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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
始まりの街レアルタ編

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決着!巨大カニ『嘆きの石窟』

 巨大蟹『嘆きの石窟』の脚に纏わりつきながら、俺は定期的に関節を取り、角度を変え、折れるというより機能を奪う感覚で一本ずつ動きを止める。


 合間に《誘惑》を差し込んでヘイトの流れがミーナへ向かいすぎないように調整していた。


 水面はすでにめちゃくちゃだった。炎で温められた蒸気が白く立ち上り、巨大蟹の脚が踏み込むたびに膝下ほどの水が跳ね、濡れたシスター服の裾が肌に張りつく感触がやけに生々しい。鼻の奥には焦げた甲殻と湿った岩の匂いがこびりつき、耳にはミーナの魔法が絶え間なく炸裂する音と、ボスの脚が水面を叩く重い音が流れ込んでくる。


 ただ、さすがに四足歩行のクマ系モンスターと比べると、巨大蟹の関節ダメージの通りは悪かった。なるほど、多足多関節にはサブミッションは効果が薄い……と……まだ出てきてないけどムカデ系とか虫系は……おっと今は蟹に集中っ!


「……硬いわね、本当に」


 思わず漏れた呟きは、水音と炎音に紛れた。


 脚の数が多い上に、関節の構造も人型や獣型とは違う。一本くらい折られても「で?」みたいな顔をするな。いや顔は甲殻で分かりにくいけど。


 とはいえ、火力がないのはいつものことだ。


 関節技は、たまたま極めやすい相手に有効なだけであって、俺の本来の役割はあくまでヘイト管理と時間稼ぎ。ならば、ここで無理に削ろうとせず、ミーナが火力を出せる時間を作ることに集中すればいい。


「こっちよ、でっかい蟹さん」


 俺は水面を蹴りながら身を翻し、巨大蟹の目がこちらへ向いているのを確認してから、再び脚の付け根へ潜り込んだ。


 背後では、ミーナが冗談みたいな速度で魔法を撃ち続けていた。


 ファイアーボール。ファイアーアロー。フレアランス……は温存してるみたいで、またファイアーボール。

 

 初級魔法の連打でも音がおかしい。


 ドパパパパッ、と爆竹をまとめて鳴らしたような細かい破裂音が連続し、甲羅に赤い光が走る。詠唱しているはずなのに、ほとんど詠唱が聞こえない。息を吸って吐くくらいの自然さで魔法が発動し、炎が線となり、槍となり、壁となってボスへ叩き込まれていく。


 コメント欄も完全にお祭り状態だった。


 《ミーナ様の連射やば》《マシンガン魔導士》

 《♡♡♡》《炎炎炎》

 《戦場がハートと炎で埋まってる》《リエラ様タンク性能おかしい》


 戦場の中心にはピンクの《誘惑》エフェクトが揺れ、周囲にはミーナの炎が赤々と踊り、コメント欄にはハートマークと炎の絵文字が流れ続ける。誘惑は単体相手には視線固定として機能するみたいだ、使う度にこっちを見てくれるからわかりやすい。


 ボスのHPはミーナの遠慮気味の連打により、少しずつ削れていた(これでも遠慮してるみたいだ)。


 時折、俺は巨大なハサミに吹き飛ばされた。

 盾のようなハサミに横から押し出され、水面を跳ねるように転がり、ぽよんぽよよんと情けない感触を残しながらまた立ち上がる。

 ダメージはほぼない。だが、吹き飛ばされるたびに視界はぐるりと回り、水しぶきが顔にかかり、髪が濡れて頬に張りつくので、精神的には普通に疲れる。


「これ、見た目ほど余裕じゃないのよ……!」


 俺が配信ポットへ向かって言うと、コメント欄に《説得力がない》《ダメージゼロじゃん》《でも忙しそう》《ぽよん助かる》と流れていく。


 かわいいじゃない。こっちは必死だ。たぶん。少なくとも、必死な気持ちはある。


 そして、もう間もなくミーナが言った一分というところで、ボスの挙動が変わった。


 それまで水面を踏みしめながら巨体を支えていた無数の脚が、一斉に力を溜めるように沈み込み、巨大蟹の甲羅全体が低く構えたのだ。水面に波紋が広がり、洞窟の床がわずかに軋むような振動が足裏へ伝わってくる。


