――死に生を。
司祭が憎々しげに再び杖を掲げる。
周囲の骨盾が回転し、床から新しい魔法陣が浮かび上がる。
追加召喚か、呪詛の重ねがけか。
どちらにせよ、好きにさせるわけにはいかない。
「ネネ!」
「はいはーい!」
俺が呼ぶより早く、ネネは動いていた。
分身が左右へ散り、本体が天井近くの骨燭台を蹴って跳ぶ。
獣人のしなやかな身体が青白い炎の間を抜け、短剣が三本、同時に投げられる。
一つは骨盾へ。
一つは司祭の杖へ。
最後の一つは、床の魔法陣の中心へ。
骨盾が一本目を弾く。
司祭が杖をわずかに引いて二本目を避ける。
だが、三本目が魔法陣へ刺さった瞬間、ネネの短剣から光の糸が広がり、魔法陣の線を乱した。
「ミーナちゃん、今!」
「焼きます!」
ミーナの詠唱は、ほとんど一息だった。
炎が圧縮され、赤から白へ近づき、空気が悲鳴みたいに震える。
彼女は俺の肩越しに狙いを定め、魔法陣ごと司祭の足元へ火球を叩き込んだ。
激しい爆発が起きた。轟音が礼拝堂に響き渡る。
骨燭台の炎が一斉に揺れ、熱風が礼拝堂の冷気を押し返す。
俺の髪が舞い、シスター服の裾がはためく。
焼けた骨と魔力の匂いが広がり、司祭の法衣の裾が焦げた。
初めて、ボスのHPバーが目に見えて削れる。
ほんの少しだ。微々たるダメージに過ぎない。
だが、削れた。
「通った!」
ネネが嬉しそうに声を上げる。
「ミーナの魔法は入る!」
俺は口元を吊り上げた。
レベル差はあっても、完全に無敵ではない。
俺はHPの継続減少を感じながら、前へ出た。
エルーサの光が足場を浄化し、ベルナデッタが前を切り開き、トビートミーとゴブリンたちが雑魚の視線を散らす。
ミーナの炎が魔法陣を焼き、ネネの短剣が術式を乱す。
そして俺は、全部の攻撃を受ける。時間切れがあるとしたらこの場合珍しく俺のHPが無くなるときだけ。
「司祭」
俺は重い空気の中で笑った。HPは削られている。
身体は痛い。
呪詛の黒い針が胸の奥に残っている。
それでも、声は震えなかった。
「あなたの祈り、なかなかしつこいじゃない」
けど……徐々に回復のペースが上がってきている。
エルーサの”信仰”が勝ってきている。
司祭の頭蓋の光が、すっと細くなった。
返事の代わりに、杖が床を叩く。
今度は、礼拝堂の奥にある壊れた祭壇が黒く光った。
そこに積まれていた骨が、ぎしぎしと組み上がっていく。
大きい。見上げるほどの巨体だ。
普通のスケルトンではない。
人骨、獣骨、異形の骨が混ざり合い、四本腕の巨体になって立ち上がる。
ベルナデッタが舌打ちするように息を吐いた。
「大型、来ます」
「リエラさん、HP七割。呪詛継続中です」
「まだいける!」
俺は叫び、誘惑を再発動した。
大型スケルトンの空洞の目が、俺を向く。
そして戦車を思わせるスピードでこちらへ突進してくる。
四本の腕が、それぞれ違う武器を握る。
斧、槍、剣、鎚。
全部こちらへ振り下ろされる。
俺は、足を開き、尻尾を床へ打ちつけ、スライムボディで全身の衝撃を逃がす準備をした。
「来なさい」
骨の巨腕が落ちる。
凄まじい轟音が響き渡る。耳をつんざくような音だ。
石床がひび割れ、衝撃が足裏から背骨へ突き抜ける。
痛い。骨の髄まで響くような痛みだ。
久しぶりにスライムボディを貫通するダメージをもらった。
だが、倒れない。俺は笑った。
「……その程度?」
ロールプレイの声が、勝手に出た。
ミーナが後ろで小さく息を呑む気配がした。
ネネが「うわ、今の顔いい」と呟いた。
……どんな顔してるんだ……?
でも、今はそれはいい。
俺は大型スケルトンの腕に尻尾を絡め、踏ん張り、ベルナデッタへ叫んだ。
「今!」
「承知! 『一閃』!」
ベルナデッタの大剣が、赤い線を描いた。
大型スケルトンの肘関節が砕け、一本の腕が落ちる。
続いてミーナの炎が肩口を焼き、ネネの短剣が膝関節へ刺さり、大型スケルトンが崩れる。
その向こうで、司祭が再び呪詛を唱えようとしていた。
エルーサの光が足元の黒い靄をかなり打ち消し、俺の身体はもう動く。
HPは六割。
リジェネが戻しているが、割合ダメージはまだ続いている。
もう少し時間はかけられるけど、できれば掛けたくない。
なんかシャワー浴びたいから……っ!
