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その仮想の着せ替え人形は観念する

 ――それからの俺は、完全に「流された」。


 いや、より正確に言葉を選ぶなら、「もう、流されてもいいや」と、心のどこかで白旗を振ってしまったのだ。

 目の前には、思考の速度で展開される無限に近い選択肢。

 ノイズ一つない店舗の陳列。瞬きするたびに切り替わる空間。

 そして、隣に控えるAIコンシェルジュが、俺身体データから導き出した「最適解」を、淀みのない手つきで提示してくる。


「こちらはいかがでしょうか。大学一年生のトレンドを網羅した、もっともベーシックで汎用性の高い組み合わせです」


 柔らかな、けれど拒絶を許さないプロの声。

 その言葉と同時に、視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には私の姿は一変していた。


 ――試着。


 それはもはや「着替える」なんて悠長な動作じゃない。プログラムのコードが上書きされるような、存在そのものの「置換」に近い。


 布地の感触が、肌の表面をなぞるように再現される。

 肩をくすぐる軽やかなフリルの感触。

 胸元のボリュームを優しく包み込む、上質なブラウスの質感。


「……」


 空間そのものが鏡のように反射し、私の姿を映し出す。

 そこに立っていたのは――。


「……すっ……ご」


 思わず、乾いた声が漏れた。

 いや、俺だ。間違いなく今の俺だが、あまりにも「それっぽすぎる」。


 淡い色のフリルブラウス。

 その中心で、主張の激しい胸元を強調するように結ばれた黒のリボン。


(いや、これ絶対に視線を誘導してるだろ……)


 内心で毒を吐くが、問題はその下だ。

 たっぷりと生地を使ったボリュームのあるミニスカート。しっかりとブラウスを包み込み、胸の生地のたゆみを解消している。

 ふわりと広がるシルエットは、重心を少しずらすだけで、空気を含んで優雅に揺れる。

 脚のラインをなぞるニーソックスがエナメルの靴へと繋がり、仮想の光を弾いていた。

 極めつけは、手に持たされた小さなバッグだ。


(スマホと財布入れたら終わりじゃねーか。収納力捨てすぎ……)

 見た目全振りの、潔いまでの「女子」装備。

 数秒、無言で鏡の中の自分を見つめる。

 そして。


「…………かわいいな。ちくしょう」


 認めざるを得なかった。


(女子服、隙がなさすぎる)


 脳内で、抗うための回路が焼き切れる音がした。


「これ、ください」

「かしこまりました。お似合いです」

 即、カートイン。

 ポン、という軽いシステム音が、俺は理性のスイッチを切った。

「こちらは、同じシルエットのカラーバリエーションになります」

「はい、お願いします」

「こちらは素材を替えた、よりフォーマルな印象を与える一着です」

「……はい、それも」

「こちらは少しカジュアルに、普段使いを意識した――」

「はい、入れてください」


(俺、完全にカモじゃねーか……)

 内心で激しいツッコミを入れながらも、手が止まらない。

 だって。

 だって、悔しいけれど――。


「……全部、かわいいんだもんよ」

 

 ぽつりとこぼれた本音。

 細かなディテールの違い、リボンの絶妙な角度、フリルの重なりが生む陰影。

 そのどれもが、この「新しい身体」をより魅力的に見せるための正解に見えてしまう。


「……これも、これもだ」

「承知いたしました。すべてカートへ追加します」


 膨れ上がっていく合計金額。頭の隅では警鐘が鳴り響いている。

 だが、試着を繰り返すたびに、バラバラだった「自分」が、完成されたパズルへと近づいていくような、妙な高揚感があった。


「……リエラっぽいな」


 ふと、呟いた。

 VRMMOでの私の姿。あの「ツンデレお嬢様」としての立ち振る舞い。

 あの時感じていた無敵の全能感が、今のこの服装とぴたりと重なる。

 現実とゲームの境界が、じわじわと、けれど確実に溶けて繋がっていく。


(ああ、そうか。そうなんだな)


