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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
始まりの街レアルタ編

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フレアオーバーライド、ミーナの覚醒

 喜びも束の間、だった。


 ロックグリズリーを喰らい終えた直後、俺の視界の端に流れた《STR+6 HP+30》という神々しいログを見て、内心では思わず「勝った」と拳を握っていたのだが、その高揚は、次の瞬間に背中側で起きた尻尾の妙な動きによって、じわじわと不安へ塗り替えられていった。


 尻尾が、ぴくぴくと震えたあと、ふにゃりと力を抜くように垂れたのである。


 それはもう、食後に満腹になった猫が腹を出して寝転ぶみたいな、あるいはバイキングで調子に乗って取りすぎた人間が「もう無理」と椅子にもたれるみたいな、明らかに“満足した側”のリアクションだった。


「……え?」


 思わず足を止める。


 洞窟の空気は湿っていて、焼かれた獣の香ばしい匂いと、焦げた苔のような青臭い匂いがまだ周囲に残っている。さっきまでの熱気は壁や天井に吸われて少しずつ薄れていくが、その余韻は肌にじんわりと残っていて、俺のテンションもまだ高かったはずなのに、尻尾の脱力具合を見た瞬間、妙な寒気が背中を走った。


 吸収効率が爆上がるということは、当然ながら吸収限界値までの必要個体数も下がるということだ。


 《ロックグリズリーおよびストーンベアの吸収限界に達しました》


 無慈悲なシステムアナウンスが流れる。

 理屈としては分かる。分かるけれど、納得したくない。


 嘆きの石窟は、俺がことさら気に入っていたダンジョンであり、海鮮、ジビエ、謎の香草系、ちょっとスパイシーなファイアリザードと、味のバリエーションもステータスの伸びもかなり優秀だったのだ。それなのに、捕食の効率が上がったせいで、思ったより早く“お腹いっぱい”が来てしまったらしい。


配信に乗らないように、小声で尻尾に話しかける。

「あんた、まだクマのことあんまり食べてないよね!? STR不味いの!? プロテイン好きくないの!?」


 俺は尻尾に向かって必死に抗議したが、尻尾は背中の後ろでだらんとしたまま、まるで「もう十分です」と言わんばかりにゆらゆらと力なく揺れるだけだった。


 視聴者には吸収ログは見えない。


 だが、俺のテンションが微妙に落ちたことだけは、配信ポットが絶妙な角度で拾っているのだろう。コメント欄には《リエラ様しょんぼりしてる?》《尻尾かわいい》《今の何かあった?》《熊うまかった?》といった文字が流れ始めていて、俺は配信者として表情を取り繕わなければならないと分かっていながら、どうしても肩を落とすのを止められなかった。


「ミーナ……来ちゃった……」


 俺は振り返り、少しだけ潤んだ目を作ってミーナを見つめた。


 このくらいのあざとさは、もう許されるだろう。というか、配信中なのだからむしろ必要な演出のはずだ。俺は今、嘆きの石窟への未練を抱えた哀れな捕食系悪魔シスターであり、その悲しみを相棒に分かってほしいだけなのだから。


 しかし、ミーナは一瞬だけ真顔で俺を見てから、あまりにも素の声で言った。


「え、なにがですか? おしっこ?」


 時間が止まった。


 洞窟の奥で水滴が落ちる音だけが、ぽたり、とやけに大きく響いた気がした。


 俺は目を見開き、後ろについてきていた配信者たちは数秒ほど理解が追いつかないように固まり、配信ポットのコメント欄は一瞬だけ流れが鈍ったあと、爆発した。


 《リエラ様おしっこ!?》《ミーナちゃん、その発言は一部の我々に火をつけるよ……》《素なの?計算なの?》《この人数の前で言うことじゃないww》《リエラ様の顔ww》《プロデューサー、攻めすぎ》


「ち、ちがうわよ!」


 俺は慌てて両手を振りながら叫び、顔に熱が集まるのを感じつつ、思わず一歩後ずさった。


 こんな大人数が見ている中で、しかも配信中に、まさか相棒の口からそんな単語が飛び出すとは思っていなかった。ミーナが素で言ったのか、計算で言ったのか、本当に分からない。分からないのが怖い。もし計算なら天才だし、素ならそれはそれで恐ろしい逸材である。