なら、こちらから距離を詰めるしかない。
「ミーナ、司祭の骨盾を一枚削って!」
「はい!」
「ネネ、杖!」
「りょーかい!」
「トビー、蟲!」
「あいさー!」
「ベルナデッタ、正面!」
「御意!」
「エルーサ、足場維持!」
「はい……!」
指示が自然に出た。
魔王軍っぽい。
いや、今だけは胸を張っていい。
俺は仲間と眷属を使って、レベル105の中ボスを崩しにかかっているのだから。
ミーナの火球が骨盾を焼く。
ネネの短剣が杖の持ち手を狙う。
ベルナデッタが正面から大剣を叩きつける。
司祭の防御が一瞬だけ三方向へ割れた。
その隙間。
俺は床を蹴った。
スライムボディで身体を低く伸ばし、尻尾を槍のように前へ突き出す。
司祭の紫の目が、俺を見る。
骸骨の顎がかたかたと動き、何かを唱えようとした。
だが、間に合わない。
「捕まえた」
尻尾が司祭の胴を絡めた。
冷たい。氷のように冷え切っている。
骨と法衣と、乾いた魔力の塊。
味は絶対にまずい。
いや、味という概念があるかどうかもわからない。
だが、こいつは中ボスだ。
闇の司祭リッチ《ネクロマンサー》
戦争前に喰えるなら、喰う価値がある。
司祭の身体から黒い呪詛が噴き出し、俺の尻尾を焼くように絡みつく。
HPがさらに削れる。
エルーサの光が俺の足元まで届き、呪詛の一部を押し返す。
ミーナが叫ぶ。
「リエラさん、長引かせないでください!」
「わかってる!」
俺は歯を食いしばり、軽めの掌底を連打する、円環が乗ったのを確認すると、サブミッションで首を一気に狙う。
あまりにも軽い。
相手をつかんだ時のヒヤッとした感触に一瞬ひるむが、全体重を乗せるとあっさりとその体は湾曲した。
さらに、魔王軍の総攻撃によりリッチのHPバーも見る見る削れた。
--捕食圏内。
尻尾がむくむくむくっと膨れ上がり、その先にある花が開いた。
黒い花弁のように裂けた尾が、司祭を包み込む。
紫の光が内側から抵抗し、骨の杖が床を叩き、周囲のアンデッドたちが一斉にこちらへ向かう。
だが、ベルナデッタが立ち塞がり、ネネが分身と手数で徐々に体力を奪い、司祭の補助に入ろうとするアンデットたちをミーナの炎が焼いた。
トビートミーがなぜか司祭の足元に転がってきて、親指を立てる。
「リエラ様ァ、いっちまってくだせぇ!」
「言い方!」
俺は叫び、尻尾に力を込めた。
捕食を発動する。一気に飲み込んでやった。
司祭の身体が、光と影にほどけた。
ーー瞬間、俺の中へ、冷たい祈りが流れ込んでくる。
骨の上に積まれた祈り。
死者を眠らせるためではなく、死者を立たせ続けるための祈り。
誰かの、枢機卿の……?
祈りは地下へ沈む。冠は骨の上に置かれていた。
そして、「■■■ー■■■■……我らが……■■王■■」ノイズ。
ざざ、と視界の奥が乱れる。
一体彼らは何にそんなに祈っているのか。
ノイズの中、司祭と目があった気がした。
――祈りを……死に生を。
そこで、言葉が砕けた。ログが走る。
《司祭リッチ《ネクロマンサー》を捕食しました》
《MP+80、INT+24》
《死霊術・初級》を取得しました。
俺はその場で膝をついた。
戦闘終了の静けさが、地下礼拝堂に落ちる。
青白い炎が小さく揺れ、残っていたアンデッドたちが糸を切られたように崩れていく。
呪詛の継続ダメージが消え、戦場の聖女の回復がじわじわとHPを戻していく。
ミーナが駆け寄ってくる音がした。
「リエラさん!」
「大丈夫……たぶん」
俺は息を吐き、顔を上げた。
ネネが少し離れた場所で、珍しく真面目な顔をしてこちらを見ている。
エルーサは悲しそうに祭壇を見つめ、ベルナデッタは大剣を下ろしたまま、静かに周囲を警戒していた。
俺の中には、まだ司祭の記憶の冷たさが残っている。
これは、ただのレベリング。
これは、ただの中ボス攻略。
俺は震える指でログを確認し、乾いた笑いを漏らした。
「……ミーナ」
「はい」
「死霊術、入った」
ミーナの目が、一瞬だけ輝いた。
ネネが口元を押さえ、笑いをこらえる。
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リエラ Lv58
HP:3405
MP:785
STR:222
VIT:1628
AGI:493
DEX:150
INT:268
新規獲得 死霊術・初級
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「リエラちゃん、魔王っぽさ、さらに増したねぇ」
「嬉しくないとは言わないけど、喜び方がわからないわ」
俺は立ち上がり、尻尾をゆっくり揺らした。
5日後のクラン戦争まで、やれることはある。
俺は壊れた祭壇を見つめながら、胸の奥に残る冷たい祈りを飲み込んだ。




