害は必至だろう。先ほども言った通りだ。しかも、それでは交戦中に増援を呼ばれかねない。そうなれば、こちら側への被害拡大に加え、鎮圧までに時間を要し、結局、延焼を防ぎきれないやもしれぬ。――体当たりではなく、すくい上げるように反対線路にどかすのなら?」

「汽車でですか?」

「そうだ」

「しかし、どうやるのです?」

「汽車の前に嘴形の雪避けのようなものを取り付けるんだ。山の頂点を左側に寄せておけば、バリケードをすくい上げて右へ跳ね除けられよう。工廠局に連絡すれば、翌朝には完成しているはずだ」

「なるほど。それは良いかもしれません」

 総参謀が数度首を縦に振ってからひねる。

「ですが、まだ一点不安が……。制動距離は十分でしょうか?」

「ああ。そうか……」

 制動距離とは汽車がブレーキをかけた瞬間から完全に停止するまでに動く距離のことだ。普段なら駅の手前で徐行するから問題なく停車できるが、今回はその辺りまでフルスピードで走らなければ第一の関門を突破できない。ところが、それでホームを超過してしまうと機動力が強みの騎兵の展開が遅れ、やはり援軍を呼ばれて犠牲者を増やすことになりかねない。

 総参謀は頭を抱える。彼は騎兵戦術の専門家だ。騎馬隊の突撃ならまだしも、機関車の突撃の策を練れと言われても無理がある……。かと言って、真仁も機関車を突入させるなど今の今まで夢にも思っていなかった。

 うんうん唸って、二人でない頭を枯らしていると――ドアがかすかに震えるようにノックされた。

「陛下……いらっしゃるのですか?」

「うん? 七海か?」

「陛下!」

 ばんと戸を開け放ち、秘書のワンピースの制服に身を包んだ白髪の少女が駆け込んでくる。

「陛下! お帰りになっていたのですね! この建物の前に専用の赤馬車があったものですから、何も伺っていないのに不思議だと思いまして。中に入れて頂いたらこの部屋から声が聞こえて――」

「おいおい。ここの警備はどうなっているのだ」

 ため息をつくと、総参謀が不思議そうに首を傾ぐ。

「陛下の秘書ですから、当然ではないですか?」

「ああ、こっちでも顔は知れてるのか。ならいい」

「陛下。なぜ突然お帰りに?」

 半ば興奮した様子で尋ねるが、とてもそれに合わせる余裕は今の彼にはない。

「悪いがそれはまた後でだ。今は緊急事態でな」

 そう言って総参謀の方を向き直りかけるが、ピタリと止まる。

「待てよ? 七海。お前、北条派で軍事的なことは学んだのか?」

「力なき者に力なしです、陛下。もちろん学ばされました」

「陛下。失礼ながら、これは軍事知識でどうなることでは……」

 微妙な顔をする総参謀をなだめる。

「まあまあ。軍事云々を置いても、新しい風は新しい林檎を落とすかもしれないだろ?」

 真仁は七海に質問への回答にもなる状況と作戦案を手短に説明し、意見を求めた。すると、目をぱちくりさせて即答する。

「能力を使いましょう。減速の能力などはありませんか?」

「そのような者はおそらくいないでしょう。聞いたことがありません」

「少なくとも近衛騎兵隊にはいなさそうだな」

「それでは物体の運動を操る能力は?」

「いそうですね……」

「だが、はっきりとは分からん。ありそうという感覚は確かにあるが、それだけでは……。しかも、急激な減速や運動の停止は、脱線に繋がりかねない」

 う~んと唸ってまた口を開く。


「エアバック、もとい、衝撃を緩和吸収するようなものですが、こういったものを出せるとか――」


「いた」

 真仁が閃く。総参謀がはっと顔を上げる。

「いたぞ。一人。余はとことん運がいい」

「刺されたのに運が良い、ですか……?」

「ひ、秘書殿!?」

「良いではないか、総参謀。そこから生還したのは、運がいい証拠だ。もっとも運というのは棚からぼた餅な訳で純粋には喜べないが……落ちてきたのなら有り難くいただこう。総参謀! 作戦をまとめるぞ。命令書の作成だ!」


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