「クマの吸収限界! もう、ここからは巻き進行で行くんだから!」


 そう言い切ると、コメント欄はさらに盛り上がった。


 《吸収限界って何!?》《おむつ的な?》《もっと早くなるのかよww》《巻き進行宣言たすかる》

 《おしっこじゃなくてよかった》《いや吸収限界もだいぶ叡智》


 俺はコメントの一部に目を通しながら、内心で「忘れろ!」と叫びかけたが、今は立ち止まっている場合ではない。コメントを振り払うように猛ダッシュしながら2層を攻めた。

 

 そして3層目へ続く道、その先を塞ぐように、赤い熱をまとった影が三つ現れた。


 ファイアリザード。

 以前、火耐性を持ち、ミーナの炎魔法が通りにくかった相手だ。


 岩肌に溶け込むような赤黒い鱗の隙間から、炭火のような赤い光が漏れ、尾を振るたびに火の粉が散る。湿った洞窟の中に不自然な熱が広がり、鼻の奥に焦げた石と乾いた鱗のような匂いが届いた。足元の水がわずかに蒸気を上げ、空気が揺らぐ。


 そして、その三体を見た瞬間、尻尾がぴくりと反応した。


「あら」


 俺のテンションが戻る。


 お腹いっぱいと言っていたくせに、火トカゲには反応するんかい。完全に好き嫌いしてないか、この尻尾。まあいい。反応するなら食える。


「リエラ様、タゲを固定していただければ、ここは新たな力をお見せできます」


 ミーナがすっと前に出て、深紅と金の儀礼服を揺らしながら静かにそう言った。


 いつもの火魔法使いの声ではない。


 さっきまでの従者としての演技を保ったまま、しかしその奥には確かな自信がある。


 俺は目を細め、ファイアリザードとミーナを交互に見た。


「火属性相手に?」

「はい」


 その短い返事に迷いはなかった。


「……わかったわ」


 俺は胸を張り、腕を軽く広げながら、三体のファイアリザードへ向けてスキルを発動する。


「誘惑――《テンプテーション》」


 ピンクとハートが混じったようなエフェクトが広がり、花の蜜を思わせる甘い気配が湿った洞窟の空気の中へ溶けていく。ファイアリザードたちの目が一斉にこちらを向き、互いに爪や牙を立て合い爪が岩を引っかく音と、喉奥で燃えるような唸り声が重なった。


 固定完了。

 その瞬間、後ろで乾いた音がした。


 パチン。


 指を鳴らす音。


 その音は不思議なほど澄んでいて、洞窟の水音も、リザードの唸りも、視聴者のざわめきさえ一瞬だけ遠のいたように感じられた。


「フレア・オーバーライド」


 ミーナの背中から、炎のオーラが噴き上がった。

 発動している間だけ、彼女の背後に燃え上がる軍旗のような火の気配が現れ、深紅の儀礼服の金装飾がまばゆく反射し、左手のグローブに描かれた魔法陣が赤く輝いた。背筋を伸ばしたミーナの姿は、ただの魔法使いではなく、戦場に号令を下す炎の将軍そのものだった。


「え、何それかっこいい……」


 思わず素が漏れた。

 コメント欄も同じだった。


 《なに今の!?》

 《指パッチンかっこよ》《ほう、カトリーヌ将軍の最期を飾った特攻技ですか》《火耐性相手に何する気だ》


 ミーナは左手を掲げ、淡々と次の詠唱へ移る。


「インフェルノリング」


 詠唱は、短かった。

 短いというより、ほとんど音が滑っただけだった。


 ファイアリザード三体の足元に、赤金の円環が浮かび上がり、次の瞬間、その輪が内側へ折り畳まれるように炎を噴き上げた。湿った空気が一気に乾き、足元の水が蒸気になって白く弾け、洞窟の岩肌がオレンジ色に照らされる。


