4.ソリット・スクア
「改めて。あたしは要!カナでいいよ!」
アカリは隣に腰かけて、炭酸ミルクを両手で抱えるカナからの自己紹介に頭を下げた。カナはそれから正面に座るコウを見る。
「で、彼がコーくんね。」
「よろしくお願いしますねアカリさん。それにしてもお美しいで「うるせぇ黙れ」」
遮って言うのはルカだ。コウの隣に座っていたルカは片手でコーヒーの入ったカップを持ったまま、一滴も垂らすことなく凄まじい肘うちを食らわせた。コウは肘がぶつかった、ぶつけられた部分を悶絶しておさえている。
「で、リーダーのルーちゃんね。あと、きぃくん!」
さらっとそんな2人を流して、カナはパチンと両手を合わせた。きぃくん。さっきも出てきた名前だ。
「今日はいないみたいだけどね!」
「え、いないんですか!!」
「うん!なんか今日は用事があるらしくって。いつもはあそこで熟睡してるよ」
と、指を指すのは一際大きいソファーだ。クッションと毛布が乗っている以外荷物などはない。
「きぃ先輩はいつも寝てるですから…」
復活したらしいコウがオレンジジュースを片手に笑みを浮かべる。浮かべるが、どうも辛そうだ。まだ痛いらしい。
「さて、そろそろ本題に入るぞ」
ルカの声にハッとアカリは彼を見る。確かに、まだ本題に入っていない。
ルカは笑みを浮かべもせずに無気力気に言う。
「俺達は皆、異常者だ。能力や体質を持つ、異常者。」
異常者。
やっぱりか、とアカリは口には出さずに思う。あの資料室のような部屋もそうだけれど、彼らには皆、統一したような物を持っている。白い、プラチナの飾り。
ルカは右手首に。
カナは指輪で。
コウはピアスを。
それぞれが、光り輝いている。
「あたしたちは、この飾りで能力をセーブしてるんだよ」
と、カナは言いながら優しく指輪をなぞった。セーブ。制御しているということだろう。
「っていっても、普段日常的に抑えこめれないものだって多い。たとえばルカ先輩の【影の薄さ】とかはそうですね。」
コウが隣に座るルカをちらりと見て言う。ルカは無反応に続けた。
というか、どうも眼中にもないらしい。扱いが雑だ。まぁ、コウ本人も反応を求めていたわけではないらしいのでお相子だろう。
「…俺たちは、このメンバーを≪ソリット・スクア≫と呼んでいる。」
—ソリット・スクア。
「ルーちゃんがリーダーなんだよ。あたしたちはね、異常者達の解放の方法を探しているの」
「かい、ほう…?」
「あはは、まぁ、そんな盛大なものじゃぁないんだけどね!」
最後はおちゃらけたように括るカナ。異常者達の解放。
だから、あの多々の資料、ということだろうか。
「異常者達は、良くも悪くも人目に付きやすい。まさに【異常】だ。俺たちは、それが我慢できない―というよりも、理解しがたい。なぜ、という疑問のほうがつえぇんだよ。」
少し他人と違った能力を持っているがゆえに軽蔑されるだけ。その理由を知らされることもなく、迫害される。そんな生き方は、うんざりで、仕方なかった。歪んだ世界に生かされているような感覚。
ルカは、知っている。
「異常者が、どうして平凡に生きちゃぁいけない…?異常者が、どうして迫害なんてされないといけないんだ?」
とある少女は、【嘘】の中に生きてきた。その寒さに、一人、誰も信じれなかった。
とある少年は、【運の流れ】によって生き方を決定された。誰も、助けてはくれなかった。
とある青年は、【言霊】によって支配された。もう、何も見たくないと、周りから決別して。
ルカは、知っている。この世界は、日常は、俺たちに優しくない。誰も【見つけてくれない】のは、怖くて仕方ないから。
「俺たちはまだ子供だから、抗う術を知らねェ…。受け入れるしか、できない。でも、それでも、只受け入れるだけは嫌なんだよ」
だから、資料を集めた。異常という存在がどこから来たのか、どんな能力があるのか、どんな地域で産まれてきたのか。統一のないそれは、あまりにも膨大の量で、どれが本当かさえもあやふやで。それでも、やめはしない。ルカは、自分の決めたことを曲げたりしない。
異常な人間は、他にもいるんだろう。自分たちはそれが表に出すぎていて、今、この鳥籠の中に詰め込まれている状況なのだ。
「———だから、てめぇが見たのは、あまり許せるような範囲じゃねぇんだよ。」
「…ッ」
「…あー、そういうことだったんですね…。」
コウは納得したようにお菓子を開ける。塩味のポテチを一つつまんで口に運んだ。
「どうするの、ルーちゃん。」
「…新入生。≪ソリット・スクア≫には、今はいねぇ。でも、いつか帰ってくる、―――異常者がいる。そいつは記憶操作ができるんだ。それまで、俺たちと行動してもらう」
「ええええアカリちゃん巻き込むの?!!」
ぎょっとしたようなカナに、アカリも息を呑む。
だって、今の、そんな――ルカの想いを知ってしまった。そんな自分が、異常者たちの気持ちがわからない自分なんかが、彼らと行動を共にするなんて。
「巻き込む。」
「どうして?!彼女、何にも関係ないじゃないですか!!!」
コウもまた、食いつくように目を見張った。やはり、というべきか。
かなりの――綱渡りをしているのか。それもそうだろう。さすがに監視というものはないんだろうけれど、何か起きた時に疑われるのは異常者である彼らだ。もし、その情報集めなんかがばれたあかつきにはどうなるかさえわからない。
…それだけ、彼らが必死なのも、よく、伝わってくる。伝わってくるからこそ、アカリには彼らのチームにいるわけには、≪ソリット・スクア≫にいるわけにはいかない。
「…だめ、ですよ、ルカ先輩」
「てめぇには拒否権はねぇな。」
「私なんかが、入っちゃだめですよ…!!」
それに、私は。
―私、は。
「私は、いつだって問題を起こしてしまう…!」
何かをしようとすれば、何かをだめにしてしまう。ドジ、なんていうレベルじゃすまないぐらいの、大事だって引き起こしてしまう。
―――×××。
いつだって、アカリはそうだった。アカリは、だから、ここにはいれないのだ。
ここは…≪ソリット・スクア≫は暖かいのだろう。それはよくわかる。もう、よくわかっている。でも、彼らの邪魔なんてすることはできないのだ。
ルカが、――じっとアカリを見つめていたルカが、一つのため息を零した。