 なんとなく、理解してしまった。

 俺はもう、元の俺に「戻る」ことを前提にしていない。この身体に、この外見に、この設定に――自分を「寄せて」いこうとしている。


「……まあ、いいか。今さら逃げるのはダサいよな」


 小さく笑い、視線をAIコンシェルジュへと戻した。

 AIは、一切の淀みなく頷く。


「それでは、下着のご提案に移行いたします」

「…………はい」


 さすがに声が一段階小さくなった。

 けれど、避けては通れない道だ。むしろ、今の私の「悩み」の根源を解消するためには、ここが一番重要だと言ってもいい。


 文明の利器、そして覚悟

 空間が切り替わる。

 先ほどまでの賑やかなモールとは打って変わり、柔らかな暖色系の光に包まれた、落ち着いたサロンのような雰囲気。


「……おお」


 並んでいる商品の数に圧倒される。

 デザインも、機能性も、素材のバリエーションも、私の想像を遥かに超えていた。

 そして――。


「……本当に、あるんだな。Mカップ対応」


(あるんかい……)


 心の中で、全力でツッコミを入れる。

 いや、世界の広さを考えれば当然なのだろうが。実際に自分が日本人(には見えないけど)から見た「規格外」に該当しているという事実を突きつけられると、形容しがたい感情が込み上げてくる。


「こちらは日中用、サポート機能を最優先したモデルです」

 試着を選択した瞬間。

 胸元が、ぐっと、力強く、けれど優しく包み込まれる感覚が再現された。


「……っ!」


 思わず、吐息が漏れる。


(これは……すごいな。マジで必要だ)


 安定感が、段違いだ。

 さっきまでの、自分の質量に翻弄されていた「自由な状態」が嘘のように、重さが全身に分散されていく。


 動いても、揺れない。ぶれない。おまけにさらに盛れる。


「コレ、カウ。三色、ゼンブ」


 文明に出会う前の、知性を失った声が出た。


「かしこまりました、あとこちらはナイト用。睡眠時の負担を軽減する、リラックス重視の設計です」

「ほう……」

 試着。

 ふわりとした綿菓子のような感触。締め付けはないのに、型崩れを防ぐような安心感。


「ふ、わわわわ……文明がすぎる」

「はい」

 AIの無機質な肯定が、今は逆にありがたかった。

 結局。

 昼用、夜用、それぞれ三セットずつ。さらには、さらにシンプルな部屋着やジャージも2セット。


「……」


 最終的な合計金額を見て、さすがに一瞬だけ意識が遠のきそうになった。


(まあ、そうなるよな。特殊サイズだし、数も揃えたし……)


 だが、不思議と後悔はなかった。

 むしろ、必要な「装備」をすべて揃えたという、戦いの前の戦士のような清々しい納得感がある。


「購入。決定で」

「ありがとうございます。決済を完了しました」


 光が一瞬だけ強くなり、システムメッセージが踊る。


 ――購入完了。


「配送手続きにはいります、明日の朝にはご自宅へ届きます」

「え、早っ……あ、いや、助かるよ」


 効率的すぎて、少しだけ笑みが漏れる。

 買い物を終えた後の、独特の余韻。

 心地よい疲労感と、満たされた感覚の中で、ふと、考える。コンシェルジュは手を振りまたいつでもご用命くださいと言い光に包まれていった。それを見送ると……


「……これから、どうするか、だな」


 誰に聞かせるでもなく、言葉が口からこぼれた。


「…………まあ、やるしかないか」


 それは覚悟というほど大げさなものではなかったけれど。でも、ただ現実から逃げ回るだけの時間は、もう終わった。


「……とりあえず。明日は、新しい服が届く」


 そこからだな、全部、そこから始まる。

 俺は、自分の「これから」に対して――薄く、けれど決して消えることのない、確かな覚悟の火を灯していた。


本日更新分以上です。明日は……ついにあの子が!!!

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