5.透明人間
忘れていく、ということは人間にとって大切な機能である。その機能がなければ、私達の脳はパンクをおこしてしまうことだろう。
それでも、忘れたくないものはあるわけで。
そう―――思っていたのに。
「珍しいケースだな、って思うよ」
淡々とカナが述べた。
あれから1週間が過ぎていた。誰もがルカのことを認識しないようになるには、あまりにも十分すぎる時間だった。今、確認がとれるなかで彼のことを覚えているのが自分とカナだけというのが恐ろしかった。両親さえも覚えていないというのは、皮肉でしかないのだろうか。
「どうして、こうなるんだろうね。」
泣き笑いのような、そんな声で彼女は呟いた。アカリはただ、何も言えないままだ。
どうすればいいというのだ。
手段なんて、何もない。
ただ、埋め尽くしていく絶望に、嫌だと身を震わすことしか出来なくて。
――――あれ?
私、
前にも、
こんなことが。
カナの頬を涙が伝う。流れていくそれは、腰かけるソファーに染みをつくっていった。
ルカの姿も、コウや、レイ、きぃ。
あの頃の、賑やかだったあの日々が、影も形も見えやしない。
どこにも、ない。
もう、戻らないのか。
「嫌だよ、」
カナは言う。紛れもない本心で、呟く。
「嫌だよ…ほんとのほんとに、忘れることが、嫌だよ…!!ルーちゃんが、1人で傷ついているだなんて、そんなの、嫌だよ…!」
どうして、無力なんだ。
どうして、何も出来ないんだ。
私は、また。
また、何も、出来ないのか。
――――――また?
揺らぐ赤色。暗い夜空のもとで、どこからかサイレンの音が聞こえてくる。
ぐちゃり、と。
頭のなかを、かき混ぜられているような。記憶が混濁されていく。やがてそれは突然晴れた。
「…………――――ぁ、」
そうか、
そうか、わたしは。
ルカ先輩から向けられた瞳も。
レイ先輩の言葉の意味も。
今になって、ようやく―――気づけた、気がした。
私が今、
アカリという人物が、異常者でもないのに、未だ《ルカのことを覚えているという矛盾》。
カナ先輩の異常をもってしても、思い出せなかったのに、どうして今頃と少しだけ呆れた。
いや、今だからこそ、なのか。
《私》は、あまりにも矛盾だらけだった。
「カナ先輩」
私が。
「ルカ先輩は、ひとりぼっちじゃ、だめです。」
私が、今、ここにいる理由。
「そんなこと、させません…!」
私が異常者である、たったそれだけのこと。