 火属性の魔物のはずなのに、HPがゴリゴリと削れていく。


「き、効いてる!?」


 俺が驚きで目を見開くより早く、ミーナの追撃が始まった。


 ファイアーボール、ファイアーアロー、ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーアロー……


 詠唱が速すぎる。


 息をするように、火球と火矢が連続で放たれ、時折、二重に重なるように魔法が走る。小さな太陽のような火球が次々に飛び、火矢が赤い線を引いてリザードの鱗へ突き刺さり、耐性を無視して削っていく。


「わ、わ! 食べ損ねる!」


 俺は慌てて尻尾を伸ばし、弱った順から捕食を発動する。


 ファイアリザードの味は、以前と同じくスパイスを塗って炙った爬虫類肉のような刺激があり、喉の奥に熱と辛味が直接走るのだが、今回は火力が高すぎて味わう余裕がほとんどなかった。ミーナの魔法が容赦なくHPを削るため、俺は配信ポットを意識して優雅に振る舞うどころか、内心では「待って、待って、私の分残して!」と完全に食いしん坊のそれになっていた。


 《ミーナ様かっけえええ》《火属性貫通!?》《リエラ様が焦ってるww》《食べ損ねるは草》

《コンビ火力やば》


 数秒後、ファイアリザード三体は粒子となって消え、俺はなんとか全て捕食し終えたあと、表面上は優雅に髪を払いながら、内心では冷や汗をかいていた。


「ミーナ様……かっけえ……」


 小声で漏らすと、ミーナはにこりと笑った。


「リエラ様のお役に立てたなら何よりです」


 その言い方があまりにも自然で、俺は一瞬だけ言葉を失う。

 

 ーーフレアオーバーライド、あとで聞いた話だがある意味ではネタスキル、ある意味では実用スキルらしい。別名炎将軍の突撃。

 自身のVITや防御力を0にする代わりに炎属性に突撃属性(つまり物理)を一時的に乗せることができる、とのこと。このエリアの敵でも一撃でも喰らえばただではいられない諸刃だが逆に言うとリエラが前にいるならば誤射だろうがなんだろうが相手を削る、またリエラなら耐えられると信じて採用したらしい。


 この数日、ミーナは本当に準備していたのだ。配信だけじゃない。


 装備も、スキルも、戦術も。

 この日のために。


 ◇


 三層に降りた瞬間、空気が変わった。


 それは温度や明るさだけの話ではなく、洞窟そのものの深度が一段階変わったと分かるような、肌の上にのしかかる圧力のようなものだった。足元は浅い水で覆われ、歩くたびにびちゃ、びちゃ、と靴の半分ほどが沈む音が響き、その冷たさが足裏からじわじわと伝わってくる。


 壁の苔は上層よりも暗く、光は青緑から深い藍色へ変わっていた。天井から落ちる水滴は大粒で、肩や髪に当たるたびに冷たい感触が走り、洞窟内には水辺特有の生臭さと、奥から漂ってくる金属のような匂いが混じっている。


「……深くなったわね」


 俺はそう呟きながら、マッピングウィンドウを開く。


 配信ポットは足元の水面に映る俺たちの姿を拾いながら、時折低い位置から煽るように撮影していて、コメント欄には《雰囲気やば》《三層きた》《水音リアル》《ホラーじゃん》と流れていた。


 見慣れないモンスターが現れるたび、俺はダーツで釣り、誘惑で固定し、ミーナの炎と自分の捕食で処理していく。視聴者にはただ「リエラが食べて強くなっているらしい」としか見えないが、俺の視界には細かなステータスログが流れ、そのたびに身体の奥が少しずつ満たされていく感覚がある。


 そして、ずんずんと進んでいくと、目の前に巨大な扉が現れた。


 岩を削り出したような扉で、中央には甲殻類とも獣ともつかない紋様が刻まれている。水が扉の隙間から細く流れ出し、足元に波紋を作っていた。


 俺は足を止め、ゆっくりと微笑む。


「……来たわね」


 ボス部屋。


 コメント欄が一気に加速し、後ろの配信者たちの気配もざわめきに変わる。


 ミーナが隣へ並び、左手のグローブを軽く握った。俺は配信ポットへ向かって、にっこりと笑った。


本日あと一話更新します。

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