2.ソリット・スクア
中は薄暗い。けれど意外なことに、埃っぽいわけでもなく目を瞠る。思った以上に室内は綺麗だった。誰か、人の手が加えられていることがよくわかる。
「…なんだろ、ここ」
中心にテーブル、否、机があって、その上に散りばめられた資料の数々。本棚にはぎっしりとファイルが詰まっているようだ。やはりここは資料室…に近いのだろうか。アカリは部屋に一歩、踏み入れる。
「……何?」
資料を一枚、手に取った。
その内容をじっくりと、読み漁っていく。その中で、「え、」とアカリは唇から小さく零した。
「…異常者?ここには…飛翔高校には、異常者がいるの…?」
別にそれ自体はおかしいことではないし…そう、それは別にいいのだ。
只。
視線はその内容に釘付けだった。異常者、日本に何人の、異常者の能力、由来――……細かくそこには記されてあった。殆どの人間は異常者に興味なんてなくて、むしろ恐れている節もなくはなくて、だからこそ、ここまで詳しく綴ってあるのは珍しいところじゃない。もしかして、この本棚すべて―――…?
「…何で、こんなに……」
―カタン。
と。
扉が、音をたてた。
(―――!!!)
誰かが、入ってきた――?!!
アカリは、思わず金縛りにあったかのようにその場から動けなくなってしまった。漸く体が動いたとき、声が響く。
「―――誰か、いるのか」
逃げないと。
幸い、ここは物の影に隠れておけそうな場所が多い。そのソファの隅。考えるより先に、体が動く。どうしてだろう、直感で、その声に見つかってはいけないと思った。
隠れて、ぎゅっと目を瞑る。心臓がうるさい。何度も何度も胸を打つ。ドクドク、ドクドク、外に聞こえそうで、聞こえてしまったらどうしようかと、アカリは唇をきつくかみしめた。
――…あ、れ?
(…足音、とか、気配、しない…?)
誰かが入ってきたはずだ。声が聞こえたんだから。でも、それにしたって、静か過ぎる―………
「おい、てめぇ」
「――ひぃ!!!!」
すぐ、後ろから。
アカリはびくっと肩を大げさなぐらい震わせた。その震えに「!?」と、声を掛けた人物も驚いたらしい、目を丸くしている。
アカリは口をパクパクと魚のように動かすと、声も出せずにその人物を見た。
―なんていうか、すごく、そこにいるのかわからなくなっちゃう。
意識をズラしてしまうと、もうそこにこの人がいるのかいないのか気づけないぐらいだ。
―少年は、眉を寄せてこちらを見下ろしていた。
短い金髪の髪は染めているのか、少しばかり傷んでいる。童顔(なんて言ったら怒られそうだけど)のようで、瞳が少し大きいからちょっとだけ年齢相応に見えがたい印象がある。腰に当てている右手首には、腕輪が嵌っていた。
「――ッ、ぁ、ぇ、あの、」
「…見たのか」
スゥ、とその瞳が細められ、アカリを睨みつけた。それに更にびくっとしてしまう。薄暗い部屋の中でもしっかりと、その瞳はアカリを射抜くように見ていたからだ。
「ぇ、あ、すみ、ませ…!!!」
「……まぁ、鍵を掛けないで出ていた俺もわりぃんだがな。っつってもそれとこれとは話が別、か――……。」
チッ、と小さく舌打ちをする少年。アカリはどうなるんだろうか、と体を丸くするのみだ。本来の職員室に行く、という目的はどこかにいってしまった。今はとりあえず、この状況をどう打破するかである。あまり中身の入っていない脳をぐるぐると活発に回す、…が、良い案は出そうにはなかった。
少年はやがてため息を零すと、手を差し出した。
「…え」
「立て。掃除は時々してるけど、埃っぽい床にいつまでも女子がいんな。移動するから、…立てるか?」
「……あ、はい…」
なんか、結構いい人っぽい……?
その手に捕まって立ち上がると、彼が少しばかり身長が低めなのがわかった。が、これは指摘してしまったら大変なことになりそうだったので口に出すことは止める。危険察知はアカリの得意分野である。
「俺は三年の流香―…ルカ、とでも呼んでくれ。お前1年だろ、新入生。よくこんなとこまで来たな」
「えっと…私、迷っちゃって…職員室、行きたかったんですけど」
なんとか覚えていた職員室。それを告げると彼―ルカは怪訝気に眉を寄せた。
「職員室は向こうの校舎。ここは別館の…特に使われていない、見つけられることが少ないっていうぐらい影が薄い教室だぞ…まぁ、人のことも言えないんだけど…。よく見つけたな」
「ええええええ嘘でしょぉお?!!」
私ずっとこっちしか探してなかった!!!
アカリは道理で見つからないわけだと肩を落とす。小声で呟いたルカの言葉は耳に入っていなかった。そんなアカリに、ルカは「まぁ後から案内してやるよ」とぶっきらぼうに言い放つと、廊下に出る。アカリもそれに続いて部屋から出ると、彼は鍵を取り出してしっかりと施錠をした。
カチャリ、
小さな音が鳴ったのを確認すると、ルカは鍵をポケットにしまう。
「私…どうなるんですか」
「あぁ?…別に取って食おうとか思ってねぇよ。」
つか思わないから安心しろ、と歩きだす。アカリはためらいがちに、どうしてこうなったのだろう、と彼の背を追いかけ―ふと、後ろを振り向いた。
そうして、驚く。
「…どうした?行くぞ1年」
「ッ、あ、はい!」
そこには、扉なんてものはなく、あったのは汚れが少しだけこびりついた白い壁だった。