STR3の最適解
武器屋に入った瞬間、鉄と油の匂いが充満していた。
ああ、武器屋だな、と一発で分かる匂いだ。
現実じゃまず嗅ぐ機会のない種類の空気なのに、不思議と理解できるロマンがある。
金属の冷たい気配と、磨き上げられた道具の整った雰囲気と、そこに人の手が入っている安心感みたいなものが、一緒くたになって店の中を満たしていた。
外から見たときも大きい店だとは思っていたが、中に入ると余計に広く感じる。高い天井からは魔導ランプみたいな照明が柔らかい光を落としていて、壁一面には剣、槍、斧、杖、短剣、見たこともないような湾曲した武器まで、整然と並べられていた。金属の刃が光を反射して、そこかしこで小さくきらめく。
床はよく磨かれた木材で、歩くたびにこつ、こつ、と軽い音が返ってきた。
そして店の奥には、かなり広めに取られた試用スペースがあった。
そこに並んでいるのは、わら人形だ。
ただし、ただのわら人形じゃない。人型をしていて、胴体には的のような印があり、台座は魔法陣の刻まれた金属板になっている。ちょっとやそっとじゃ壊れないどころか、説明によれば「いかなる攻撃でも耐久値が減少せず、衝撃と軌道だけを計測する訓練用標的」らしい。
「……いや、それで武器防具作ればよくない?」
思わず、ぼそっと漏れた。
だってそうだろ。壊れないんだぞ。絶対壊れないわら人形だぞ。そんな夢素材があるなら鎧にしろ。盾にしろ。なんなら家の外壁にしろ。世界の軍事バランスが変わるぞ。
もちろん、そんな現実的すぎるツッコミをこの世界が採用するはずもない。ゲームだからな。あの不思議素材を認めた瞬間にいろんなものが崩壊する。世界観とか、商売とか、鍛冶屋の存在意義とか。
「いらっしゃいませ」
声に反応するように視線を前に戻した。
すると、すぐに綺麗なお姉さんが近づいてきた。
綺麗なお姉さん、である。
いや、雑な表現だなとは思う。だが他にどう言えばいいんだ。
まず顔が整っている。やわらかい栗色の髪を後ろでひとつにまとめ、淡い緑色の制服――というか、店員用の上品な装いをきっちり着こなしていて、胸元には小さな銀のブローチが光っている。目元は優しく、笑うと口元がわずかに弧を描く。その笑顔がもう、サービス業の完成形みたいな安心感を持っていた。
しかも声がいい。
落ち着いていて、耳に心地いい高さで、妙に距離感が近すぎない。丁寧なんだけど堅すぎなくて、必要なことを必要なだけ伝えてくれる、まさに理想の接客ボイスだ。
「あの、武器をお探しでしょうか?」
その一言だけで、「はいお願いします」って言いたくなる。危ない。
これ、NPCにガチ恋しちゃう人とか出るのも分かる。いやマジで分かる。現実の接客業でもこういう人に会うとちょっと感動するのに、こんなファンタジー世界でこんな完成度のコンシェルジュ出されたら、そりゃ落ちる人もいるだろう。
「ええと……はい。今の自分に合う武器を、ちょっと……」
そう答えながら、俺は少しだけ猫背になりかけた姿勢を正した。相手が綺麗なお姉さんだからか、自然と背筋が伸びる。いや、社会人の習性かなこれ。ちゃんとした接客を受けると、こっちもちゃんとしなきゃ、みたいな。
お姉さん――コンシェルジュと名札に書いてある――は、俺を上から下まで静かに観察した。外の視線のように露骨じゃない。
だが確実に見ている。体格、腕の長さ、重心、たぶんそういうものを総合的に判断しているんだろう。
その視線が胸元をかすめた瞬間、ほんのわずかに「分かります」という表情をした気がして、俺は内心でそっと遠い目になった。
分かります、じゃないんだよ。分かられても困るんだよ。
「まずは、いくつか実際にお試しいただくのがよろしいかと思います。こちらは初心者の方向けに、負荷を抑えた試用モデルをご用意しておりますので」
そう言って案内されたのは、例の不壊わら人形スペースだった。
近くで見ると、さらに腹立たしいほど頑丈そうである。わらなのに。いや、わらっぽい見た目なのに。触れると少し弾力があって、しかし中身は明らかにただのわらじゃない。表面は乾いているのに、妙に密度が高い。これ絶対何かしらの魔法素材だろ。だからそれ防具にしろって。
「では、まずはもっとも標準的な片手剣から試してみましょうか」
差し出された剣を受け取る。
重い。
いや、分かってた。分かってたけど、やっぱり重い。腕にずしっとくる。スライム1000匹啜ってVITだけ異常に盛れたとはいえ、STRは笑っちゃうくらい低いのだ。数値にして3。一般人以下じゃないのかそれ。
「構えてみてください」
言われるままに構える。
……構えようとする。
しかし、剣の重みで手首がぶれる。胸が邪魔で前傾しづらい。無理に腕を上げると重心がズレる。結果として、なんとも言えない、子どもが木の棒持って遊んでるみたいな姿勢になる。チュートリアルの時と何も変わっていない。
「あの、とっても重いです……」
「あら……」
姿勢は自分でも分かるくらいダサい。
へっぴり腰とかそういうレベルじゃない。腰が引けてるうえに、胸が前にあるのでさらに変なバランスになっている。剣先がぷるぷる震える。情けない。見た目は美少女なのにやってることが完全に初心者未満だ。
「一度、振ってみましょうか」
「はい……」
気合を入れる。
振る。いや振った?というか持ち上がった?
