兄は、妹が大好きなだけなんです。
12/10/6 修正しました。
「見て! おにいちゃんの高校に通えるよう!」
2月。
久しぶりに実家のドアを開けるなり、10歳下の妹が笑顔でふわふわと腕にまとわりついてくる。
手には高校の合格通知。俺が10年前に受け取ったそれと、同じ内容のものである。
妹は、模試で何度もC判定を貰いながらも、俺の母校にどうしても行きたいんだと言って、単願で受験した。幼いころに見ていた、俺の制服姿に憧れてのことだそうだ。
10年前は決して難関ではなかったのだが、少子化に伴って高校も淘汰されていく中で、近年では珍しく倍率が高くなっているらしい。さらに、俺がいうのもなんだが、妹の頭が人並以下ということも心配要素のひとつだった。故に、合格は難しいのではないか。下手をしたら、高校浪人か。言葉にこそしないが、俺が大学進学のために上京し、父が亡くなってから女手一つで育てている母は、気が気でなかっただろう。
それに、いくら受験のためとはいえ、成長期に徹夜で問題集と格闘していると伝え聞く妹の姿は、健気であり、危なっかしさを孕んでいた。
様々な気持ちが入り混じり、なんと言っていいかわからない。おめでとう? お疲れさま? ありがとう…… は、思い上がりか。高校に進学したら、男が放っておかないだろうな。あの高校は、女子の倍以上の男子がいるんだ。客観的にみても、妹は本当に可愛い。よくよく見ると、以前よりずっと顔だちもスタイルも女らしくなって……
うまく返せないでいると、妹がふくれる。
「もっと喜んでよー」
妹よ、目頭を見てみろ。兄はお前が思っている以上に、喜んでいるんだぞ。
「ご褒美はなにがいいかなあ」
リビングで一息ついた頃には、さっそくおねだりの算段をつけている様子である。
「高いものは買えないぞ」
「じゃあ、遊園地! 二人で行くの、初めてだよね」
危うく紅茶をこぼしそうになる。なんだそれは。どっちに対するご褒美だ?
「それとも温泉にでも泊まっちゃう?」
隣に座った妹が、からかうように顔を覗き込んでくる。シャンプーだろうか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。おい、他の男にそんなことするなよ。
「おにいちゃん」
どこかで声がしたような気がした。
一人暮らしをしているワンルームの自宅で、目が覚める。朝だ。枕もとを弄り、目覚まし時計を掴む。時刻は午前8:00。
再び意識が飛びそうになったとき、携帯電話が着信した。
『おにいちゃん!!』
出てみると、聞いたことのないような妹の泣き声が聞こえる。
『どうしようどうしよう』
「どうしたんだよ、落ち着いて話せって」
『お母さんが、振り込め詐欺に遭っちゃったの!』
「ウソだろ? いつ?」
『先週! わたしの入学金の支払いは今日なのに、騙されて払っちゃったんだって……』
「いくら?」
『100万円』
「なんだよそれ!」
『ねえ、おにいちゃんどうしよう! うちにはもうお金ないし、お母さんは寝込んじゃったし、わたし、高校に行けなくなっちゃう』
「わかった、待ってろ」
すぐさま上司に電話を入れる。
「朝早くからすみません、今日半休ください! 妹の進路がかかっているんです!」
必死だった。遊園地も温泉旅行も棒に振ることになってしまったが、仕方ない。妹のため、家族のためだ。
準備を整え、銀行の開業を待つ。
いよいよ9:00。のろのろと開くシャッターが、じれったい。
窓口で受け取った金を、妹から教えられた口座へ、ATMですぐに振り込む。手続きは無事にすべて終わった。よかった。これで、春には妹の可愛い制服姿が見られる。
荷物を取りに、一度帰ろう。そう思い、自宅玄関のドアを開ける。
「おにいちゃん」
部屋の中から、妹の声がした。うちに来ているのか?
「おにいちゃん」
喋っているのは、目覚まし時計だった。慌てていたので、スヌーズを切り忘れていたらしい。
「おにい……」
スイッチを切った途端、異様な静けさを感じる。
その時、携帯電話が振動し、着信を知らせた。
「もしもし!」
『ああ、金子くん。用事は済んだ?』
「課長……」
『あのさあ、ちょっと気になったんだけどね。キミ、妹いたっけ?』
思い出した。俺に、妹はいない。
すべて夢だった。どこから? どこまで?
左手に握りしめていた振り込みの明細書が、はらりと虚しく落ちる。
呆然と立ち尽くす俺の背後で、国民的妹と名高いアニメキャラクターの等身大ポスターが、微笑んでいた。
稚拙掌編をお読みいただき、ありがとうございました。
夢落ちなのが心苦しい部分ではありますが、振り込め詐欺詐欺を書いてみたいと思い立ち、作品にしました。
あまり書いたことのないタイプのお話です。
読みづらい点、伝わりづらい点もあったかも知れません。
ご指摘、ご感想がありましたら、今後の参考とさせていただきますので、ぜひ教えてください。
どうぞ、よろしくお願いします。