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ソリット・スクア  作者: そうしょう
6.記憶と重ねる一つの信頼
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1.光明狭所

異常者。

それは、ぼくにとって最も聞きなれた言葉の一つだった。それはあまりにも身近なものだ。

ぼくの父親は異常者の研究者である。だが、ぼくは彼のことが好ましくはない。彼は只、自分の望みの為に異常者について研究をしているだけだ。ぼくの母親は病気で亡くなった。その母親を生き返らせようと必死なのだ。

(それは、あまりにもバカバカしいこと)

死んだ人間は生き返らない。それは当然の原理。覆してはいけない掟。それを彼はわからない。

異常者を調べる父親を、だけどどうしても、…放っておけないぼくは、彼の研究を手伝った。そうして手伝う内にだが、異常者についての知識は幾分か増えていた。ぼくは研究者の娘として(たとえ研究がどんなものであっても)勉学を学んだし、それなりの知識を肥やしてきた。そして、異常者について、異常についての知識も豊富になった。そんなある日に、起縁に出会った。ぼくはあいつを助けようとした。執着、していたのかもしれない。

異常について、よく知っていたから。何かぼくの知識で、彼を救えるんじゃないかって。そうしている内に。

―ぼくは、リーダーと出会った。


…どうしても、助けたかったんだ。


××××××


冬、11月の始め。最近は気温も下がりつつあり、防寒具をチェックしなくてはと思う様になったこの頃。レイは慣れ始めた道を歩く。

(結局、めぼしい情報は…まったくだな…)

2か月前。ルカとレイ、きぃの三人が出した結論と、それから推測。あれから3人も調べたけれど、これといった情報は出てこない。やはり、アカリの空白な記憶が鍵なのだろうとは思うのだが。

(同時に、変化も何もない、か。)

レイはイタリアから帰ってきた。そして、帰ってきてすぐに考えないといけないことも、あった。アカリ一つに絞っていられるほど暇ではなくて。

(どちらにせよ…二つとも、時間はかけられない、…か)


アカリも、だけれど。

きぃのほうも、レイはずっと、危惧しているのだから。


××××××


たとえ、きぃが《生きたい》と望むようになっても、彼の現状は変わらない。

異常を極力抑えることで基本的には進行を遅らせることができる。別に使用は問題ないけれど、使いすぎるな、ということだ。問題なのはかつてのこと。異常を使い続けた時期の疲労が蓄積してしまっていること。

それだけは、覆せないもの。

「きぃの―…セーブアイテムを変える?」

「あぁ」

いつもの、ソリット・スクア一室にて。

今はアカリたちは不在だ。ルカと二人、向かい合っている。 二人だけ、というのはレイにとって、かなり好都合だった。

「ってもな。あれはあくまでセーブアイテムだ。」

「わかってるよ。あれ、ぼくとリーダーの二人で創ったやつだしね」

懐かしいな、と思った。

自分と彼が出会って暫くしてから制作した作品。この世に数多くない品物。異常の力を封じ込める機械装置。

それはレイの知識とルカの知識を組み合わせて創った、異常者達を少しでも負担なくさせるための機械だった。その中でも、ルカのアイテムはかなり構造が細かい。

(リーダーのためにあるものだからね)

あれは。

ルカの【透明人間】の効力を最低限抑えるべく、改造を重ねた、おそらくレイの最高傑作。

「きぃのセーブアイテムも改造をしないと。…うまく、できるかわかんないんだが」

「…それは、てめぇがイタリアで培ってきた新しい知識か?」

頬杖をつくルカ。

コーヒーがほわりとあたたかな湯気を出している。

「その知識で、お前はきぃのセーブアイテムを改造する、と。で、改造したらきぃはどうなる?」

「おそらくだけど、きぃの寿命は延びる。異常を還元する仕組みにしようと思うの」

「…還元?」

「つまり、使った分だけ、使用した分だけそれが生命力になるんだよ」

「…できるのか、それ」

それができたら、確かに希望が出てくる。

そう訴えるルカに、レイは唇を噛みしめ、二人の間に沈黙が零れる。ややあって、レイは頷いた。その眼に光を宿して、力強く頷いた。

「できる。…いや、やる」

そのために、ここにきた。

助けたいと、思って。

「…いいんじゃないか。お前がそっちに取り組んでる間に、アカリの方は任せろ」

「…アカリちゃん、ほんとーイイコだねー」

ぼそりとレイは呟いた。殆ど無意識の言葉だった。

「…異常者うんぬんはともかく、イイコ、ではあるな…」

「…リーダー結構絆されてるね」

くすくすと笑って言ってやると、「るせぇ」と拗ねたような表情になってしまったのでレイは余計におかしくてたまらない。

彼女が吹き入れる風は、この男に対しても+なことであるらしい。

(…うん、だけど、焦ってるね)

それは、レイの眼から見ても明らかだったし、多分きぃも気づいているだろう。彼を追い立てている、焦燥感。それは卒業が迫ってきているから、というのもあるだろうし、…もう一つ。

(おそらく…この男も)

「レイ」

「なに?」

よく聞くために、身を乗り出した。そのときだった。


―ヒュッ、


…ふわり、

レイの長い髪が揺れた。外では風が強い。その風が、閉めた窓をばんばんと強く打っている。その音が一瞬にして途絶えた。

コクリ、と、小さく、レイは喉を鳴らす。

突き出された指先が、レイの頬をかすかに掠って停止していた。

「言うなよ」

「…………。」

「気づいてるだろうけれど、言うな。」

「…………………。」

冷や汗が滴り落ちる。一瞬にして寒気が吹き荒れ、自分の背筋に嫌な汗が伝う。

ルカは静かに言い終えると、突き出した手を降ろして、そのままの流れでカップに手を付けた。中に入っているコーヒーをスプーンでかき混ぜて、唇まで持っていく。

「じゃぁ、あとはよろしく。何か問題とか、手伝ってほしいこととかあったら言ってくれていいからな。」

いつもの雰囲気。レイは息を吸って、頷いた。まだ、胸の鼓動はドクドクと波打っている。

「……わかった。」

二重の意味で、返事を返す。


無理やり笑顔を浮かべようとしたけれど、できなかった。

ほんの少し掠った頬が、ちりちりとそこだけ熱を持ったように痛かった。


レイの話になります。今回は主にレイ&きぃの話になりそう。

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