4.急にチキンカツが食べたくなって、
急にチキンカツが食べたくなって、ヒニア鶏の胸肉を冷凍庫から出してビニール袋ごと氷水に浸けておいた。この氷水解凍法を知ったのは僕がまだネットを見れる環境にいたころだから、主観時間でかれこれ十五、六年も昔のことになる。それでも「氷水で解凍する」という意外性からか生まれ変わりを挟んだ今でもちゃんと覚えている。
ヒニア鶏は火流れ山の山麓部一帯で多く飼われている鶏の一品種だ。
火流れ山は僕の故郷の村の南方にそびえる活火山で、火口からひっきりなしに溶岩を垂れ流しているのでこの名前がある。
この山に宿る大精霊はかつては手の付けられない荒神で、その精霊が宿る山もたびたび大きな噴火を起こしては近隣の村々に甚大な被害を与え、若い娘を生贄として何十人何百人と灼熱の火口に呑み込んできたという恐ろしい山だったのだけれど、何十年か前のこと、この地にふらりと現れた精霊使い、山小鬼のガブリ様がこの大精霊を調伏して、以来、この山の周辺はようやく人が安心して住める場所になったと伝わる。ガブリ様はその偉業に似合わぬ気さくな方で僕も随分とお世話になっている。
そのヒニア鶏だけれど、この世界の鶏の例によってまだまだ品種改良の途上ということもあり、野生の風味が多く残っていて少々癖がある。それでも広い敷地――ときには森の中で放し飼いにもされる――で元気いっぱい育ったヒニア鶏は適度な歯ごたえがあって旨味も強い。慣れるとやみつきになる。
今日出したヒニア鶏は以前テフィーを迎えるのに塔を改築したときに絞めたものだ。要するに生贄の儀式の副産物である。
召喚術ではときに生贄が必要になる。複雑な魔法を使うときは魔法陣を描くのに生き血を使うからだ。生贄として利用するのは鶏が一番多くて次が子羊。この塔を最初に建てたときには召喚物の量も多かったし、さらに複製、成形、それらを組み合わせたりなんだりですっごく面倒だった。馴鹿を二頭も屠ることになった。
ちなみに、生贄にしたものはちゃんとお肉にして食べることにしている。今回の鶏みたいにね。これでも田舎の農家育ちなもんで、鶏の一羽や二羽ぐらいだったら一人で問題なく捌けます。トナカイを解体したときばかりはさすがに大変で、近隣のトナカイ遊牧民のみなさんに手伝ってもらったりしたけれど。
さて話をチキンカツに戻そう。
僕にとってチキンカツと言えば前世で母さんがよく作ってくれた胸肉のカツだ。そしてそれに自家製のタルタルソースをかけたものが僕は大好きだった。とんかつソースで食べるのも好きだったけどね。とんかつソースをかけるなら和辛子も欲しいな。砂糖醤油を煮絡めたのも好きだ。あれはご飯が進む。
まあ、美味しければ何でも好きってことだよ、うん。
とにかく今日はタルタルソースの気分なのだ。
タルタルソースは自家製に限る。こればっかりは出来合いのものじゃ駄目なんである。チューブ入りのタルタルソースなんて論外。あんなねっとりしたタルタルソースじゃせっかくのチキンカツが台無しになってしまう。
あらかじめ作っておいた胡瓜や獅子唐のピクルス――うちでは普段から多めに作っておいてトーストサンドの具などに使っている――をみじん切りにする。フードプロセッサーを使うと簡単だ。さらに玉ねぎとゆで卵をみじん切りにしたものと混ぜ合わせる。そこにマヨネーズを加えて和える。
コツはちょっと緩めに作ること。野菜からの水分が足りないようなときはちょっと牛乳を足したりして伸ばすのがいい。
今日のチキンカツは自前で揚げたけど、スーパーで売ってるお総菜のをグリルで温め直したものも案外悪くない。お袋の味みたいなことを言っておいてなんだけども。まあ、母さんだってチキンカツ自体はスーパーで買ったもので間に合わせることがままあったし、僕も父さんもそれに文句を言ったりはしなかった。