「……なに?」


 次の瞬間、ボスが大きく跳ねた。

 その巨体が、空へ浮いた。


 いや、空というほど高い天井ではない。けれど、目の前で巨大な甲羅が持ち上がり、水しぶきと影を撒き散らしながらこちらへ落ちてくる様子は、さながら天井そのものが剥がれて落下してくるような圧迫感だった。


「やばっ」


 分かっている。HPもある。VITもある。スライムボディもある。たぶん、耐えられる。


 けれど、巨大なものに押し潰されるという原始的な恐怖が、理屈を飛び越えて背筋を凍らせる。視界いっぱいに甲羅の裏側が広がり、青白い苔の光が影に呑まれ、湿った空気が一瞬で重くなる。


「リエラ様!」


 ミーナの声が聞こえた。


「ひぃやぁぁああーーっ!」


 俺は悲鳴と共に咄嗟に頭を抱え、しゃがみ込んだ。


 水が跳ねる。影が落ちる。


 そして、巨体が俺を押し潰した。


 ――はずだった。


 瞬間、信じられない感覚が全身を包んだ。


 潰される圧力が、真正面から来る。上から下へ、隙間なく、逃げ場なく、押し込まれる。普通ならそこで終わる。いや、ゲーム的にはダメージ判定が出て、ノックバックなり拘束なりになるのだろう。


 だが、俺の身体は違った。

 軟体にしてスライムボディ。いや逆か。スライムボディにして軟体。


 圧力がかかった瞬間、骨格があるはずの身体が、ぐにゃりと流れるように変形し、押し潰される力を受け止めるのではなく、横へ逃がした。


「え」


 痛みは来なかった。


 代わりに来たのは、妙に間抜けな感触だった。


 ジュルンッ! スポーン!


 そんな、緊張感とは無縁のシュールな音がして、俺の身体はボスの下からあっさりと抜け出した。


 ズザザザザッ、と尻餅をついたような変な姿勢のまま水面を滑っていく。両脚は前へ投げ出され、両手はバランスを取ろうとして宙を掻き、濡れた髪が顔に張りついた。水しぶきが左右に弾け、俺は壁際まで一直線に滑っていった。


 コメント欄が、数秒遅れて壊れた。


 《え?》《抜けたwwww》

 《ローション相撲》《今の挙動、何!?》《潰されたのに出てきた》《名場面きた》《クリップしとく》


 誰が言ったか、ローション相撲。

 やめろ。いや、でも否定しづらい。


 緊張感皆無の珍場面が繰り広げられたその瞬間、ミーナの方から、澄んだ音が聞こえた。


「フレア……」


 パチンッ


「オーバーライド!」


 指を鳴らす音。

 俺は水面に尻餅をついたまま、慌てて顔を上げた。


 だが、もう遅い。


 ミーナの背中から炎のオーラが噴き上がり、深紅の儀礼服がボス部屋の薄暗い光の中で鮮やかに輝く。左手のグローブに描かれた魔法陣が赤く燃え、彼女の周囲の空気が一瞬で乾き、火の輪郭が濃くなった。


「フレアランス……!」


 ボッ、ボッ、と二本の火槍が現れた。

二重詠唱。続けざまに、ミーナは息を継ぐ間もなく詠唱を重ねる。


「フレアランス、フレアランス、フレアランス!」


 効率なんて関係ない。

 MP管理なんて、今だけは投げ捨てている。


 ありったけのMPを費やすつもりの弾幕が、空中に次々と火槍を生み出し、ボスの甲羅へ、脚の付け根へ、ハサミの隙間へと突き刺さっていった。火耐性を貫通した炎が内部で爆ぜ、巨大蟹のHPバーが一気に削れていく。


 《ミーナ様ァァァ!》《全弾フレアランス!?》

 《MP大丈夫!?》《削れてる削れてる!》

 《リエラ様急いで!》


 巨大蟹の身体が、ゆっくりと崩れ始めた。

 まずい。このままでは倒し切ってしまう。

 捕食する前に、粒子化する。


「うおおおお!! 間に合え!」


 俺は尻餅をついた姿勢から、無理やり身体を起こそうとした。


 だが、さっきの滑走で壁際まで弾かれている。水が足にまとわりつき、濡れた服が重く、普通に走れば間に合わない。


 なら、普通じゃない方法で行くしかない。

 俺は壁に両足を押し当てた。


 濡れた岩の感触が足裏に伝わり、苔のぬめりが少し滑る。


 それでも、体捌きが姿勢を補正する。

 脚に力を込める、蹴る。


 身体が弾丸のように水面を滑った。


 ズザザザザザーー!


