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ダンジョン発見。

 気づけば、日付の感覚があやふやになっていた。

 朝とか夜とか、そういう区切りがあるにはある。空の色は変わるし、光の質も変わる。だが、それを「一日」として認識する感覚が、どこかぼやけている。現実の時間と、この世界の時間と、ひたすらにゴブリンやウルフを相手にしていた体感時間とが、ぐちゃぐちゃに混ざって、境界が曖昧になっていた。


「……やばいな、これ」


 ぽつりと呟く。

 だが、嫌な感じはしない。むしろ、妙に集中しているときのそれに近い。時間を忘れて何かに没頭しているときの、あの感覚。

 ただ、それが三日とか四日とか続いていると考えると、さすがに少しだけ自分が怖くなる。


「……まあいいか」


 結局、そういう結論になる。

 だって、楽しいのだ。理不尽なくらい硬い自分の身体で、モンスターの攻撃を受け止めて、ちまちまと針を刺して、最後に体液を吸ってステータスを上げる。やってることは冷静に考えればだいぶ変だし、絵面は絶対に人に見せたくない類のものだが、確実に強くなっている実感がある。

 それが、楽しい。


「ステータスオープン」


 軽く息を吐いて、意識を内側に向ける。

 視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


 リエラ Lv14

 HP 860

 MP 93

 STR 9

 VIT 211

 AGI 62

 DEX 18

 INT 11


「……たはは、偏りすぎ」


 思わず笑う。

 いや、本当に偏りすぎている。

 VITが211。

 お前は何を目指しているんだという数値だ。HPも860。低レベル帯のプレイヤーとしては、たぶん異常値だろう。逆にSTRは9。ようやく一桁台を抜けたが、それでもまだ頼りない。針のダメージが1なのも納得の数字だ。

 だが、AGIが62まで来ているのは大きい。


 最初の頃の、あのもっさりとした動きとは違う。まだ華麗とは言い難いが、少なくとも「自分で自分の身体をコントロールしている」そんな感覚がある。回り込む、避ける、踏み込む、その一つ一つが以前よりもずっと素直に繋がる。


「……うん、悪くない」


 小さく頷く。

 それに――


「……そろそろ、だな」


 肌感覚で分かる。

 ゴブリンの“吸収限界”が近い。

 スライムのときと同じだ。ある程度まで吸収を繰り返すと、だんだんと上昇値の伸びが鈍くなってくる。個体差はあるが、「ああ、もうここから先は薄いな」という感覚がある。


 最近のゴブリンは、吸っても「VIT+0.1、HP+0.3」といった上昇が、妙に軽く感じるようになってきていた。最初の頃の「うわ、上がった!」という実感が薄れている。

 そして、もうひとつ。


「……湧き、甘くなってきてないか?」


 周囲を見渡す。

 廃村のあちこちにいたゴブリンの数が、明らかに減っている。完全にいなくなったわけではないが、前のように

「ちょっと歩けば三匹四匹」は見なくなった。

 時間経過で湧きが調整されているのか、それとも――


「……狩りすぎた?」


 ぽつりと呟いて、自分で苦笑する。

 いや、あり得る。

 1000匹スライムのときもそうだったが、俺は同じ場所に張り付いて、同じ相手を延々と狩り続けるタイプのプレイをしている。ゲーム的に見れば、資源の枯渇や再湧きの調整が入ってもおかしくはない。


「……なら、そろそろ追い込みか」


 廃村の中央にある広場っぽい場所を抜け、さらに奥へと足を向け森を歩くこと数十分。

 風が、少し変わった。

 さっきまでの草と土の匂いに混じって、ひんやりとした、湿った空気が流れ込んでくる。木々の密度が上がり、光が少しだけ遮られる。足元の土も、わずかに柔らかくなっている気がする。

 そして――


「あ」


 見つけた。

 森の奥、少し開けた場所に、ぽっかりと口を開けた穴。

 石で縁取られた、明らかに“人工的な”入口。苔むした階段が、下へと続いている。内部は暗く、奥までは見えないが、ひんやりとした空気がそこから流れ出しているのが分かる。