揚げたてでも温め直したものでも、とにかくそういうチキンカツの熱々のところをお皿に並べ、その上からとろとろに緩みきったタルタルソースをお玉で掬ってたっぷりと回しかける。
ああもう我慢できない。これだけでご飯の三、四杯は軽くいけちゃう。
付け合わせはキャベツの千切りがお約束。粉ふき芋や人参の茹でたのを添えるのもいい。
このタルタルソースはチキンカツ以外にもいろんな料理に使う。鳥ももの一枚肉をそのまま唐揚げにしたところにかけてチキン南蛮にしたり、他にも牡蠣フライ、鰺フライ、鱈のフィレのフライ、海老フライに海老カツ……、とにかく何にかけてやっても美味しい。
テフィーもこのソースは大好きで、特に海老カツにかけて食べるのが至高と言って憚らない。普段のテフィーはソースにはあまりこだわりがなくて――というより日本のソースはどれも珍しさが先に立つのかどれが一番とか考えてないっぽい――チキン南蛮のつもりで作ったものに醤油だのとんかつソースだの魚醤だのをかけて食べる罰当たりだけれど、海老カツを食べるときばかりはタルタルソースしか認めない。その白魚のような細指で海老カツを一つ口に運んでは、幸せそうにほっぺを押さえて目を細める。一つ嚥下するごとに本当に幸せそうに溜息をついて「美味しうございます。本当に美味しうございますわ」と繰り返す。
白葡萄酒が欲しうなりました、などと言い出すのが困りものだけど。
晩ご飯をチキンカツにしたときはソースも含めて多めに作っておくと翌朝の楽しみが増える。
バターを塗ったトーストに残り物のチキンカツと千切りキャベツ、さらに冷蔵庫からピクルスやトマトを出して薄切りにして挟み、これまたタルタルソースをたっぷりかけて食べる。かぶりついたパンの反対側からソースが垂れて皿の上に落ちたりするけれど、それも最後にパンの端でさらって食べる。
このときにもテフィーは「わたくし、おびーるを頂きたく思うのですけれど」などと言い出す。
テフィーはお酒が強い、強いんだけれど、だからといっていい歳の女の子が朝酒はないだろう。そりゃテフィーのお兄さんたちも朝から麦酒を煽ったりしてるみたいだけど。ろくに飲めない僕のことも少しは考えて欲しい。
テフィーとお酒の話はまたいずれ機会を改めて語ろうと思う。
チキンカツといえば、僕は親子カツ丼も大好きだ。そしてこればっかりは出来合いのものより、少々下手でも揚げたてのでつくるのが良い。
たっぷりの油で揚げた出来たて熱々のところに包丁を通して適当な大きさに切り分ける。さくり、さくり、まな板の上で小気味のいい音が立つ。もうこの時点で生唾が止まらない。
玉ねぎを甘辛の汁で原形が残るか残らないかぐらいにとろとろと煮込み、そこに先ほどのカツを載せ、さっと煮立ててから卵二つを溶き回して蓋をとじる。白身にうっすらと火が通ったところで丼飯の上にのせる。仕上げに三つ葉を二つ三つ散らす。
テフィー用の分も、カツを一口大に小さく切ってやること以外は僕のものと変わらず作る。このときばかりはいつもの深皿でなく、僕と同じように丼によそってやる。これに木のスプーンを付けて出す。
晩ご飯を親子カツ丼にしたときは、あと他に欲しいものといえば香の物とお味噌汁だけ。それ以外は何も要らないし作らない。
チキンカツが半分ほどになり、山盛りに盛ったご飯が残り三分の一ほどになったところでご飯をお代わりして、新たによそったご飯を丼の底に残った汁と混ぜてカツと一緒に一気に掻き込む。これだけで僕はえもいわれぬ心持ちになってしまう。