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第二十一話 動き出す大王

 同日午後三時頃、静かな諏訪離宮をどたどた走る音が響く。ベッドに横たわった大王が眉を寄せつつ枕の下に隠したウィスキーの小瓶に手を伸ばす。と、その足音は部屋の目の前で止まり、勢いよくドアが開け放たれた。慌てて取り出しかけた瓶を戻し、不機嫌そうに睨む。

「何事か! 騒々しい」

「陛下! 今隠したの分かったケド、大変!」

 白衣の主治医が飛び込んでくる。あ~見られたかこれは怒られると顔を歪めて、続きの言葉を待つ。リョーシェンカは金髪を振り乱しながらベッドの左脇に立つと報告する。

「反乱が続いてた久住城塞市の第十七連隊基地。突入逮捕を試みたんだけど、まだまだ軍の方が強くて返り討ちにあって、大量の死傷者が出たって。治安維持隊側ニ!」

 空気が凍り付く。

「は?」

 そして重く地に響く声。

 震え上がるリョーシェンカに問う。

「誰から連絡があった?」

「は、春瀬大臣殿下」

「その命令は誰が下したのだ? 治安維持隊本部長か?」

「だ、大臣殿下……」

「――ほう。わざわざ最低最悪と言ったことをやる辺り、本物だな。本物の……ゴミクズだな」

 掛け布団がついにぼっと燃え出す。主治医は慌てて戸を開け近衛兵に消火を求める。怒り狂った真仁は叫ぶ。

「あの糞ボケが! 死ね! お前が死ねと言うのだ!! そのタイミングで命ずればそうなるのは明らかだろっ! あいつは子を殺したいのかいてて傷跡が痛い!」

「モウ! 騒ぐから!」

「騒がせる奴が悪い! あいつなりの謀反か!? いててて」

「水です。陛下失礼します」

 近衛兵が三人突入して来て、次々バケツの水を真正面から盛大にぶっかける。すると火は何とか収まり、びしょ濡れの大王ともう使い物にならないベッドが残された。

 よじよじと真仁が自力で脱出すると主治医が大きなバスタオルを持って駆け寄る。

「陛下! 今度は風邪引いちゃウ!」

「今触ったら火傷するぞ?」

 ハードボイルドではない。本当の話だ。大人しくリョーシェンカはぴたりと足を止め、余熱で水分を飛ばし切るのを待つ。

「よし」

「ワイルドだネ」

「そうか?」

 一度ふっ切れて、回りまわってさっぱりした表情で言うと眉間を押さえる。

「それより最近短気になってしまって良くない。平常心をもっと高く持たねば」

 ウン、その方がいいネ、と大粒の汗を垂らしたまま胸の内で同意する。このままでは幾つの文化財が焼失するか分かったものではない。

 真仁はしばらくそのまま思案すると、ぱっと手を離し廊下から中の様子をうかがっていた近衛兵を呼び寄せて伝える。

「氷野春瀬は現在時刻をもって内務省大臣から解任する。新大臣職は余が兼任する。おかげであの省は今がたがただからな。余自ら鞭を入れる。以上のことを首都へ通達。あと、ただちに余の馬と汽車の手配を頼む。首都へ帰還する」

「ダメだヨ! まだ傷の状態に不安ガ……」

 しかし主治医の制止を振り切る。

「リョーシェンカは僕の荷物をまとめるのを手伝ってくれ」

 だが医者としていつになく強く繰り返す。

「聞いて、陛下。まだダメ! 患部治りきってないカラ!」

「聞いてるさ。聞いて、吟味した上で、なお国家の傷の方が深いと判断したのだ。そして、この傷は余が治す他ない」

「それでも陛下は体が弱いんだシッ」

「いいか、リョーシェンカ。胸に刻め。君主の体の問題など、国家の一大事に比べれば山中の砂一粒に等しい。砂の粒子の異常に気を取られて土砂崩れを許しては、愚の極みと言う他ない。そうだろう?」

 有無を言わせぬ語調に、ついに主治医が両手を上げる。

「分かった。ケド、あとで状態観察するからネ」

「ありがとう。よろしく頼む」

 そう言うと、二人で早速荷物の準備に取り掛かった。


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