1.ソリット・スクア
入学式が終わった。
真新しい制服に身を包んだ新入生たちが、どこか緊張した面持ちをこびりつかせて自分の席に座っている。それはアカリもそうで、でも、緊張と同じぐらいわくわくしていた。今日からこの高校で、新しい生活が始まるのだと思うと嬉しくてたまらなかった。クラスの担任は若い男の先生で、優しそうだし、クラスメートだって…。
「御嬢さん、これからよろしくお願いしますね?ところで、よければ僕とこの後ご一緒にお食事でも如何ですか?」
…え、と。
「え、あの…」
「とても綺麗なカフェがあるんです。おススメです、どうですか?」
「えっと…?」
…あれ、可笑しいな、すごく、…すごく、目を凝らしても、擦っても、私には男の子が女の子をナンパしているようにしか見えないんだけど。
その少年がいるのは、アカリの席から少し離れている。少年は隣の可憐気な少女に話しかけている、もといナンパしているのだ。
…なんとも典型的な口実で。
「ま、また今度ね!!!?」
「えー…しょうがないですね。あ、また今度って何時にしましょう?これも何かの縁ですし…もしかして僕が紳士すぎて困っている?大丈夫です、しっかりエスコートしますから!」
「え、だから、あのね…」
…積極性のある子だなぁ。というより人の話を聞かない子だなぁ。
周りの同級生たちも引いている。あれは確実に引いている。可哀そうに。
(もちろん女の子が、だけれど)
と、そこで少年が時計を見た。
「…あ、もうこんな時間ですか。」
ボソリ、と少年が小さくつぶやく。
ところであの少年の名前なんだろう、とアカリは名簿を見た。出席番号順だし、そう思って数えてみる。
―行前 幸。コウくん、か。
コウくんはどうやらこれから予定でもあるのか、いそいそと支度を始めた。もうそれぞれ帰ってもいい時間になったわけで、他の子たちも「そろそろ…」と腰を上げ始めている。アカリも例に置けず、帰ろうと思って鞄に手を掛けた。というかコウくん、君は用事があるのに声をかけたのですか…。
――…あ。
そういえば、とアカリは手を止める。
(私…先生に言った方がいいのかな…)
不可解な体質のこと。これから一年、もしくは一年以上迷惑をかけることになるのだ。一応のこともあり、念のため言った方がいいのだろうか。
そう思って、アカリは出て行った少年、コウを横目に一人、頷いた。
*
という経過の中で、アカリは迷っていた。
「しまった…おかしいな、確かに職員室に…」
…ここはどうやら入り組んだ高校らしい。しっかり覚えておこう。そう思いながら、人気のなくなってきた高校を彷徨う。上級生に会ったら挨拶、を心がけながら、段々と一年生を象徴するスリッパを持つものが少なくなっていることに気が付いて、心細くなって仕方がなかった。
ぶっちゃけ怖い。
「……どうしよー…」
あぁ、もう。最悪だ。
とりあえず疲れてしまった。どこか休めれるところ。そこで改めて、学校のパンフレットを見て確認してみよう。職員室、どこかな。
本当に人気のないところまで来てしまったようで、人影どころか足音さえも聞こえない。見当たらない。遠くからは部活動を行う声が響いて聞こえてくるだけ。アカリが立ち止まった目の前には、一つの部屋があった。
何らかの予備室だろうか。中は薄暗いようで、暗幕が掛かっている。が、人はいないようだ。…ここなら、少しぐらい休んでてもばれないかな。
そう思って、アカリはその扉を開けた。