4.運命診断
ごろん、とその場に、彼は寝返りをうった。さて、寝ようと思っていたところであったけれど、閉じたカーテンを勢いよくあけられて片目を眇める。
「よぉ」
「……どもー……ルカくん…」
金髪の少年が、そこに座って、一つの椅子に腰かけていた。
足を組んで、パチン、と音を立てて腕輪を嵌めている。その様子を見た彼は「ん、」と背伸びをした。
ゆっくり力を抜いて、ボソリと一言。
「……ずっといたのー…?」
「あぁ。そうだな、アカリが目覚めた辺りから、か」
「最初っからじゃん…」
やれやれ、と彼は目を細めた。最初から。気づかなかった。
ルカは、彼はこうして、ずっと座っていただろうというのに。アカリはおろか、自分も―――気づいていなかった。足を交差し、腕を組んだルカは「ふむ、」と頷く。
「にしても、お前よくしゃべったじゃねぇか。珍し」
「……べつに……」
「気に入ったのか、あいつ。」
「………さぁ…?」
「どっちだよ」
「…わかんないな」
「お前なぁ…」
呆れたような表情をして、ルカは横になったままの彼を見る。彼は枕を抱え込み、抱き枕のようにすると眠そうにあくびを噛み殺した。
「で……?ルカくんは、…どーして…盗み聞き…ならぬ、盗み見…してたの?」
「先輩には敬語を使えっつーの…お前治んないよな……」
二年の彼と三年のルカでは先輩後輩としての立場があるのだろうけれど、彼にとってはあまり関係のないことであるようだ。変えようという気も起っていないらしい。ルカは怒る気も失せてしまって、もう若干小言のようになっている。
「アカリがコウを追い詰めたのを、コウ本人が取り乱してたので気づいてな。…で、その新入生はどんな反応であいつに接するのかと興味を抱いたからだ」
「…じゃぁ、なんで追いかけないの…」
「いいよ、もう。」
さらり、と。ルカは言って自分の少し伸びてきたかな、そろそろ切るかな、と思っている金髪を指でいじる。その目は彼から逸らされた。
「それよりも興味があることが出てきたからな。―――お前、どこで聞いたんだ?コウのこと」
――ピリッ
ふいに、散らされた殺気立った気配。彼は一瞬にして、自分の首元に手をやった。
が、ルカはすぐにそれを拡散する。
「……別に、怒ってるわけじゃねぇし、ただ、ききたいだけ。」
「……本人から、きいたんだよ。……そこまでしか、話しては、くれなかったけれど」
これは寝るどころじゃなくなったな。
彼はその眠そうな外見に対して頭の回転ははやい方だ。それと同時に、危機感も強い。勘が鋭いのである。彼は体を起こすと正面からルカと向き合った。
ルカも、視線を戻して彼と向き合う。
「そう、コウが。」
あぁ、あいつ、お前に懐いていたもんな。
納得したようにルカは頷く。それだけで彼の謎は解決、したらしい。
ただ、静かに言っているだけだ。そのはずだというのに、彼には息苦しさと頭痛に似た痛みが襲い掛かってくるのを感じた。――いざとなれば、この首輪をちぎり取らないといけないかもしれないと、思うほどの。でも、これは異常ではないのだ。異常――とは違う、彼の腕にはまったセーブアイテムが壊れていない限りは、決してありえない。そして、暴走とはまた違うはず。だから、これはただの――威圧。異常の一部。異常によってもたらされた、風。
その存在そのものが、異常であるという彼の、特別の証のようなもの。
「俺の異常はー…当たりすぎると頭がおかしくなるからな。そろそろ俺は行くよ。お前にあまり負担をかけるわけにはいかねぇし」
頭がおかしくなる――彼はなんて抽象的な表現なのだろうかと思う。具体的に表せることもなく、かといって的を得ていないというわけでもない。確かにそれは事実なのだろう。
彼の異常。―――自身の姿を認知させない。
「一つ…きいてもいい?」
「なんだ?」
ルカは扉の前で立ち止ると、軽くこちらを見た。その背中に、彼は声をかける。
その先を知らない。本当に、知らないけれど、予測はいくらだってつくのだ。
「愛情を求める哀れな少年を救ったのはー…あなたか?」
さて。
ルカはおどけた様な表情で、肩をすくめるた。
そして、「あ」と小さく呟く。
「おい、お前、そろそろこっちに顔出せよ。」
「……やだ」
「おい」
「眠い…今寝ないと…おれは死んでしまう…」
「死なねぇよ?!!起きろ!!気づいたんだからほら!!いくぞ!!!!」
えぇええ…。
気が付くと、プレッシャーのような気も感じることなく、彼のそばでも頭痛のような痛みが襲うこともない。さっきのは、なんだったのだろう…。
そんなことを考えている間に、再三寝転がった体躯を見て、入り口から戻るとその腕をぐいぐい引っ張るルカ。
行きたくない…動きたくない……。
うだうだするその年下の様子に、ルカは呆れ気味に――すっかりいつも通りだと思いながら―――ため息を零す。そうして、その反対側で大丈夫だろうかと不安にもなる。
アカリとコウ。この二人は正反対だ。
けれど、ルカは思う。アカリのあのまっすぐさがあるのならば、大丈夫だろうと。むしろ、少しぐらいポジティブすぎる人が一人はいたほうがいいとは思っていたのだ。同年代の友達が。
だから、これでいいんだと…思う。今は、…まだ。
「ほら、行くぞ。ぐたぐたすんな。
――――言霊指名、きぃ」
これからのことは、これから考えていけばいい。




