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1.テフィーは箸が使えない。

 ノクタ作品の番外編ということで、いちおうは本編未読の方にも楽しんでいただけるように書いたつもりではありますが、「こんなんで分かるかーっ」ってなってたらごめんなさい。精進します。

 テフィーは箸が使えない。というか基本的に食器(カトラリー)のたぐいを使わない。せいぜいスープやシチューを飲むのに木のスプーンを使うぐらいだ。つい最近になって麺類をフォークに絡めて食べることを覚えた。


 テフィーはあだ名で本当の名前はテフィリズ・ターシュタリア。これだけでも十分に長いんだけれど、正式な名乗りとなればこれがさらに長くなって「テフィリズ・ターシュタリア・フィ・スー・ダロリー・エーダ・グ・サリススン」という具合になる。日本語に訳すなら、サリススン郷の主ダロリー卿を父とするテフィリズ・ターシュタリア、ぐらいの意味だ。

 毛先に向かって銀から桃色にグラデーションしていく長くて艶やかな髪。染み一つない白い肌。気の強そうな鳶色の瞳。母方の祖母に泉の女精(にょしょう)の血を引いているという、わずかに尖った耳先が長い銀桃の髪から覗いている。普段は僕が用意したメイド服――濃い紺色で裾丈が短めの――を愛用している。ガーターベルトとかニーソとかそういうのもよく似合う。


 彼女は僕が住んでた村の領主令嬢で、さらに僕の幼馴染みで、加えて今は僕の召使い(メイド)で、その……、恋人だ(正確には恋人の一人、だ)。ドジを踏んで人狩りに捕まったテフィーを、魔法使い――召喚転移術師――でお金持ちな僕こと“赤とんぼの”ヴィローハザが買い取って、以来、極北の地に建てたこの塔の中で一緒に暮らしてる。

 この塔は僕が魔法でもって建てた自慢の塔だ。電気ガス水道完備で温泉まで湧いてる。神代の竜の髄が溶けだした温泉は美容にも健康にも効果抜群でございます。


 ここで僕のことも少し書いておかないとかな。僕はかつては長峰(ながみね)洋太(ようた)って名前の日本人だった。中三の冬にしょうもない事故で死んで、異世界に生まれ変わって十五年(もうすぐ十六年になる)、気が付いたら金髪緑眼の少年魔法使いになっていた次第。

 死んだときのことなんて聞いたってつまらないよ。第一かっこわるいからあんまり話したくない。だからいいよね。こっちの世界に生まれてからのことはおいおい話そうかと思うけれど。




 話をテフィーのことに戻そう。

 箸を使えず、麺類を食べるとき以外はフォークも使わないテフィーだけど、だったら普段はどうやってご飯を食べているのかと言えば、当然、手を使って食べているのである。

 薄くそぎ切りにした牛の炙り肉(ローストビーフ)を優雅に指先で摘んで口に運び(ちなみに肉を切り分けるのは一家の長、つまり今は僕の仕事)、野菜サラダも同じように指で摘んで楚々と食べる。

 子供の頃から厳しく躾られてきたと言うだけあって、手づかみといってもその仕草はあくまでも上品、粗野な感じは微塵もない。使う指はといえば親指と人差し指、中指の三本のみで、さらに当人の曰く、「汚すのは指先だけ」。


 その食事風景が具体的にどんなものかといえば、たとえばこんな感じになるのでございます。




 今日は朝から大荒れ天気。ブリザードのごーごー鳴る音が窓の三重ガラスを通して台所いっぱいに重く響く。さすが北極圏、夏だからって容赦ない。このところは基本的に穏やかな天気が続いていたんだけれど、吹雪くときはやっぱり吹雪くもんらしい。

 できるだけ明るい印象になるよう調えたナチュラル木目の内装もこういう天気の日には寂しげに感じる。外からの陽光が恋しい。電球の明かりだけではどうしても限界がある。柔らかなはずの木の床板も今日みたいな朝にはちょっぴり冷たく感じる。


 そんな吹雪の音をBGMに、僕は赤錆色の長衣(ローブ)の袖を捲り上げ、炊飯器から一杯分のご飯をお碗に取った。それに軽く塩をふってラップの上で小分けにし、小さめの三角おにぎりを一つ二つと握っていく。お弁当用じゃないよ。テフィーの朝御飯用のおにぎりだ。こんな朝が当たり前になってもう一ヶ月ほどになる。


 おにぎりができた頃合いに、テフィーが僕用のご飯茶碗――大振りの茶漬け碗だ――にご飯をよそう。僕はそれを横目にお(つゆ)の小鍋を火から下ろし、味噌を溶き入れる。今朝は僕の好きななめこと豆腐のお味噌汁。

