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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
TALE-TELLER始動編

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メイクアップ!

 本番前のヘアメイクが入る関係で、俺たちの現場への入り時間は驚くほど早かった。


 まだ朝の冷たい空気が街全体をすっぽりと包み込んでいる静かな時間帯に、俺とミーナは必要な荷物をキャリーケースへ詰め込み、すっぴんにマスクというなんとも芸能人っぽい格好で迎えのタクシーへ乗り込んでいた。

 いや、芸能人っぽい格好ってなんだよと、自分で自分に呆れたようなツッコミを心の中で入れてしまう。


 ほんの数ヶ月前まで、休日も返上して、自分の足で歩いて、営業先や上司にぺこぺこ頭下げて有給を夢見てただけの会社員だったはずなんだけどな。


 なのに今の俺は、タクシーのふかふかした後部座席に深く腰を沈め、“事務所設立記者会見”という人生の一大イベントへ向かっているのだ。


 ある日突然性別が変わると、自分の人生というものも激変するものだ、と今更ながらに恐ろしくなってくる。

 窓の外には、まだ完全に目を覚ましていない朝の東京の景色がパノラマのように広がっていた。


 眠そうな顔をして足早に歩く通勤途中の人々、規則正しく点滅を繰り返す信号機、そして天高くそびえ立つ無機質なビル群。


「大丈夫ですよ、みんなが付いてますから」

「……ふふ、そうね」


 そんな都会的な景色が変わっていく人生のように色鮮やかに移ろっていく。


◇◇◇


 タクシーが目的地である会場の正面エントランスへ到着すると、そこには先に来ていたネネが待っており、無事に合流を果たした。


「おはよ〜、二人とも朝早くからお疲れ様!」


 ネネはまだ眠気の残る時間帯にもかかわらず、いつも通りの元気な声で挨拶をしてくる。

 彼女は既に半分くらい仕上がっている状態に見えるが多分すっぴんだ。

 その証拠に帽子に大きなサングラスだった。


 なのに、その厳重な変装越しからでも隠しきれない、トップインフルエンサーとしての圧倒的な“オーラ”みたいなものが全身から溢れ出ているのだ。

 ただ立っているだけで通行人の視線を惹きつけてしまうのだから、本当にすごいなこの人はと感心してしまう。

 そして、そのまま俺たち三人で肩を並べ、渋谷の少し外れた一等地にそびえ立つ近代的なIT系企業のビルへと足を踏み入れていく。

 自動ドアの先にある受付は全面ガラス張りで構成されており、清潔感のある白を基調とした空間に、強固なセキュリティゲートが整然と並んでいた。

 なんか、俺が知っている一般的な雑居ビルとは次元が違い、めちゃくちゃ“ちゃんとしてる”大企業のオフィスという雰囲気が漂っている。


「うわぁ……」


 俺はその場違いなほどの豪華さに圧倒され、思わずきょろきょろと周囲を見回してしまった。


「なんか、ドラマで見るテレビ局みたいで緊張感あるわね」


 正直な感想を漏らすと、


「まぁ、これからやることはそれに近い規模の発表ですからね!」


 ミーナは今朝のふにゃふにゃなど微塵も感じさせない様子でピシッと答えた。

 そのまま受付で手続きを済ませて専用のセキュリティカードを発行してもらい、静かに滑るように動くエレベーターへ乗り込む。

 高層階へ向かってぐんぐんと上っていき、目的のフロアへ到着すると、本番を行う広い会見部屋のすぐ隣にある専用の控室へと丁寧に案内された。


「では、こちらのお部屋で早速ヘアメイク入りまーす」


 担当のスタッフが明るい声を張り上げた。

 その瞬間、単なる待機部屋だった控室の空気が、一気にプロの仕事が行われる“現場”のそれへと切り替わる。

 せわしなく動き回る複数のスタッフ、所狭しと運び込まれる撮影用の機材、念入りに行われる照明の角度確認、そして進行状況を映し出すモニター。