 おおよそ水泳の蹴伸びのような姿勢から想像できない速度と水飛沫をあげて、ボスへと頭から突っ込んでいく。

 

「ほぉぉしょォォォくぅぅぅ――!!」


 自分でも何を叫んでいるのか分からない声が出た。だが、叫ばずにはいられなかった。尻尾が、俺の背後でぐぱっと開く。


 黒と紫の光を帯びた口が、燃える巨大蟹へ向かって伸びる。


 間に合え。間に合えッッ!まだ粒子化するな。


 ミーナが焼いた最高の蟹だ。食べ損ねるわけにはいかない。尻尾が、燃える甲殻へ食らいついた!


「間に合ったー!」


 俺は水面に膝をつきながら、心の底から安堵した。


 次の瞬間、捕食が始まる。


 ゴリッ、グシャ、ゴシャッ!


 甲殻を噛み砕くような重い咀嚼音が、尻尾を通じて背中へ響いてくる。実際に口で噛んでいるわけではないのに、蟹の殻が割れ、身がほぐれ、火の通った甘い旨みが流れ込んでくる感覚があった。


 うまい。圧倒的に、うまい。


 焦げた甲殻の香ばしさ、白身のようにほぐれる甘み、そこにミーナの火魔法で入った絶妙な熱。これまで食べてきたモンスターの中でも、間違いなく頂点だった。


「……っ、やば」


 俺は両手で頬を押さえた。

 たぶん、今かなりやばい顔をしている自覚があった。


「おいひい……っ!」


 配信ポットが正面に回り込んでいるのも分かる。コメント欄が大騒ぎしているのも分かる。けれど、美味い。止まらない。止められない。


 尻尾が巨大蟹を喰らい尽くしていくたび、ボスの身体はポリゴンの粒子へと変わり、青白い光が水面に散っていった。


 最後の一欠片が粒子になって消えた時、視界にログが流れた。


 《嘆きの石窟の捕食成功》

 《VIT+70 HP+150》

 《嘆きの石窟吸収限界を確認》

 《パッシブスキル:ソウルインザシェルを獲得》

 《ソウルインザシェル:常時VIT+30%》


 《レベルアップ!リエラ Lv50》

 《レベルアップ!ミーナ Lv44》


 俺は、数秒だけ固まった。

 視聴者には見えない。

 このログは、俺だけのものだ。

 だが、今の数値は明らかにやばい。

 ミーナのレベルの上がり方……じゃない、多分それはまぁなんかおいおい確認しよう。


 VIT+70。

 HP+150。

 さらに常時VIT+30%。さすがにポンっともらっていいスキルじゃない。

 俺はなるべく動揺を顔に出さないよう、服を華麗に整える。


「……ふぅ」


 俺は深く息を吐き、口元を指で拭うような仕草をしながら、配信ポットへ向かって笑みを作った。


「ギリギリだった。今回は、本当にギリギリだったわね……」


 そう言いながらも、内心では別の意味で震えていた。他のスキルもだけど、特にこのパッシブ獲得は、たぶん見られちゃいけないやつだ。


 ミーナが少し遅れてこちらへ駆け寄り、息を弾ませながらも、どこか満足そうな顔で微笑んだ。


「そ、そうですね」


 彼女の返事には、明らかに「間に合ってよかったですね」という意味と、「顔がすごかったですよ」という意味が両方含まれていた。


 コメント欄は、もはや祭りだった。


 《討伐きたああああ》《捕食成功!》《2人パーティで!?》

 《蟹食ってる顔やばかった》《ミーナ様のラスト火力えぐい》《ローション相撲からの捕食は草》

 《伝説の初配信》


 俺は水に濡れた髪を払い、胸を張り、できる限り優雅に笑った。


「ご馳走様。ミーナ、いい火加減だったわ♡」


 声色を弾ませたその一言で、コメント欄はさらに壊れた。

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