 作り置きの卯の花炒りを器にとってレンジにかける。ほうれん草のおひたしを小皿に載せて削り節をふりかける。


 ここでコンロの下のグリルを開ける。中では塩鮭の切り身が二切れ、焼き網の上でしゅわしゅわと音を立てている。その焼きたての塩鮭の一切れをグリルから取ってまな板の上に移す。よく切れる包丁でこれを一口大にカットしていく。切り分けた塩鮭を長方皿に並べ、その脇に大葉を敷いておろした大根を載せてやる。最後に櫛切りのカボスを添えてテフィーの分は出来上がり。


 僕の分は塩鮭一切れを丸ごと長方皿に載せる。同じように大葉を敷いてその上に大根おろしをどっさり載せちゃう。もちろんカボスも忘れずに。

 これにて一汁三菜、和食な朝ご飯の出来上がり。


 テフィー用の指洗鉢(フィンガーボウル)には普段ならレモンを浮かべておくところだけれど、この日はメニューに合わせてカボスの薄切りを浮かべてみた。




「熱っ」

 テフィーが皿の上の焼き鮭を前に小さく悲鳴を上げる。焼きたての鮭を指で摘むのに悪戦苦闘している様子だ。テフィーはいつだって僕の焼く魚が熱すぎだと文句を言う。でもね、その熱いところが美味しいんだよ?

 だいたい、いつまでも箸の使い方を覚えないテフィーが悪いんだ。僕がそう言うと、テフィーはテフィーで、

「あんな手品みたいな芸当、真似をしろと言われても無理というものですわ」

 と言い返してくる。


 だったらフォークを使えばいいと思うんだけどな。テフィー用のもちゃんと用意してあるんだし。

 でもそれに対してもテフィーなりの言い分があるようだった。

麺条(スパゲティ)を食べるときは便利ですけれど、お魚を食べるのに使うとなると例の先の尖ったものになるのでしょう? あんなものを口に含むなどごめんですわ。おお怖い。寒気がいたします」

 スパゲッティを食べるのに使うフォークは麺を絡めればいいだけだから先を潰したものを使っているけれど、肉や魚を食べるとなるとそうもいかない。テフィーが抱いてる嫌悪感を僕らの感覚に置き換えれば、それはきっと、果物ナイフでご飯を食べろと言われたときに抱くそれと同じようなものなのだろう。


「そうですわ、わたくし良いことを思いつきました。ヴィロがそのおハシでもって熱々の魚とやらをわたくしに食べさせてくださいまし。それがようございますわ」

 はぁ、なにそれどういう理屈? って思ったけれどテフィーは本気のようだ。あーんっとばかりに口を開き、あまつさえ「せっかくの焼きたてが冷めてしまいますわ」などと急かしてくる。

 やれやれ。溜息を一つついて、箸先で鮭の切り身を摘んでテフィーの口に放り込む。小振りな口がその切り身をゆっくり噛みしめて、やがて満足そうに飲み下す。


「んふふ、これは確かに美味しうございますわね。ヴィロ、もう一口お願いできまして?」


 ああもう、本当にもう一口だけだよ? そう念を押してテフィーに食べさせてやる。

 まったくもう、テフィーと一緒に暮らすようになってからは日本食を食べるのも一苦労だよ。




 そんな幸せそうなテフィーを横目に、僕は僕で箸先でほぐした鮭を摘み、大根おろしごとご飯の上に載せる。箸を持ち上げたその先でご飯粒がつんと立つ。湯気がほんわり立ち上る。甘い香りが鼻先をくすぐる。それらをまとめて口に含む。香ばしい焼き鮭、醤油、それからおろし大根に白いご飯、これらが渾然一体となって口腔を満たす。飲み込む。ここでなめこ汁をずずっと啜り込む。

 はぁ。溜息が一つ漏れる。


 ああ、よくぞ日本に生まれけり。


 口の中にするりと入ってきたなめこを一噛み二噛みして飲み下す。なめらかななめこと柔らかな豆腐が喉をするすると滑り落ちていくのが気持ち良い。ここでまた一度、ほぉっと溜息がこぼれる。口の中にお味噌の余韻が残る。

 なめこもお豆腐も、もちろんお味噌も、そこらのスーパーにあるような普通のものばかり。でもそれでいいんだ。いつものお味噌汁に特別な食材なんていらない。


 テフィーが桜色の可愛らしい口で小振りのおにぎりをようよう二つ食べ終えるまでの()に、僕は二度お代わりをした。焼き鮭の半分でご飯を一膳平らげ、なめこ汁を啜りながらもう一膳。合間におからやおひたしをつつきながら、焼き鮭の残り半分で三杯目をやっつけた。それでお釜の中はすっからかん。もう少し食べたいような気もしたけれど、ここは腹八分目(・・・・)ってことにしておこう。


 MPと書いて満腹度(マンプク・ポイント)と読む。術師ってのはとかくお腹が空くものなんです。

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