 その目まぐるしく忙しない動きを見ているだけで、俺の心拍数は嫌でも上がっていく。


 そして、用意された立派な鏡の前に案内され、俺とネネ、それぞれの席に専属のメイク担当が一人ずつついた。


「今日一日、よろしくお願いしまーす」


 ネネはこういう場に完全に慣れきっている様子で挨拶を交わす。

 すっと背筋を伸ばして専用の椅子へ座るその所作は美しく、鏡の前に立った時の堂々とした姿勢まで、全部が計算されているかのように自然だった。

 流石はミリオンインフルエンサーだと、その振る舞いに見惚れてしまう。


「リエラさんの仕上げイメージは塩見社長から聞いている感じでいいんですよね?」


 俺の担当についたメイクさんがナチュラルな笑顔で聞いてくる。

 塩見社長、あ、えっとミーナか。


「……え、あ、はい」


 俺はその想定外の質問に一瞬だけ思考が止まってしまった。

 

「では、いただいた画像のようにしていきますね〜」


 メイクさんはポケットからスマホを取り出す。

 そして、写真フォルダに保存してあった一枚の鮮明なエタファンのスクショを画面に表示して、机に置いた。

 ――そこに映っているのは、他でもないゲーム内で暴れ回っているアバターのリエラだ。


 光を反射して輝くプラチナブロンドの髪、特徴的なツインテールの髪型、長いまつ毛に覆われた、凛とした釣り目。吸い込まれるように大きな瞳、清純さとは程遠いが、気品を感じさせるシスター服。

 それは完全に、視聴者が知っている“リエラ”そのものだった


「ふむふむ、ラインは……これで、マスカラ、シャドウはこれかな……あー、でもそれはやりながらでいいか」


 メイクさんが魔法使いの道具箱の様な大きなメイクボックスからテキパキと道具を選別していく。


「実際に再現可能なんですか?」


 俺は何となく聞くと、メイクさんがスマホの画面とリアルの俺を交互にせわしなく見つめる。

 彼女の目は真剣そのものであり、プロフェッショナルとしての挑戦心に火がついたような職人の顔になっていた。


「もちろん、むしろベースのお顔が一緒なので余裕ですね! イメージは完全に理解しました。やりましょう」


 メイクさんは力強く頷いた。そこから先の手際は、魔法でも見ているかのようだった。


 髪をクリップで止めて、ベースをペタペタとぬってから、ファンデを乗せて、目の印象を決定づけるアイラインの引き方、つけまつ毛の調整、顔の立体感を際立たせる陰影のグラデーション、そしてシャープな輪郭の形成。

 次々と繰り出されるプロの技術によって、画面の中の“リエラ”が現実世界へと力強く引き寄せられていくのがわかる。

 鏡の中に映る自分の姿が、少しずつ、でも確実に俺が知っているなじみのあるリエラになっていく。雑談配信用に自分でメイクをするようになってはいるものの、本格的なメイクだとなんというか再現性のラインが3段階くらい引きあがっている感じだ。


「…………」


 俺はその変化の過程を黙って見つめ続けていた。

 覚えて帰ったらミーナも喜びそうだ。

 俺はメイクさんと雑談しながら、道具のあれこれを聞くことにした。これはこれでゲーム攻略で面白い話だ。


 そうこうしていると真後ろくらいの位置でメイクしていたネネが視界の端に映る。


 プロのメイクアップアーティストの手によって仕上がった今日のネネは、完全に隙のない“カリスマギャル配信者仕様”だった。

 艶やかに整えられた髪の毛束感、ぱっちりとした瞳をさらに強調する長いまつ毛、シャープで美しいフェイスラインの輪郭、そして透明感のある陶器のような肌。

 なんというか、彼女は普段のすっぴんでも十分に可愛いというのに、そこからプロの技術が加わることでさらに“1.5倍くらい盛れてる”状態に昇華されているのだ。

 いや、盛れてるっていう単純な言葉で片付けるより、ひとつの芸術作品として完成度が高すぎると言った方が正しいだろう。


「うわ、すご……ネネめっちゃ綺麗じゃん」

 

