想いは醜いけれど
少女と少年の住む町には古い言い伝えがあった。
「汝の想いを海に放て、魔女の目につくとき叶えられん」
あまりにも古すぎたためほとんど知るものはいない。齢95になる少女の祖母は幼い孫娘にこの言い伝えをよく聞かせていた。少女は幼いながら聡明で実際に叶うことはないと解ってはいたが、祖母から聞かされる話が好きだった。
__そして少女は女性になった__
少女、凪は幼い頃から話すことができなかった。そのため、いつも一つ年上の少年、陸斗の後について回る大人しい子だった。そんな凪を守るのが自分の役目であるかのように、陸斗は手を離すことはなかった。しかしいつまでも一緒にはいられないことを二人ともどこかで理解していた。
__いつか彼も大人になる__
将来陸斗も誰かと一生を添い遂げるだろう。分かってはいても、そのようなことは想像もしたくなかった。陸斗に想いを自ら伝えたかった凪は強く願った。いつまでも守られるだけの妹の枠に収まってはいたくない。私は背中ではなく隣にいたいの。
だから、
「(私に声をください)」
お伽話のような言い伝えを信じ願い続けた。もし叶ったら、踏み出せる気がしたから。
__偶然の出会い__
海で人魚に出逢った。イリアと名乗った人魚は、想いを伝えられなくても構わないから好きな人のそばに居たいと願っていた。似ているけれども異なる想いを秘めた私たちは自然と仲がよくなっていった。イリアには触れることで会話が出来る能力があるため声が出なくても通じる、似たような想いが共感を招いた。
…偶然の出会いだったのだろうか、気づかないうちに運命は動き出した。
二人の願いが交わり、言い伝えが本当となる。
「「私に足(声)をください」」
__囁き__
こんなできた偶然などは、あるはずがない。
単なる魔女の気まぐれに過ぎない。
願いは力、力は動き流れを創る。その流れは様々なものを巻き込み成長する。根源は無からは生まれない、故に対価が必要となる。魔女の遊びでもルールは絶対、それを無視することは不可能であり…禁忌である。
どこかで誰かが静かに笑っていた。
「さぁ、最高の舞台で舞っておくれ!」
__〈一人〉の想われ人__
彼女の事を昔から一途に想っていた、彼女を守るのは自分しかいないと。成長していくにつれて彼女は綺麗になっていく、それを傍で見ているだけの自分。彼女を守る役目を他人に譲ることなど想像もつかなかった。いつも握っていたあの小さな手が自分から離れることなど。もっと早くに告げるべきだったと自分は酷く後悔する。
この想いを素直に伝えてさえいれば……あんな姿を見ることもなかった、と。
二人の影を見つけたときただ呆然とした。
人魚といえど姿は人と変わらない、ただ異なるのは首筋に見える三本の線と背中にのみ海水に反応してあらわれる艶やかな鱗である。
自分の視線は彼女の首筋から離れない。凪は静かにしかしどこか嬉しそうに自らの口から全てを話した。
「理解してるのか?人魚はさ。…海でしか生きられない…海から離れられないんだぞ!…気持ちが伝わったって、一緒にいられなきゃ…意味ないじゃん…か…」
声は情けなかった。
その代わりに、強く強く、凪の冷たい体を抱きしめた。
たった今気づいたもう一人の存在に視線を向ける。彼女が動きを見せたときには
「お前がいたから。お前さえいなければ。…お前なんかと出逢ってさえいなければっ!くそっ!」
低くそれでいてはっきりとした声は呪詛の様に紡がれ彼女の動きを止めさせた。これが自分の声かと、ただ驚いていた。だから自分は気づかない、大切な彼女のことも傷つけていることに。
__〈一匹〉の策士__
後悔?――するわけがないわ。
間違っていたと知っている…
心のどこかで想いが届かないことはわかっていた。それでもただ側に居たいと、同じものを見て感じて触れたいという想いが強く、声を失ってもこちらを見ずともただ一緒にいられるだけで嬉しかった。報われることはない、あなたたちが両思いだということは知っているから。でもあなたは、想い人のためとはいえ自分を見捨てることも離れることもできないでしょ。すべての願いを叶えたのは〈魔女〉交った因果は解かなくては戻らない。こんな考えが醜いとは解っている。それでも、今までの自分を捨ててでもいつも守ろうと努めるその背中に在りたかった。隣なんて求めない、ただその背中に在ればいい。今までのようにこれからも凪を守って?
彼女は…凪は知らないでしょうね、ワタシが恋い焦がれる存在があなたの愛しい人だということを。
あなたは海に帰りなさい…あなたの居場所はワタシが守ってあげるから…ずっと、ね。
修正いたしました。
…すごくイリアちゃん黒いです。歪んでますね。
このまま進んだら陸斗君は、
1、魔女を探し出す
2、凪ちゃんを巻き込んで自殺
3、他の解決方法を模索する
…ってな感じですかね?
とりあえず陸斗君も歪みそうで危険です!
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。