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第十話 この液体な~んだ*

 ――国歌の歌詞カードなんか、どこかに売ってないでしょうか。

 ようやっと解放された七海は、朱雀大路いっぱいに出された出店をふらふらと覗いてまわる。この大路は、東向きの唯一の市門から、議会、裁判所を横手に見つつ統治府正面まで続く首都氷野市のメインストリートだ。それだけに出店数も非常に多い。

 中には、皇女としてはかなり嬉しくない出店もあった。

「桑の木のお店ですか。養蚕ですか?」

 思わずそんなことを聞いてしまうが、桑の原木や苗などどこにも売っておらず、桑の木で作られた盾や、剣の置物、大王の軍権の象徴たる朱雀をかたどった小物などが中心だ。

「こいつはあれですよ、雷避けです」

「雷?」

「そうです。雷が鳴ってるとき、桑原桑原って唱えると、自分にゃ当たらないって言うじゃないですか」

「……そうかもしれませんね」

「でしょ? でもってですよ、我々の不倶戴天の敵、北条家の能力ってもちろんご存知でしょ?」

「それはまあ当然……」

 ――本人ですし。

(いかずち)の能力ですね」

「そう! だから、雷避けに効果のある桑の木で作ったお守りです! これを持っておけば、一家に帝国との戦争の不幸は、ふりかかりませんよって訳です! 十年前に王都が落ちて国境が首都に近付いちゃいましたからね、ここでも存外売れてるんですよ」

「なるほど、そうですか……」

 全否定されて若干イラッとくるが、ここは一つと質問してみる。

「パンゲア政策とどちらの方が効果があるでしょう?」

 店の男は一瞬驚いた顔をしてから大笑いする。

「いい勝負じゃないかなあ」

 思わず七海もつられて、ふふふと上品に笑いを零す。男は頭をかいて最後に言った。

「うちとしては、平和になって欲しいけどね。平和になったら、そん時は商品変えなきゃなあ」

「そうですね」

 最後微笑みかけると、七海は店先を離れる。

 ……ところで、桑のお守り、むしろ皇女が吸い寄せられていたようなのだが、本当に効果あるのだろうか?

 その後、園芸品の出店を発見し、店番の少女と延々庭の話をしていたら、いつの間にか昼時となっていた。






 ――さすがに少し疲れましたね……。

 “造園姫”は、姫と言えど体力はある方だ。場合によっては日長一日つなぎを着て庭弄りをしていることもあったほどなのだから当然だ。しかし、王国一のお祭りの人の量たるや凄まじい。あとしゃべり過ぎて喉が乾いた。

 どこで昼食をとろうかと思案しつつ、道沿いの店の壁に手を突いてもたれかかる。その瞬間、壁と思ったものが後ろ向きに動く。

「!?!?」

 背中からどたんと倒れこむ。突然のことに声も出ない。代わりに、ちりんちりんと可愛らしいベルの音がはるか頭上で鳴った。

「いらっしゃいませって、大丈夫ですか!?」

 そっと背中に手を当てられ起こされる。

「大丈夫です。ご迷惑おかけしました」

 立ち上がると、頭を下げる。

「ううん。全然いいんですよ。それよりも、気を付けて下さいね」

 目を上げると、黒のスタイリッシュなエプロンに身を包んだ女性が苦笑いしている。

「そこはお店の壁じゃなくて、ドアですから」

 そう言うと堪えられなくなって、ふふっと噴き出す。自分の背後を振り返って確認してみると、そこには焦げ茶色の木のドアがあった。戸の上で銀色の鈴が輝いている。視線をそこから落として、小さめの窓を見つけた。その向こうにさっきまで自分がいた景色があることも――。

 どうやら本当に壁と思っていたものは、ドアだったらしい。

 赤面して頬をかくと、店内を見渡す。

 窓のブラインドが下ろされ照明も抑えられた店内は、薄暗くしっとりしている。ほのかに甘いよい香りもする。少し奥に入ってみるが、どこまでも木棚が並んでおり、それらの中はどこも瓶で一杯だ。近くの棚に歩み寄って、何の瓶なのか確かめてみる。大きい透明のガラス瓶を覗くと、美しい琥珀の液体がぬらりと光った。見惚れつつも、眉を寄せて瓶に貼られたラベルを凝視する。クリーム色で円いそれには、天を駆ける青龍が描かれ、その下に会社名が印字されている。

