其ノ二「雨の日は汁物が染みるのじゃ」
昼下がりの空は、どんよりと曇っていた。
ギルドを出た途端、ぽつり、ぽつりと雨が落ちてくる。
「……むぅ」
イズナは立ち止まり、空を仰ぐ。
狐耳が、ぺたりと気力なく垂れた。
「……嫌な予感はしておった……」
案の定、次の瞬間。
ざぁ――――っ。
容赦ない雨。
「……ちっ……」
小さく舌打ちする。
石畳を叩く雨音。 湿った空気。 体温を奪う風。
「……こういう日は……」
イズナの視線が、自然と街路の奥へ向いた。
「……温かい汁物に限る……」
食堂街の外れ。
雨のせいで人通りは少ない。
だが――
一軒だけ、妙に湯気が立ち上っている屋台があった。
大鍋から立ち上る白い蒸気。 鼻をくすぐる、魚介と味噌の香り。
「……ふむ」
暖簾には、手書きの文字。
《港風・貝汁》
「……入るしかあるまい」
屋台に入ると、店主の初老の男が顔を上げる。
「おや、嬢ちゃん。雨宿りかい?」
「……いや……腹ごしらえじゃ」
言った瞬間、ぐぅ、と腹が鳴る。
「はは、正直でいい」
「一杯、頼む」
「おう」
器に注がれた汁は、熱々だった。
刻み葱。 大ぶりの貝。 澄んだ味噌仕立て。
両手で器を包むと、じんわりと温もりが伝わる。
「おぉ…温かい!…いただく。」
一口。
「…………」
イズナは、目を瞬かせた。
「……これは……」
貝の旨味が、じわっと広がる。 味噌は主張しすぎず、しかし芯がある。
「……雨の日に……これは……ずるい……」
「はっは!美味いかい?」
「……うむ……胃袋に……染みる……」
もう一口。
今度は、貝を噛む。
「……ほぅ……火の通し方が……絶妙じゃ……」
屋台の主人が、にやりと笑う。
「昔、冒険者向けに作ってたんでね。冷えた体に効くだろ?」
「……よく分かっておるのぅ……」
イズナの尻尾が、ゆらりと揺れた。
雨音。 湯気。 静かな屋台。
一杯の汁が、体の奥から満たしていく。
「……ふぅ……」
飲み干す。
「……満足じゃ」
「おかわり、いるかい?」
「……いや……」
少し考えて。
「……いただこうかのぅ。」
「はは!」
雨は、いつの間にか小降りになっていた。
銀貨を置き、イズナは立ち上がる。
「……良い汁じゃった」
「ありがとよ。雨の日はまた来な」
「……うむ……」
外に出る。
雨上がりの街。 湿った石畳。 澄んだ空気。
イズナは深く息を吸う。
「……よし……」
狐耳が、ぴんと立つ。
「……腹が温まると……心も動く……」
遠くで、ギルドの鐘が鳴った。
「……さて……」
イズナは歩き出す。
満腹になったお腹を擦りながら。
結局、あの後四杯も飲んでしまったのだ。
「…今日は…軽い依頼にしておくかの……」
気まぐれ狐は、雨の名残を背に――
今日もまた、腹と気分を最優先に世界を渡るのだった。




