6.テフィーはお酒が強い。
テフィーはお酒が強い。
僕なんてグラスワイン一杯でへろへろになっちゃうというのに、テフィーときたら残ったボトルを一人で全部空けて、さらにもう一本空けてもけろりとしている。言っておくけど僕が弱いわけではない。断じてない。単に年相応なだけだ。そうでしょう? だってまだ十五歳だもの。
「でも、もうすぐ十六になるというのに、ろくにお酒が飲めないというのもどうかと思いますわよ?」
あーあーわーわー、聞かない聞かない聞こえなーい。
そりゃま僕らの村では十五になったらもう成人だし(僕が十五で村を出されたのもそれが理由だ)、その前から新年のお祝いなんかではぼちぼちお酒を飲まされたりもしたけれど、同年代の友達だってテフィーほどは飲めないって言ってた。同い年の友達はもとより、二つ上の兄さんだって僕と同意見だった。
こうなるともう、彼女の体は肝臓じゃないところでアルコールを処理してるとしか思えない。どんなに記憶を辿ってもテフィーが微酔い以上に酔ったところを見たことがない。挙げ句に「二日酔いとはそんなに辛いものにございますの?」とか平気で言う。
思えばテフィーのお母さんも、そのまたお母さんも、お酒にはめっぽう強かった。女精の血を引いているとやっぱり肝臓のつくりが人間とは違ってくるんだろうか。でなかったら魔術的な何かでアルコールを分解しているに違いない。女精といえば森の奥で日がな一日お酒を飲んで騒いでるもんって相場が決まってるし(←偏見)。
こんなだからもちろんテフィーはお酒が大好きだ。
そのお酒の趣味がまた妙に渋くていらっしゃる。納得がいかない。何が納得いかないかって、普段の食事の好みだけならハンバーグだのコロッケだのクリームシチューだのカレーライス(甘口)だのと、とにかくお子ちゃま舌のくせに、ことお酒の好みとなるとうって変わるのが本当に納得いかない。
ハンバーグにはどっしり重い赤ワイン。薄焼きパンを添えたクリームシチューには辛口の白ワイン。大トロやトロサーモンのお刺身を出した夜はもちろん辛口の吟醸酒。とにかくそんなのばっかり飲みたがる。まあ、辛口の日本酒に合わせるのがイカの塩辛とかじゃないあたりがテフィーらしいと言えばらしいところかな。
もちろんビールだって大好きだ。僕に言わせれば「あんな苦いののどこがいいの?」となるのだけれど、テフィーに言わせるとあの苦味が堪らないらしい。
晩ご飯を揚げ物にしたときなどテフィーは決まってまずビールを欲しがる。
定番の組み合わせではあるのだろう。でもオヤジくさい。せっかくの美少女が台無しである。ふりふりのエプロンドレスに身を包んだメイドが大ジョッキを呷る図なんて似合わないにもほどがある。
ちなみに今晩は豚ヒレ肉を玉ねぎと一緒の串で揚げた串カツです。
「まあまあ、ヴィロも一杯どうぞ」
なんて注がれてもねぇ。ビールは苦いから好きじゃない。お酒で好きなのは林檎酒かな。あとは蜂蜜酒や梅酒のソーダ割りとか、さもなきゃ酎ハイとか。
「ヴィロはお子ちゃま舌ですものね」
うっさい。
だいたい、林檎酒はサリススン郷の特産品じゃないか。それが好きで何が悪いか。
「別に悪いとは申しておりませんわ。それはそれといたしまして。ささ、そのままぐーっとお空けになって」
さっくり流されました。うーっ。
ここで突っ返したりしたら何言われるか分かんないので一杯だけは我慢して飲む。グラスにおそるおそると口付けてちびりと啜る。くひーっ、苦い。なんでみんなこんなのが好きかな。口が曲がるってこのことだよ。
テフィーはといえば一口目からくぴくぴと喉を鳴らして半分ほどを一気に飲み干す。このときジョッキの底に左手を添えるあたりはちょっとだけ上品に見えないでもないけれど、ジョッキを口から離した途端に「はふぅんっ」なんて息を吐いたのではやっぱり台無しだ。
僕がちびちびと飲み進める間にも、テフィーは串カツの先っちょをちょいと囓り、その後も串に刺さった玉ねぎや、付け合わせのキャベツ(僕のは千切りだけど、テフィーの分は指で摘みやすいよう大きめに切ってある)などをつまみながらさらに飲む。なんてやっているとあっという間にジョッキが空になってしまうので、仕方ないからビール瓶を取って注いであげる。「ほらテフィー、どうぞ」って、なんで僕がお酌なんてしてやらないといけないんだろう。
なんだかいろいろと納得がいかないのでテフィーのお皿から串カツを一本勝手に拝借して食べてしまう。テフィーが「あーっ」なんて悲鳴を上げても知らんぷり。あはは、ちょっとだけ溜飲が下がった。
「やりましたわね? ならばこうですわっ」
って。
「あ、あぁっ!」
僕のカツに勝手にレモンかけないでっ!