「セイリュウ製酒……」

 どうやら瓶の中身はお酒らしい、そう察すると同時に、七海は社名とラベルに既視感を覚える。

 企業である以上、政府の管轄下にあるのは間違いない。経済企業省の報告書で見たのだろうか? それとも、財務省だろうか? 人類が古代より飲み続けているアルコール飲料には、確実に一定額の収入を望めるが故に、消費税に加えて酒税が上乗せされている。税務報告書で名前を見ていてもおかしくはない。だが、そのような書類に、ラベルまで記載されていることは基本的にない。

 こちらを睨んでくる青龍を棒立ちでじっと見つめて考える。秘書の仕事ではない。だとすると……。


 ――陛下ですね。


 眉間の皺をほぐす。

 実は真仁は結構な酒好きなのだ。このことは少なからず彼の治世に影響を与えている。酒嫌いだった祖父・父とは対照的なセイリュウ製酒への助成金増額策だ。明らかに私情が入っているが、この策は臣民の支持を獲得するのに大きな効力があった。飲めと言う奴は罰せられ、飲むなと言う奴は疎まれるが、飲んでも良いと言う人物は往々にして好かれる。また、同時に――


「お嬢さん? 年は幾つだね?」


 未成年飲酒、飲んだ直後の運転など不適切飲酒に関しては、史上トップクラスと囁かれるほど徹底的に取り締まっている。酒飲みは許す。だが、悪飲みと酔いどれは許さない。酒を真に好むからこそ、そこのところは厳格だ。

「十六歳です」

「ふむ。良かろう」

 ちなみに、伊達派では成人年齢は十五歳と定められている。この年になると、戦場に行くことが出来るようになるためだ。若く思える成人の背景には、戦争国家の切迫した兵の需要があるのだ。

 お腹がぽっこり膨れた禿頭のかわいいおじさん店員は、七海が見ていた瓶に目を細める。

「なかなかお目が高いねえ。それに注目するとは」

 ひょいと持ち上げて、天井から吊り下がるロウソクの下、裏側のラベルを読み上げる。

「十二年物のシングルモルト・ウィスキー。スコットランドのブレアンアーソル産。小さな醸造所でね、品数が限られてる高級品だ。一般で取り扱ってる店舗は、全国でもここだけだ」

「はあ」

 実はお酒にあまり興味がない七海はぽかんとする。店員はその様子に気付かず語り続ける。

「本当に希少すぎて、降りてくるおこぼれ品はほぼ皆無だから、今日これに出会えたのは相当運がいいぞ。だいたいいつもなら、やっと三本輸入すれば、三本とも大王陛下の胃袋におさまるからな。まあ、陛下に喜んでいただけて、本当に光栄なことだがね」

 やはり仕事後に飲んでいるアレでしたか。たまにお酌をしますし、その時に見たのですね。七海はデジャビュについてそう納得する。

「どれ。これも何かの縁だ。テイスティング用が残ってるから、試してみようじゃないか」

 七海がその言葉を聞ききるよりも先に、瓶を棚に戻し、手を一回叩いて両手に琥珀色の液体が少し入ったウィスキーグラスを二つ呼び出す。一つを七海に持たせ、自分のものを軽く掲げる。

「それでは、乾杯。うーん、いい香りだ」

 グラスに鼻を突っ込んで、すっかり美酒を堪能し始めている。

 ――これは自分が飲みたいだけなのでしょうね。貴重だから仕方がないのかもしれませんが。

 両手でグラスを支えながら、眉根を下げる。

 ――お酒ですか。飲んだことないのですけれど、大丈夫でしょうか……。

 心配そうに揺れる液体を見つめる。

 ――ま、この量ですから、問題ないですよね。何事も経験です。

 そう軽く考え、えいっと仰ぐ。


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