「……ダンジョン、か?」


 胸が、少しだけ高鳴る。

 そして、同時に一つの仮説が浮かぶ。


「……ああ、なるほど」


 ゴブリンが多かった理由。

 この廃村に、あれだけの数が“自然発生”していたわけじゃないとすれば――


「ここから、出てきて村を作っていたのか」


 ダンジョン。

 モンスターの供給源。

 だとすれば、この周辺にゴブリンが多かったのも納得がいく。


「……いいじゃん」


 思わず口元が緩む。

 もしそうなら、ここはまだ“枯れていない”狩場だ。

 ダンジョン内部には、まだゴブリンが――あるいはそれ以上の何かが、いるかもしれない。


「……ちょっと覗いてみるか」


 そう思って、一歩踏み出した、そのとき。

 ダンジョンの奥から、ばたばたと足音が響いてきた。

 速い。

 そして、焦っている。

 次の瞬間、暗闇の中から人影が飛び出してきた。

 プレイヤーだ。二人組。装備を見る限り、俺よりはしっかりしている。革鎧に短剣と剣、それなりに整っている。

 なのに――

 顔が、やばい。


「うわぁぁ!聞いてねえぞ!」

「逃げろ逃げろ!」


 叫びながら、こちらに向かって全力で走ってくる。

 その必死さは、さっきまでぽよんぽよよんされていた俺とはまるで別の世界のものだ。

 すれ違いざま、片方がちらりとこちらを見る。

 そして、俺の装備――ポイズンニードルと、明らかに初心者向けの、冒険者アカデミー服を見て、目を見開いた。

「おい、そこのアカデミー服! お前も早く逃げろ!」

「ネームドが沸いてる!」

「……ネームド?」


 聞き返す間もなく、もう一人が叫ぶ。


「あいつに倒されるとデスペナ倍なんだ、装備も追い剥ぎされる!」

「それにダンジョンから出てきて活動もする、ここにいても危ないぞ!」


 デスペナの倍化。言葉の意味は分かる。

 このゲームでのデスペナルティは、基本的に経験値の減少。つまり、それが倍になる。

 ……なるほど、普通に考えたら逃げる案件だ。

 だが。


「ってあの子、着いて来れてないか!?」


 先に走っていた方が、振り返って叫ぶ。


「ああ!?……関係ないだろ! 臨時パーティなんだから!」


 その言葉を最後に、二人はそのまま森の向こうへ消えていった。

 残されたのは――静寂。

 風の音だけが、さっきと同じように木々の間を抜けていく。

 そして、俺は。

 ダンジョンの入口の前で、立ち尽くしていた。


「……ネームド、かぁ」


 ぽつりと呟く。

 頭の中で、いくつかの考えが巡る。

 強いのだろう。だから逃げてきた。

 デスペナも重い。


 普通なら、避ける。

 だが――


「……毒針、通じるかな」


 自然と、そんなことを考えている自分がいる。

 リスクはある。

 だが、リターンもあるかもしれない。

 そして何より――


「……どうせリスポンするだけだしな」


 経験値は、今のところ惜しくない。

 装備も、最悪ロストしてもポイズンニードルだ。3000Gは痛いが、取り返せない額じゃない。

 それに。

 さっきの会話。


「……あの子、って言ってたな」


 誰かが、まだ中にいる。

 臨時パーティか何かで、置いていかれた誰か。

 ……いや、別に助けに行く義理はない。ゲームだし。知らない相手だし。

 でも。


「……まあ、ついでだ」


 そう言ってしまう自分がいる。

 営業時代の癖かもしれない。困ってる人を見ると、とりあえず一回関わってしまうあの感じ。


「……行くか」


 軽く息を吸う。

 湿った空気が肺に入る。

 ひんやりしていて、少しだけ緊張を冷ましてくれる。

 尻尾が、ぴくりと動く。

 ポイズンニードルを握り直す。

 その軽さが、逆に頼もしい。

 そして――

 俺は、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。


書き溜めたものを更新してます、少し多いですがお付き合いいただけますと幸いです。

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