VSゴブリンボス
ボス部屋の大きな石扉に手をかける。
冷たい。岩の冷たさが掌に染みる。押し込むと、ギギギィィィと重い音を立てて扉が開いた。
BGMが切り替わる、おお、こういうのこういうの。
すっごいワクワクするじゃん!
中へ足を踏み入れた瞬間、視界の端に表示が浮かぶ。
《パーティゾーン》
つまり、ここから先はパーティ単位の領域。外からの乱入はない。助けもない。入った者だけで攻略する場所。
「……いいわね、分かりやすい」
奥へ進む。
ボス部屋は、広かった。
丸い空間だ。天井は高く、壁にはいくつもの松明が燃えている。ダンジョン内部の青白い光とは違い、ここは赤黒い。炎の明かりが岩壁を揺らし、床に大きな影を落としている。
中央には三体。
まず目に入ったのは、ホブゴブリンが二体。
普通のゴブリンより一回り大きい。いや、二回りと言ってもいい。背丈は俺よりずっと高く、肩幅も広い。手には太い棍棒を持ち、腕には筋肉の筋が浮いている。顔つきはゴブリンをそのまま凶悪にした感じで、牙が下唇からのぞいていた。
そして、その奥。
ゴブリンシャーマン。
ぼろぼろの布をまとい、骨と羽根を組み合わせたような杖を持っている。体は小さいが、目だけが異様にぎらついている。周囲の空気が、そいつの周りだけ少し濁っているように見えた。
「構成、ちゃんとしているわね」
思わず呟く。
前衛二体で押さえ、後ろからシャーマンが魔法や支援を飛ばす。
初心者向けダンジョンのボスとして申し分がなく、分かりやすい布陣だ。分かりやすいが、だからこそ厄介。
「リエラさん」
ミーナの声が背後から聞こえる。
「うん」
俺は麻痺ダーツを取り出した。
まず止めるべきは、シャーマンだ。
「まずシャーマンに麻痺を入れてみるわ!」
短く告げる。
「そして手前の二体を釣り出す!」
「ホブゴブリンは各個撃破ですね?」
「そう。強めの単体魔法で応戦。範囲は、私がまとめられそうなら指示するわ」
「分かりました」
会話は短い。
だが、それで足りる。
俺は半身になり、麻痺ダーツを指の間に挟んだ。
胸元を支える左手。後ろに引いた右肘。視線は奥のシャーマン。距離はあるが、投擲スキルの補助が入っている。狙える。
ホブゴブリン二体が、こちらに気づいた。
低い唸り声を上げ、棍棒を構える。
シャーマンが杖を振り上げる。
その瞬間。
「えいっ!」
掛け声と共に俺はダーツを投げた。
ヒュッ、と空気を切る。
麻痺ダーツはホブゴブリンの肩越しを抜け、奥のシャーマンへ飛んでいく。シャーマンがぎょっとしたように身をよじるが、遅い。
針は、杖を持つ腕に刺さった。
ダメージ表示は1。
けれど次の瞬間、黄色のエフェクトが走り、シャーマンの腕がぎくりと固まる。状態異常強化の麻痺、絶好調だ。
「入った!」
「ナイスです!」
ミーナの声に、胸の奥が少し熱くなる。
同時に、ホブゴブリン二体が突っ込んできた。
地面が揺れる。
普通のゴブリンの比ではない足音だ。ドン、ドン、と重く、硬い床を踏み鳴らしながら距離を詰めてくる。その迫力に、さすがの俺も一瞬だけ喉が鳴った。
「うわ……でっか」
正直、近いと怖い。
デカい。棍棒もデカい。あれが振り下ろされる絵面は、かなり圧がある。
しかし、下がらない。
俺は前に出る。
まず一体目の足元へ毒ダーツを投げる。
ヒュッ。
太ももに刺さる。
もう一体にはタウントダーツ。こちらも刺す。
ヒュッ。
肩口。
二体のヘイトがこちらに向く。
「こっちよ!」
お嬢様らしく言ったつもりだったが、直後に一体目の棍棒が横薙ぎに振られた。
反応は間に合った。
だが、避けるのではなく、受けた。
ドン、という重い衝撃。
そして――
ぽよん、では済まなかった。
身体が横へ弾かれる。
「うおっ!?」
ダメージ表示は0。ゼロだ。ゼロなのだが……ドガンと吹き飛ぶ。
