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第一話 新世紀の創造*

 極東の列島、日本。

 周囲を海に囲まれたこの島々には、古来より独特な文化が根付いてきた。


 いや違う。


 もう支配する種が、普通ではなかった。

 青々とした森に閃光が走る。直後、猛烈な爆風で木々が薙ぎ倒された。

「敵の哨戒部隊だっ!」

 まるで英国軍のような真っ赤な軍服に身を包んだ兵士たちが散開して、木に姿を隠す。

 震える新兵がマスケットを握り締めながら、先輩に問う。

「今のは擲弾でしょうか……」

「そんな古ぼけたものは、さすがの帝国でも使わんだろう」

「じゃあ一体……?」

「能力に決まってるさ」

「あ、あんな威力なんですか!?」

 再び光が燃え上がり、木々がちぎれ飛ぶ。

「帝国の能力者はうちらより強いぞ。何しろ自然の禁を犯し、近親相姦して能力の純度、つまりは強さを保ってるんだからな。そんな兄弟姉妹で平気でヤリ合うような変態どもには、消えてもらわなきゃなあっ!」

 一転、赤い軍服の将兵が飛び出て突撃を仕掛ける。列島を分断する国境地帯に、今日もマスケットの硝煙が漂い、華々しい特殊能力の攻撃が人肉を飛び散らせる。




 日本列島は、数千年以上前から一般人類、すなわち、ホモ・サピエンスの土地でなくなっていた。

 ホモ・オリビリス――恐ろしいヒトと学名がつけられた、ホモ・サピエンスの類縁種が渡来して、一般人類を絶滅に追いやったのだ。彼らがどこからやって来たのか、進化論上の議論は絶えないが、はっきりしていることが二つある。

 一つは、とりあえずヒト種ではあること。

 もう一つは、ホモ・サピエンスにはない超常的な力を持つということだ。


 そんな特殊能力者ホモ・オリビリスが支配する島、日本は、二つの勢力に分かれて覇権争いが繰り広げられてきた。そしてその争いは、もはや二千年近くに達し、未だに終着の様相なく日々国境線には死体の壁が築き上げられ続けている。


 死者に涙し、遺されて途方に暮れる家族は後を絶たない。誰もこんな戦争で幸福になりやしない。しかし、互いに潰しあうことがいつしか常識と化し、泣くなく若者たちが今日も前線へと送られていくのだ。



 なぜ潰しあわねばならない――?

 共存を一度でも模索したことがあったか。

 誰か試したのか。

 不可能なのか? 本当に共生できないと?




 ――僕はできたぞ!






「第一五四代大父大王真仁陛下、ご入来!」

 首都の広場に喝采が響き渡る。真冬の北風も、集まった群集の熱気には勝てないのか、元気を失う。統治府の三階、突き出したテラスに若き大王が姿を表す。漆黒の髪が熱気に舞い上がり、黒い瞳が臣民を見つめる。

『大王陛下、万歳!』

 万歳斉唱を受け、さっと左手を挙げて振る。体を覆っていた赤いマントがひらめき、質素な黒いスーツが露出する。群集は手を振る大王にますます喝采を送る。

 しばらくそれに笑顔でこたえていた王が、不意に手を下ろす。民衆は若き王の声を、今か今かと息を潜めて待ちわびる。

「まず報告したい。本日をもって余は……無事成人を迎えられた。これも一重に、皆の支えがあったからこそである。率直に、そのことに礼を述べたい。ありがとう」

 国王からの言葉にまた民衆は熱狂的な歓声をあげる。

「また、今日まで摂政として余を支えてきてくれた氷野勤伯にも、謝意を表する。――そしてここで、余は宣言する。今月今日より、伊達大王国の行政、立法、司法、軍事の最高主権、すなわち、大父(たいふ)大王(だいおう)としての全ての権利と責任を、余本人の下に置く」

 群集が万歳を叫ぶ。若き王の親政の宣言に。

「余がこの統治府の主となり、全軍の総帥となるにあたり、一つ明確な方針を示しておく。余は、いかなる状況においても、常に臣民の幸福を第一に決断し、行動する。余の法的、かつ軍事的な力は、全て臣民の幸福を保障するためにあることを、あらためて宣言しておく。その上で、余は最大の病魔を打倒するつもりだ。皆に不幸を強制する、最大の病魔を……。その病魔とは、無為な戦争である!」