 俺は横目で彼女の変貌ぶりを見て素直に感心する。

 すると、ネネが鏡越しにこちらの視線に気づき、にやっと得意げに笑いかけてきた。


「でしょ〜? 私のポテンシャルとプロの技が合わさったら最強なんだから」


 茶目っ気たっぷりにウインクをする。


「普段のメイクも頑張っているつもりはあるんだけど、こうやってちゃんとプロの人の手が入ると全然見違えるんだよねぇ」


 彼女は嬉しそうに鏡の中の自分を見つめた。


 確かに、エタファンの仮想世界であれば、システムで固定されているからメイク崩れなんて概念は存在しない。

 激しい戦闘をしようが長時間走り回ろうが髪も一切乱れず、自分にかなり近く作成されたアバターはメイク後のビジュを完璧に維持することができる。


「あれ、もしかしてネネがエタファンやってるのって……」

「あ、わかっちゃった? 最初は自分そっくりのアバターが作れるってはじめたんだよね、メイクめんどくさいときとかあっちで配信したら楽じゃん」

「なるほど……」

「んで、ゲーム楽しくてハマっちゃった、あはは」

「そういう入り方もあるのか……」


 またひとつおそるべしエタファン案件が増えてしまった。

 改めて、現実世界はこうして、一本一本の髪を丁寧に整えてくれる人がいて、肌のコンディションに合わせてベースを作ってくれる人がいる。最高の“魅せる”状態を作り上げるために、裏方として必死に支えてくれる人達の存在があるのだ。


 それはデータだけの仮想空間とは違う、なんだかとても温かくて不思議な経験だった。


 そんな風に社会勉強をしていると、着替えを終えたミーナが完全に仕事モードのオーラを纏って控室へ戻ってきた。

 仕立ての良いダークカラーのスーツをパリッと着こなし、普段は下ろしている髪を後ろで綺麗にまとめている。隙のない洗練された姿勢と、感情を読み取らせないキリッとした表情。その全部が、有能で近寄りがたい“敏腕プロデューサー”のそれだった。


 これまで見てきたミーナの中でも新しい顔、というか別人みたいに空気が違う。

 塩見社長って呼ばれてたもんなぁ……。


「ねえミーナ……」


 俺は完成しつつある自分の姿にいよいよ現実が動き出す予感がして、恐る恐る声を上げる。それは今日の作戦についての話でもある。


「はい?何か問題でもありましたか?」


 彼女は冷静に振り返る。


「本当に、これからあの衣装を着て人前に出るの……よね?」


 俺は情けない半泣きの声で確認してしまう。

 するとミーナは、そんな俺の不安を吹き飛ばすように、にこっ、と満面の笑みを浮かべた。


「せっかくこの日のために特注で用意したんですから、自信を持って堂々と着ましょう!」


 と、力強く宣言される。


「ですよね~……」


 彼女の辞書には最初から妥協という文字は存在していないのだ。

 今日行われる新事務所発表の記者会見。

 俺は、この現実世界という舞台で――仮想の存在であるリエラを、寸分の狂いもなく現実に再現するのだ。

 過激で目を惹くシスター風の衣装、さらっさらの天然金髪ツインテール、天然Mカップの爆乳。そして、内面から滲み出る不遜な“リエラ”としての振る舞い。


 この挑戦が吉と出るか、笑いものになり、”狂”と出るか。

 それはもう、俺にはわからず、ただ天高く見守る神のみぞ知る、だ。



『ふふん、心配しなくてもリエラ様に任せておけば大丈夫よ』


 鏡の中から不敵で不遜な声が聞こえた気がした。


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