4.嘘実証明
ソリット・スクアの一室。あまり日光が当たらなくて、基本的に薄暗い部屋ではあるが今日は窓も全開で風が通り、少々涼しげだ。漂ってくる紅茶の香り。中にいるのはコウだけだった。
「ルカ先輩たちは?」
そう、アカリが尋ねるとコウはにこりと笑ってこたえた。
「進路の相談で。すぐ戻ると言っていましたよ」
ルカとカナは高校三年生だ。進路の相談、はそりゃあるだろう。納得してアカリは心の内で頷く。
「何か飲みますか?」そう言いながら、コウは立ち上がるとティーパックや粉の入っている棚に近づく。勝手に改造された部屋の一室は快適な空間だ。アカリはコウにありがたく甘えることにして、「それじゃぁ、紅茶で」と告げる。
―二人がいないのなら、丁度いい。
アカリはそっ、とその背に声をかけた。
「最近、カナ先輩の様子、ちょっとおかしくないかな…急にため息とか、そうじゃなくても…なんだか、無茶しているようにみえて」
「そうですか?…そうかもしれませんね。アカリはよく見ていますね。そう思うと少しぴりぴりしているような気もします。だとしたら、今年も、ですけれど」
どうやらわざわざ、新しく紅茶を入れなおしてくれるようだ。コウ自身のカップにはまだ紅茶が入っている。間もそうあくことなく、紅茶が注がれていく。アカリはミルクティーにしようと思い、ミルクと砂糖を一つずつ、掴み取った。
「…今年、も?」
コウの言葉に、首をひねる。
「今から、二年前のことです。カナ先輩が、ルカ兄にであったの。」
どうぞ。
差し出された紅茶に、アカリは笑顔で受け取った。コウはすとん、と向かいのソファに腰を下ろすと自身の紅茶を掴む。
「あまりいい印象ではなかったようですよ。カナ先輩の異常、知ってます?【嘘実証明】。嘘を見抜く異常。カナ先輩の右目は、嘘と本音を区別する。そのどちらをも、あの人は見抜いてしまう。その異常のおかげか、先輩はかなりの人間不信だったようで…今も、そう大差ないらしい、ですけど」
嘘と真。挟まれた言葉は、カナの眼にしか映らない。
一口、コウは紅茶を口に運んだ。
「…異常に目醒めて、暫くしても、あまり影響という影響はなかったみたいです。いえ、もちろん、人間不信になった、ということはかなり大きな影響でもあるんですが、それぐらいは自身で隠し通せれるモノ。他人に迷惑をかけるような大事にはいかなかった。そうして暫くしたあるとき、先輩はルカ兄と出会った。…お恥ずかしいことですけど、当時ぼくもカナ先輩とお会いしています。」
もちろん、覚えていますよ。そういうコウではあるが、少し歯切れが悪い。
「…まぁ、その、あのときは、…ぼくも、ちょっと言えない状態でしたから。」
正気じゃなかった、というか。あまり人間味のある表情を浮かべれていなかった、というか。
そう口ごもるコウに、アカリは計算する。
コウがルカによって救い出されたのは中一の冬のことだ。カナでいうなら中三の冬。そして、カナがルカと出会ったのは二年前、カナが高一の夏のこと、だという。その間数か月しかない。そう考えると、コウの精神状態が芳しくなかったことぐらいアカリにも容易に想像が出来た。
「カナ先輩が毎年、この時期にピリピリしちゃうのは思い出してしまうから、でしょう。自分ではわかっていても、そういうことは思い出してしまうものですし。先輩はね、ルカ兄のこと、苦手だったみたいなんですよ」
「え、そうなの?」
驚く。
「第一印象は最悪だったらしいです。カナ先輩いわく、「絶対にルーちゃんとは相性悪いと思った」、らしい」
そうごくごく真面目な表情で頷きながら、コウはミルクを手に取った。先程までストレートで飲んでいたらしいが、アカリがミルクティーを飲んでいるのを見て、自らも飲みたくなったのだろう。一つ流し込むとぐるぐるとスプーンでかき混ぜている。
「でも、今すごく仲いいよね…」
「……まぁ、悪くはないですよねー」
漫才しているみたいだけど。
口には出すことなく、二人は同時に思った。
それはそうとして、どうにも府に落ちないことがあるのだ。果たしていってもいいことなのか、それにしばし悩んだ。
だけど。それは自然と、口からこぼれでていた。