 群集は固唾を呑んで大王のスピーチに聴き入る。

「ここに立つ前、控えの間で報告を受けた。信濃の川の中流域で、両国の哨戒部隊が鉢合わせ、遭遇戦が勃発。互いに一個大隊からなる援軍がかけつけ、小規模な武力衝突に発展。相互に一定の被害が生じたため、両軍退却して戦闘終了。これがつい数時間前のことだ。昨夜、床に入ろうとしていた時にも報告が来た。王国領内たる釧路の湿原で演習中だった我が国第十五軍団が、突如敵の奇襲を受け、これに反撃。帝国側が新たに一個半師団を繰り出してきたため、撤退。昨日の夕食前もだ。霞ヶ浦付近の敵の前哨基地に威力偵察に出ていた軽騎兵隊が、帝国側の哨戒部隊に捕捉され攻撃を受ける。双方、戦列歩兵二個大隊を現地に送り込み、小競り合いに。双方、一定の犠牲を出して退却。おそらくは今こうして余が話している間にも、国境線のどこかで悲鳴が上がっていることだろう。――考えてもみたまえ! 今言ったような武力衝突で、一体誰が幸せになった!?」

 吠えるように叫ぶ。

「血が流れ、土地は荒らされ、遺された者は涙ばかりだ! 日々、臣民が不幸になった報告を受ける余の心は、もうずたずただ! こんなことをして誰が幸福になる!? 誰が得をする!?」

 心臓に手を当て、肩で息をする。

「余は、いかなる時も、臣民の幸福のためにありたい。だからこそ、あえて断言する。我が真仁朝において、数千年前からの武力衝突はことごとく終結させると!! 硝煙の煙を払ったその先に、ホモ・オリビリスの平和を樹立するのだ! 武力闘争の終結――つまり帝国との平和条約締結こそが余の提唱する、幸福の大陸パンゲアの創造政策なのだ!」

 臣民は歓呼した。若き大王の決意に。若き王の自分たちへの愛に。


 真仁大王が手を振ってそれにこたえる最中、首都の南方十キロほどの国境線地帯において、にわかに緊張が高まる事態が発生していた。






 群集の歓声を受けながら大王は長時間の演説を終え室内へ戻る。臣下たちの温かい拍手で出迎えられた。

「陛下、お疲れ様でございました」

 初老の男性が近付いてきて腰を折る。真仁は立ち止まり、優しい表情で見つめ返す。

「ありがとう。勤爺も、今までご苦労であった」

 昨日までの摂政が、ははあっと今一度深く礼をする。

「次は?」

 年老いた秘書に尋ねる。

「はい、陛下。予定ではこのまま演習場の方に向かわれまして、軍の観閲式でございます」

 ああ、と息を漏らす。

「さっきあんな演説をした後で……少し間違えたかなあ」

 スーツ姿の文官たちは軽やかに笑い、それに混じる赤い軍服の軍官数名は互いに顔を見合わせる。その眉間には皺が刻まれていた。

「いやなに、軍だって臣民の幸福に資する道に特化すればいいんだ。いや、させる、と言うべきか」

 そうですな、と摂政が首肯する。

「さて、では早速行こうか。……おいどうした」

 着いてこない秘書を不審に思い振り返る。と、陸軍の伝令兵から封書を手渡されていた。二言三言報告を受けると、秘書は慌てて大王にかけ寄る。

「陛下。直ちにご確認ください、とのことです」

 受け取り、封筒の差出名を見る。

「第六国境警備連隊……?」

 国境警備隊からの戦闘の報告は日々受けているが、このようにしっかりとした封書で来たのは前例がない。固唾を呑んで封をやぶる。

 黙って若干崩れた文字に目を走らせる。すると、見るみる内に視線が険しくなっていく。

「これは……」

「何か、緊急の要件でしたか?」

 秘書が固い声で尋ねる。

「緊急……いや、緊急とは言い切れないかもしれないが、早く対応した方がいいのは確実かもしれん」

「ではこの後のご予定は……?」

 真仁は眉根を寄せる。

「観閲式をやらないわけにはいくまい――そうだ」

 奥の方に見える軍官に呼びかける。

「時間の短縮をたのめるか」

「具体的にどれ位がよろしいでしょうか、陛下」

「可能な限りだ」

 軍官たちが額を寄せ合う。少し言葉を交わすとめいめいうなずいた。

「終了を予定より四十五分前倒しにします」

「ありがとう」

 目を見て礼を述べると、あらためて文面を見やる。それから難しい顔をしてため息をつくと、胸ポケットへとそれをしまい込んだ。

「向かおうか」

 大王に促され、廷臣たちもぞろぞろと移動を始めた。



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