7.嘘実証明
「きいた。君、異常者が幸せに暮らせる世界を創ろうって考えているんだって?」
空調の整った図書館。
その部屋の隣、資料室は多くの歴史が埋まっている。もちろん、そこには異常者の歴史だってあるのだ。ここ、飛翔高校は、異常者を迎え、囲う『城』でもあるのだから。その資料の一つを手にとって、彼は足を組んで読み進んでいる。気が遠くなる作業だ。なんせ、何千冊ともいうほどの書類がそこには立ち並んでいるのだから。
―ペラリ。
ページをめくる音。少年は顔を上げずに、「そうだな」と小さくつぶやいた。
コウと話をして、数日が経っていた。あの後、そのまま公園にいるのも補導の対象にされてはかなわないと思い、結局近くにあったカナの家まで案内した。幸い両親はもう眠っていたため、一回の空き部屋で話を聞いた。もちろん、内容は『視た』ことで…だけど、本人から直接聞くのとはやはり違って、そして笑いながらその話をできる少年を少しだけ…憐れんだ。コウは「すみませんでした」と帰っていったが、無事に家に帰れたようで安心する。
それから、
…その話を聞いてから、ずっと、考えていた。
「…そんなこと、できるとでも思ってるわけ?」
「そうだな。」
―ペラリ。
「……。本当に、思ってるの?」
「俺は別に、神様とかではないし、根本的なところでは助けれないとは思っているし、叶わないとは思っている。だけどな。手の届く範囲の異常者は、助けてやりたいんだ。」
例え、それが偽善な行為であるとしても。
あぁ、この人は。
……優しい人、だな。
「君は、何を知っているの?どうして、そんなに親身になれるの?あたしはわかんないよ、自分のことで手一杯すぎるから。誰かに、ましてや他人に気に掛ける余裕なんてないよ」
コウを助けたこと。それは身内繋がりでいけば、決して他人ではないけれども、それでも助ける、という余裕があったことだ。カナにはそんなこと、マネできない。資料室の独特の、インクの匂いが濃く漂う中で、彼はまた一枚ページをめくる。
「勘違いしてるみてぇだけどな。俺は自分のことしか考えれてねぇよ。」
「…君は、…何を、知っているの?」
もう一度。
同じ質問を、繰り返す。
「…知っていること、か…」
パタン、
分厚そうな本を閉じる音。
そうして、ルカはようやく顔を上げて、ほほ笑んだ。
「自分が消える感覚。誰かに覚えてもらえない虚無感。存在理由のないこと。俺が知っているのは、それがすべて。
俺はな、お前らに覚えていて欲しいから、助けるんだよ。」
笑えよ。
あまりにも自己中な理由だろう。
決して、笑うことなんてできなかった。
だから、決めた。
あたしは、君について行こう。
君の掲げる理想ってやつに。理由に。
――君に、一輪のリナリアを。
*
「失礼しました」
あたしが進路指導室の部屋の外に出ると、そこにはアカリの姿があった。
「あ」と、あたしに気づいた彼女はにこりと笑って頭を少し下げる。
「もう、お時間は大丈夫ですか」
「うん、終わったよーどうしたの?」
「よかった。…少しお時間をいただいてもいいですか?」
「…?いい、けど?」
*
進路指導室の前でコウと別れたアカリが待っていると、すぐにカナが姿を見せた。
「話、って何かな。」
カナがつぶやく。
アカリは小さく、息を吸い込んだ。
移動した場所は、学園で一番、美しく自然の満ち溢れている場所。
花々に囲まれた、その場所。
カナが小さく、首を傾げる。
「…私の、お願いをきいてください。
私の、…私の、記憶を、視てください。」
カナが目を瞠る。
アカリには、思い出せない過去があった。
「知りたいんです。
私、自分のこと、よくわからない。
数年前、私は気が付くと記憶が飛んでいることに気づきました。
ずっと、それが違和感で仕方ないんです。
…私、わからないんです。」
視界に映る、思い出そうとするたびに散りゆく花弁。
それが、映って変わって、消えて、赤くなって。
何も、わからなくて。
最初、カナの異常を聞いてから、ずっと考えていたことだった。嘘、心を見通すことのできるカナならば、自分のかすかな過去さえ追えるのではないかと。
「…あたしが、視ろ、ってこと?駄目だよ。あたしの異常は、貴方の視られたくない過去まで視てしまう」
「いいんです。カナ先輩を、信じてますから」
「……どうして?どうして、あたしを信じるの?あたしはこの異常をうまくセーブできないの。普段からする必要がなかったから。だから、余計嫌なこと、貴方の隠し事だって視てしまうかもしれないんだよ。それでも、いいの?」
アカリはだって、と呟く。
「カナ先輩は、私にいつも優しくしてくれました。私をいつも、見てくれました。だから、私は信じてます。先輩が私のこと、信じてくれなくても、私は先輩を信じてます。先輩の力が、必要なんです。」
それじゃぁ、ダメだろうか。
カナが人間不信であるということは仕方ないことだろう。でも、それでアカリの気持ちが変わるなんてことはない。
アカリは、カナを信じてる。一方的にかもしれないけれど、それでもいい。
「……信じるって、すごく残酷な言葉だと思わない?だけど、ね」
あたしも、信じたいんだよ。
アカリだけじゃない。
ソリット・スクアのメンバーを、信じたい。
あたしは異常者だ。それはきっと、これから先生きていく中で絶対に代わることのないこと。仕方ない、受け入れるしかない。でもそれとこれとは別問題で、異常を受け入れてもらえなくてはあたしたちはずっと孤独のままだった。
アカリは絶対に裏切らない。
そう、信じてくれる。
―だとしたら、あたしも、その信頼に応えるべきだ。
不思議な感じだった。異常者でもない少女に、こんな風に思われて、あたしの気持ちもこんな風に変わっちゃって。あたしは独りじゃないと、…ううん、違うな。異常者だと分かっていてなお、慕ってくれる少女がいるんだって知って。
…これが、信頼、かぁ。
すごくあたしに、似合わないねぇ。
「ほんとのほんとに、似合わない」
視界の端に花が映る。
ここの花壇、リナリアの花が多い。色鮮やかに咲いている。リナリアはこの季節に多く咲く花花で、鼻孔をくすぐるその匂いが大好きだった。落ち着いた気持ちになれるのだ。
覚悟は、決まった。
ふっとそう思って、あたしは頷いた。
「わかった。あたしも、アカリの信頼に応える。」
少しずつ、信じていこう。
今は、アカリを信じよう。
貴方の望みを。
「あたしが、貴方の知りたいホントを教えてあげる。」