遅い。遅すぎる、そして鈍い。
空気を切る音がまったく気持ちよくない。ぶおん、じゃなくて、もそっ、みたいな感じだ。なんだこのへっぽこ感。
わら人形の胴に当たるには当たったが、ぽす、という微妙な音を立てて終わった。手に返ってくる衝撃も軽い。いや軽いというか、こっちの体勢が崩れてるせいで全然力が乗っていない。
「……ありがとうございます。では、次は槍を」
お姉さんはまったく嫌な顔ひとつせず、次の武器を差し出してくれた。
プロだ。
この接客力、すごすぎる。
しかしそのプロ意識が、逆に俺を追い詰める。だってこの人、めちゃくちゃ丁寧にやってくれてるのに、俺の武器適性がカスみたいな結果しか出ないんだから。
槍を持つ。
これも重い。しかも長い。距離感が難しい。前に突き出そうとした瞬間、今度は持ち手の後ろ側が店の床をこすりかけて、慌てて持ち上げる。危ない危ない。店で何やってんだ俺は。
杖も試した。が、これも微妙だった。魔法職向きかと思いきや、俺にはスキルも術式補助もない。詠唱だけでどうにかなる世界ではないらしく、ただ長い棒を持って立ち尽くす美少女が完成しただけだった。絵面だけ見れば神秘的かもしれないが。
短剣はまだマシかと思ったが、間合いが近すぎる。胸のせいで身体の前で細かい動きを作るのが難しい。いやマジで胸って戦闘の邪魔になるんだな。今まで考えたこともなかった。世の中の女性戦士系キャラってすごいんだな。あれ、絶対努力の結晶だわ。
棍棒も試した。結果、わら人形を叩くというより、自分のバランスを崩すための儀式みたいになった。
斧に至っては論外だった。持ち上がらないわけじゃないが、戻せない。振り切ったあとに「これを次どうするの?」となる。たぶん実戦だったら、そのままゴブリンに「隙だらけで草」って顔される。
そんなことをあれこれ試しているうちに、俺の心はじわじわと削られていった。
「……すみません」
何本目かの武器を返しながら、思わずそう口にしてしまう。
お姉さんはきょとんとした顔をした。
「どうして謝られるのですか?」
「いや、その……なんか、すごく困らせてる気がして」
だってそうだろ。こんなに丁寧に説明してくれてるのに、試す武器試す武器ぜんぶ「これじゃない」になってる。クレーマーじゃないんだから、こっちも申し訳なくなる。
だが、お姉さんはふわりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。武器選びは、ご自身の命を預ける相手を見つけるようなものですから。合わないものを無理にお勧めする方が、よほど問題です」
……言い方が優しい。
優しいし、正しい。
その一言でちょっと救われてしまった自分がいる。やばいなこのNPC、好き。心までケアしてくる。サービスの範囲を超えてるだろ。
「少々お待ちください。もしかすると、こちらの方がよろしいかもしれません」
そう言って、お姉さんは店の奥へ引っ込んでいった。
残された俺は、不壊わら人形を見ながらひとりで立ち尽くす。
「……いやほんと、お前で防具作ればいいのにな」
また言ってしまった。しつこいぞ俺。
しかし、それくらいしか考えることがない。剣は重い、槍は長い、斧は危ない、杖は活かせない。となると、残る選択肢なんてそう多くない気もするが……。
やがて、お姉さんが戻ってきた。
その手には、何か細長いものが乗っている。
「こちらはいかがでしょう」
差し出されたそれを見て、俺は一瞬、目を瞬かせた。
武器名が表示される。
――ポイズンニードル。
見た目は、すごかった。
なんというか、本当に“蜂のお尻”をそのままもぎ取って武器にしたみたいな形をしている。黒と黄色の縞模様を思わせる不穏な配色、細長く鋭い針状の先端、そして持ち手の部分は妙に生々しい曲線を描いていて、ちょっとした悪趣味さすらある。
「うわ……」
第一印象、だいぶキモい。
だが、同時に心がざわつく。
この“見た目のヤバそう感”には覚えがある。ゲームにおいて、こういう変な武器ってだいたい尖った性能してるのだ。見た目がまともじゃない代わりに、何かしらの抜け道がある。そういう匂いがする。
「……これって、もしかして」
俺は思わず身を乗り出した。
「非力な魔法使いでも、ごくたまに一撃で敵を倒せる、あの……?」
