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11.夏のはじめほど村の子供たちが浮き立つ季節はない。

 夏のはじめほど村の子供たちが浮き立つ季節はない。

 何か面白い遊びでもあるのかって? いやいやそんなんじゃない。というか、この頃は秋まき小麦の収穫やら林檎畑の花摘みやらを手伝わされるので遊ぶ暇なんかない。こっちの世界では七、八歳にもなればいっぱしの労働力として扱われるのが当たり前で、僕も七歳になって初めての夏にはいろいろ扱き使われたのを覚えている。

 僕の場合は八歳で術師の才に目覚めて以後は勉学を優先することになったのでそういう労働からは早々に解放されたけれども、お師匠様から課される日々の宿題のことを思えば、畑のお手伝いとどっちが楽だったかちょっと判断に迷うところもないではない。


 ともあれ初夏、村の周りを囲む森の木々が枝先に若葉を茂らせ、その青々とした枝葉の間を青嵐が吹き渡る頃、森の奥に住まう泉の女精(にょしょう)たちが村を訪れる。彼女たちが僕たち子供の心を浮き立たせる張本人だ。より正確には、彼女たちが「これを子供たちに……」と携えてくる陶壺(アンフォラ)、その中をいっぱいに満たす蜂蜜こそが僕ら子供の心を惑わす真犯人だった。村でまともな甘味を味わおうと思えば、この初夏の蜂蜜のあとは秋に林檎が生るまで待たなければいけない。


 彼女たちがしているものを「養蜂」と呼んで良いものなのかどうかはちょっと判断に迷う。

 女精たちの住まう泉から少し行ったところに蜂の巣があるというので、村の悪ガキ一同連れだって見せてもらいに行ったことがある。案内された先に屹立していた(なら)の巨木、その一番太い枝の根元あたりに件の蜂の巣はあった。

 その楢の木も、そこから垂れ下っている蜂の巣も僕らの想像を絶して巨大だった。楢の木の幹は根元の太さで直径三、四メートルばかり。件の蜂の巣は木の根元近くの一番太い枝から垂れ下がっていて、厚さこそ枝の太さに合わせて四、五十センチほどだったけれど、横幅は一メートル半から二メートルばかり、高さに至っては三メートルを優に超えていた。僕らは呆然としてその巣を見上げるほかなかった。女精たちが毎年僕らに分けてくれる蜂蜜はこの巨大な巣から「分けてもらっている」ものなのだそうだ。

 聞きかじりの近代養蜂の知識なんかまるで通用しそうにない。可動式巣枠? 遠心分離器? そんなんじゃとても追っつかない。そもそも養蜂用の覆面布なんて持ってなさそうなのに、どうやって刺されもせずに蜂蜜を採ってるのかすら分からない。

「だから『採る』のではないの。蜜蜂たちにお願いして分けてもらうのよ」

 僕の疑問に対してニフナス様(テフィーのお祖母さん)がこう答えてころころと笑う。それにしてもニフナス様のこの言いようときたら、まるでどこぞの漫画に出てくる「森の人」みたいだな、なんて思った。


 女精さまたちは前年のうちに仕込んだ蜂蜜酒(ミード)も一緒におすそ分けしてくれる。使ってる蜂蜜の量で比べたら子供向けのよりもささやかな量だけど、こちらはこちらで村の大人たちが心待ちにしている逸品だ。丸二年かけてしっかりと熟成させた蜂蜜酒はきりっとした辛口ながら口当たりはまろやか、香りも甘くて飲みやすい。

 十二の夏に少しだけ飲ませてもらった蜂蜜酒は、前世と合わせて二十七年間抱いていた「お酒=美味しくない」の等式にひびを入れてくれた。あ、お酒といえばサリススン郷名産の林檎酒(シードル)も嫌いじゃないです、はい。




 秋まき麦の収穫が終わり、森から蜂蜜が届くと村は一斉に初夏の収穫祭に入る。

 具体的にはパンを焼く。


 収穫したばかりの麦を丸ごと挽いて粉にし、そこに六対四ばかりの割合で水を注いで捏ねる。この水にはあらかじめ少々の蜂蜜と、林檎酒を醸す過程でできた澱とが加えられている。こうしてひとしきり捏ねたものをしばらく寝かせておくとやがてふっくらと膨らむ。この膨らんだところを円形に伸ばし、ダロリー様のお屋敷に持ち込み、パン焼き窯をお借りして焼き上げる。