「あーら、お子ちゃま舌のヴィロに串揚げに檸檬のお味は少々お早うございましたかしら」
うーっ、うーっ、串カツはソースにどっぷり浸して辛子をちょいと載せて、それでご飯と一緒に食べるのが美味しいんじゃんっ。レモンかけたら台無しじゃんかーっ。
あまつさえ、
「おほほほほ。ヴィロがいらないのでしたらわたくしが頂きましてよ?」
なんて言って、僕の皿からレモンの掛かった串揚げを一本勝手にさらっていく。
むっきーっ。むっきーっ。こうなったら僕も勝手に何かかけてやるぅっ。
まずはマヨネーズだ。えいっ。
「串カツにこくのある酸味が加わって、これはこれでなかなかの美味にございますわ」
だったらケチャップかけちゃれ。てやっ。
「ほのかな甘みとうま味に酸味が加わって、やはりおビールによく合いますわ。本当に美味しうございます」
あとは醤油か、塩か……、駄目だ、当たり前すぎるし美味しいに決まってる。残るはえーと、えーと……、そうだ辛子っ! テフィーは和辛子が苦手だからっ……。
「ごちそうさまにございました」
ああっ、間に合わなかったっ。
とまあ、こんな風にテフィーの定番おつまみはいくつかあるけれど、最近のお気に入りはポテトサラダのトーストサンドだそうな。厚切りの食パンをきつね色に焼き、そこにポテトサラダをどっさりと載せて挟む。これを囓りながらビールを飲むのが堪らない、らしい。
「あまりお行儀のよろしくないのが難ではございますけれど……」
食べ物に歯形を残すのは行儀が悪い、ということらしい。
どちらにせよ僕にはよく分からない世界だ。そもそもビール苦手だし。ああでもポテサラサンド自体は僕も大好きだけどね。
ベッドの中でテフィーと夜更かししたときなど、夜中に小腹が空くと僕らはしばしば夜食をつくる。ここでテフィーに何が食べたいかと聞けば、彼女は決まってこのポテサラサンドをリクエストする。
ポテトサラダは僕も好きなので普段からよくつくる。夕食の残りがあるときはそれを使い、そうでないときは電子レンジでお手軽クッキング。よく洗ったジャガイモを皮のままラップに包んでレンジにかける。
ジャガイモを温めている間に一風呂浴びる。シャワーでいろいろと洗い流し、露天温泉に移って白夜の氷原を満喫する。しばらくすると長い髪をまとめ終わったテフィーがやってくる。お風呂の中でちょっとだけいちゃいちゃする。
先に上がって簡素な浴衣に着替えて台所に戻ったら、「あちっ、あっちーっ」なんて言いながらジャガイモの皮を剥いてボウルの中で潰す。冷蔵庫の野菜を適当に見つくろって薄切りにし、一部はジャガイモと入れ替わりにレンジで軽く温める。厚切りのパンをトースターにかける。潰したジャガイモと他の野菜とを混ぜ合わせてマヨネーズで和えていく。
トーストが焼き上がった頃合いを見計らったようにテフィーがお風呂から上がってくる。こちらもお揃いの浴衣姿。僕がポテトサラダを仕上げているのを横目に、まずは僕用の牛乳をカップに注いでレンジで温め、それからいそいそと冷蔵庫を開けてビールの小瓶を取り出す。
テフィーは居間のテーブルにそれらを並べ、さらに冷凍庫から真っ白に霜の降りたグラスを出して自分の席の前に置く。僕は僕でポテトサラダをトーストに挟み、お皿に載せて居間に持っていく。
二人して居間のソファの上に並んで座り、消え掛けの暖炉の火を眺めながら、キンキンに冷えたビールとほんわり温いホットミルクとで乾杯する。
香ばしく焼けたトーストを口一杯に頬張る。表面はさくさく、内側はもっちりとしてほのかに甘い。そこにしっとりとしたマッシュポテト、ほっこり人参にしゃきしゃきの胡瓜と玉ねぎ。はわ、しあわせ。
隣ではテフィーが愛らしい口でパンの端を囓り、合間合間にビールグラスを傾けている。ついでにテフィーの上体も傾いて僕の肩にもたれかかってくる。
たまにはこういうのも悪くない、かな。