心の中では、RPGでよくある“運任せだけどロマンがある武器”のイメージが駆け巡っていた。弱いキャラが奇跡を起こすやつ。そういうの、大好きだ。
だが、お姉さんはにこやかなまま、きっぱりと首を横に振った。
「いいえ。ごくたまに敵を毒状態にするだけですね」
「違った」
即死武器の夢破れる。
しかも“ごくたまに”である。雑魚処理の革命児とかでも何でもない。ただのたまに毒。
「普段のダメージは1です、クリティカルで2です」
「1、てか2!?」
思わず素で声が裏返った。
いや、待て。1って。固定ダメージが1って、小石投げた方が強いんじゃないか? もはや“攻撃した”という事実を作るためだけの数字だろそれ。
しかし、お姉さんはそこで少しだけ表情を柔らかくした。
「ですが、今のリエラさんに他の武器は危なすぎます」
ぐっ。
正論で殴られた。
危なすぎる。分かる。めちゃくちゃ分かる。さっき自分でも十分理解した。重い武器持たせたら自分の方が危ない。むしろ敵より先に俺が転ぶ。
「こちらは特殊な加工を施しておりますので、針の重量が非常に軽く、手首への負担も少ない設計です。また、扱い自体は“刺す”ことに特化しておりますから、振り回す必要もありません」
言われて、恐る恐る受け取る。
軽い。
驚くほど軽い。
それでいて、先端には確かな鋭さがある。持ち手も手に馴染む。太すぎず細すぎず、指を掛けたときに自然と力が入る形だ。これなら――いけるかもしれない。
試しにわら人形へ向けて、前に突き出してみる。
すっ、と。
これまでの武器とは違って、動きが素直だった。重みで振られない。胸に邪魔されにくい。踏み込みは相変わらずぎこちないが、それでも「何をしたいか」が身体に伝わりやすい。
先端がわら人形に触れた瞬間、かすかな手応えがあった。
1ダメージだろうが何だろうが、少なくとも“当てる”感覚はある。
「……あ」
思わず、小さく声が漏れた。
これだ。
たぶん、今の俺が握れる武器はこれだ。
お姉さんが、静かに頷く。
「おそらく現時点では、もっとも事故が少なく、なおかつ継続的に使える選択肢かと思われます」
事故が少ない。
その評価基準、あまりにも今の俺向きすぎる。
「……おいくらですか」
恐る恐る聞く。
すると、お姉さんは申し訳なさそうに、しかしきちんとした声で答えた。
「特殊加工品ですので、通常の初心者武器よりは少々お高く……3000Gなのですが」
ぴたり、と俺の思考が止まった。
いま手元にある所持金、3000G。
つまり、ポーションや防具に回すお金は無くなるけど、
「ギリギリ……」
思わず口から漏れた本音に、お姉さんが困ったように微笑む。
だが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、この店でこの人に勧められたなら、それでいいか、という気持ちが強い。
何より、もう答えは出ている。
「それ……ください、買います!」
俺はきっぱりと言った。
お姉さんは、ほっとしたように表情を和らげる。
その顔がまた妙に綺麗で、「ああ、いい買い物したな」と思わせてくるあたり、本当に商売が上手い。好き。
会計を済ませ、ポイズンニードルを正式に受け取る。
インベントリに入れる前に、もう一度だけ手の中で重さを確かめる。軽い。扱えそうだ。毒がどれくらい頼りになるかは分からないが、少なくとも“今の俺でも振り回されずに済む”武器ではある。
「ご武運を」
最後にそう言ってくれたお姉さんに軽く会釈して、俺は店を出た。
外へ出ると、街の空気がまた一気に流れ込んでくる。人の気配、石畳の熱、風に混じる香辛料の匂い。さっきまでの店内よりも騒がしいはずなのに、不思議と頭は静かだった。
やることが決まったからだ。
ポイズンニードル。
1ダメージ。たまに毒。
頼りないようで、でも今の俺にはたぶん最適。
そして、試し相手として真っ先に浮かぶ顔はひとつしかない。
「……ゴブリン」
前に一匹にさえ返り討ちにされた、あの忌々しい緑色の小鬼。
今度は、こっちも丸腰じゃない。
俺はポイズンニードルを腰に差し、通りを抜け、門の向こうの草原へ向かって歩き出した。
風が、ツインテールを揺らす。
背中では尻尾が、わずかにぴくりと動く。
「待ってろよ」
小さく呟く。
その声は、思っていたよりずっと弾んで自分の耳に届いた。
書き溜めた分を更新します。少し長いですがお付き合いいただけると幸いです。