 しばらくして焼き上がったそれは丸いナンというか、具なしで焼いたアメリカンピザというか、そんなようなものになる。これにバターと蜂蜜を塗って食べるんだけど、さんざっぱら待たされてようやく口にするこの蜂蜜パンの甘いことといったらね……、もうね……。


 そんなわけで僕が子供の頃に甘いものを食べた記憶はそう多くない。

 召喚術が使えるようになったあとはチョコレートとかアイスクリームとか、その気になればとにかくいろいろ食べられるようになったけれど、両親からは僕の兄弟姉妹にそれを勧めるのを固く禁じられてしまい、そんな状況で僕だけ甘いものを食べるのはやっぱり気が咎めるわけで、家族に隠れて何度かこっそりとクッキーやらケーキやらを食べたこともあったものの、それは思ったほどには美味しくなくって。いや、美味しいは美味しいんだけど、思ってたのとなんか違う。甘いのを食べてるはずなのに不思議と塩っ気の混じるのがやるせない。

 ああでも、いかにもヘルシーな感じのオレンジシャーベットを突っついてる瑠璃子ちゃんを前に、何の遠慮もなくスーパービッグパフェとか、白玉ダブルクリームあんみつとかを注文するのなら全然平気だ。なんでだろう。状況的には似てるはずなのに不思議だね。

 ともあれ、我慢して我慢して、我慢した末にみんなと一緒に食べた母さん謹製の蜂蜜パンは、隠れて食べた苺大福より何倍も甘くて美味しかった。




 秋の収穫祭は前年に仕込んだ林檎酒の樽を開けるところから始まる。

 初夏の収穫祭の主役が蜂蜜パンだとすれば、秋の収穫祭の主役は林檎だ。少なくとも子供たちにとってはそうだった。いや、久々に食べる燻製じゃない豚肉だってもちろん美味しいよ? 美味しいんだけど、それでもやっぱり甘酸っぱい林檎と比べてどっちが良いかと聞かれたら答えは決まっていた。

 ダロリー様の地下蔵で一年かけて熟成させた新酒を三樽、村の広場に運び込んで、その樽を中心に宴の準備を調える。

 この宴はサリススン郷を構成する三つの集落、すなわち僕が住んでいた始まりの(ガリスト)村の他、川上(オウプキルー)村と川下(ディナキルー)村の住民たちまでが一堂に会して執り行われる盛大なものだ。

 日没に合わせてダロリー様が大地の精霊に捧げる祝詞を唱え、盃一杯分の林檎酒を大地に振り撒く。それからまたもう一杯分の林檎酒を盃に受け、乾杯の音頭をとる。

 子供たちにはその年に収穫した林檎でつくった搾りたてのジュースが用意される。


 秋に収穫した林檎の一部はそのまま切り分けて生で食べる。いささか酸味が強すぎな気もするけど十分美味しい。残りの林檎の一部は秋口に改めて森の女精が分けてくれる蜂蜜と一緒に煮込んでジャムにする。こちらは強めの酸味が程よいアクセントになっていてかなり美味しい。鉄板の上で焼いた極薄のパンにこれを塗って、水切りヨーグルトを巻いて食べると最高。スーレシア市の屋台でも似たようなのが売られてるけど、個人的には村のジャムでつくったものの方が好みだ。

 そのまた残り、というか生った林檎の大半はお酒になる。お酒用の林檎は木に生っているのを収穫するのではなく、自然に落果するまで待ったものを使う。こうした方が糖度が増すらしい。林檎の糖度は醸したあとのアルコール度数に直結するわけで、村の酒飲みたちにとっては重大な問題だ。




 三年ぶりにサリススン郷へと帰る途上、愛用の空飛ぶ杖にまたがって眼下に広がる森を見下ろしながら、僕はそんな子供時代のことを思い出していた。テフィーと会うのも三年ぶりだ。元気にしているだろうか。三年前にちょっとした事件に巻き込まれ、以来、瑠璃子ちゃんや歌穂ちゃんともずっと離れていた。

 風除け符でもって和らげられた九月の風が頬を撫でる。長衣(ローブ)の裾がその風に乗ってふんわりとたなびく。昼下がりの日差しにはまだ夏の名残があるけれど、澄んだ空気に秋の気配が感じられる。村のリンゴもそろそろ青リンゴぐらいにはなってる頃かなぁ。

 ノクターンで連載していた本編も完結しましたし、こっちの方もここいらで一区切りということにさせていただこうかと思います。ご愛読ありがとうございました。

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