身体が、床の上を滑る。靴底が石を擦り、シスター服の裾がばさりと揺れる。胸元が遅れて引っ張られて、バランスが崩れかけた。
痛くはない。
けれど、見た目が悪い。
たぶん今の絵面、美少女が大棍棒にすり潰されかけたように見えたはずだ。ダメージは0なのに、視覚的にはかなり心臓に悪い。
「リエラさん!?」
ミーナの悲鳴が飛ぶ。
「大丈夫! 落ち着いて、減ってない!」
叫び返しながら、床に手をついて体勢を立て直す。なるほど。
ダメージはなくてもノックバックはある。
これはかなり重要だ。
今までのゴブリン相手では気にしなくてよかった。軽い攻撃なら、ぽよんぽよよんで受け止められた。だがホブゴブリンの攻撃は威力ではなく“衝撃量”が違う。HPは削れないが、位置はずらされる。
前衛としては、かなりまずい。
「……学びね!」
「今ですか!?」
ミーナが短くツッコむ。だが本当に学びだ。
俺は急いで二体の間を取らず、あえて片方だけに寄った。二体同時に棍棒を受けると、吹き飛ばされてミーナへの射線が崩れる。なら、まず片方を壁側へ誘導して、もう片方との距離を作る。
「ミーナ、右のやつ!」
「はい!」
ミーナが杖を構える。
俺は右側のホブゴブリンの膝へ麻痺ダーツを投げる。
ヒュッ。ピスッッという軽い音で刺さる。
だが完全には止まらない。普通のゴブリンのように石像化するほどではなく、動きが鈍る程度だ。ボス部屋補正か、単純に耐性が高いのか。
それでも十分。動きが一拍遅れた。
「ファイアーアロー!」
ミーナの杖先から細い炎の矢が走る。
ファイアーボールよりも小さいが、速度がある。赤い線が空気を裂き、ホブゴブリンの胸に突き刺さった。
ゴッ、と鈍い音。ホブゴブリンが呻き、体勢を崩す。
HPバーが目に見えて削れた。
「いい感じ! 入ってるよ!」
「続けます!」
ミーナの声が強い。頼もしい。
俺はもう一体のホブゴブリンがミーナへ向かわないよう、そちらの前へ滑り込んだ。棍棒が振り下ろされる。
今度は正面から受けない。
少し斜めに身体を入れ、衝撃を横へ逃がす。投擲スキルの補助とは違う。これは、何度も殴られて学んだ体感だ。
ドムンッッ!!
ぽよん、という柔らかさを含みながらも、やはり重い。
身体が半歩ずれる。だが、今回は耐えた、位置ズレはなく吹き飛ばされていない。
「よし!」
足裏に力を入れ、踏みとどまる。
シスター服のチェーンが揺れ、尻尾がバランスを取るように後ろへ伸びる。自分でも驚くくらい、尻尾が役に立っている。お前、ただのハート付き飾りじゃなかったんだな。
「こっち見てなさい!」
俺はホブゴブリンの顔面へ毒ダーツを投げつける。
ヒュッ。尻尾も怒ったのか針を動かして威嚇する。かわいい。
ぷすっ! 鼻先に刺さった。ダメージ1。
ホブゴブリンが怒りの声を上げる。
うん、効いてる効いてる。ダメージじゃなくて精神的に。
その間に、ミーナの二発目のファイアーアローが右のホブゴブリンを捉える。
炎の矢がバシュウ! と決して軽くない音を出して弾ける。煙が立ち込め焦げた匂いが広がる。
洞窟の湿気と混ざり、むっとした熱気が鼻を刺した。
ああ、戦闘が、始まったのだ、と今更に思った。ただ耐えるだけではない。
ただ燃やすだけでもない。
敵の位置、ミーナの詠唱、俺のノックバック、シャーマンの麻痺残り時間。視界に入る全部を、頭の中で必死に拾う。
忙しい。
けれど、楽しい。
「ミーナ、次で右を落とせる?」
「いけます!」
「じゃあ撃って!」
「ファイアーボール!」
スキルレベルの上がった大きめの赤い火球が、まっすぐ飛ぶ。
俺はその射線を遮らないよう、半歩だけ身体をずらす。
炎がゴゥ!!と、ホブゴブリンの胸で爆ぜた。
吠え声。揺れる巨体。削れるHP。
そして俺は、もう一体の棍棒を受けながら、にやりと笑った。
「いいじゃない」
ボス戦。
ようやく、本当にゲームらしくなってきた。
本日更新分2話目です。(2/4)




