表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/73

第72話 シングルモルトは嘘をつかない。〜体感的検証中〜①

昼下がりのクル・ノワ探索者ギルド。

ざらついた光が窓から差し込み、机の上のパンくずを照らしていた。


ルオ、シエナ、ミモザの三人が、いつもの昼食をとっていると――

勢いよく扉が開いた。


「ルオ! チュロが捕まったと聞いたぞ!」

リシュアが息を切らしながら駆け込んでくる。


三人は同時に手を止め、驚いたようにリシュアを見つめた。

数秒の沈黙。


……そして何事もなかったかのように、また昼食に戻った。


シエナがスプーンをくるくる回しながら言う。

「いや〜、このスープ、前より塩気強いっすね。」


ミモザが頷きながら微笑む。

「ほんと♡ でもパンには合うわね。」


ルオが紅茶をすすり、軽く笑う。

「パンは塩気があるくらいが丁度いいんだ。人間関係と同じでな。」


リシュアが机を叩いた。

「おい!! チュロが捕まったんだぞ!? なんで昼飯の話してるんだ!!」


シエナがスプーンをくるくる回しながら言った。

「いや〜、このスープ、前より塩気強いっすね。」


ミモザが頷きながら微笑む。

「ほんと♡ でもパンには合うわね。」


ルオが紅茶をすすり、軽く笑う。

「パンは塩気があるくらいが丁度いいんだ。人間関係と同じでな。」


リシュアが机を叩いた。

「おい!! チュロが捕まったんだぞ!? なんで昼飯の話してるんだ!!」


ルオは紅茶を置き、淡々と答える。

「珍しいことじゃない。チュロの盗みを止めるのは不可能だが、捕まえるだけなら簡単だからな。

 市警局も検挙率を上げるために、定期的に“確保”してるぞ。」


ミモザがのんびり笑った。

「毎回、鍵束を盗んで勝手に出てくるから心配いらないわよ〜♡」


ルオが紅茶のカップを指で回しながら言う。

「で、今回は?」


シエナがスプーンを置いて答えた。

「酒だって聞いたっす。朝に。」


ルオが眉を上げる。

「酒? ワインか。……面白そうだな。」


ミモザがくすりと笑う。

「あら、チュロちゃんがお酒なんて珍しいわね♡」


リシュアが焦って叫ぶ。

「お前ら、何を言ってる!? チュロはまだ十七だぞ! 弟たちを養うために――万引きして捕まったんじゃないのか!?」


シエナが肩をすくめた。

「いやー、チュロちゃんの盗癖は万引きとか、そんな可愛いもんじゃないっすよ……」


ネズミの獣人チュロは、息を吸う様に窃盗を行う。

クル・ノワの裏路地で生まれ育ち、

ソレイユ区で起きる窃盗事件の実に七割が、

彼と弟たち――通称〈チュロズ〉の仕業と言われている。



紅茶を飲み干して、ルオは軽く呟く。

「前にな、商隊の馬車ごと持ってきたことがあった。

 “お馬さんが可愛かったんだもん!荷物はついてきただけ”って言い訳してな。」


ミモザがくすくす笑う。

「あれは見事だったわね♡ 馬車ごと売る気満々だったし。」


シエナが指を折って思い出す。

「あと、“便利そうな袋拾ったよ!”って言って中身入りの郵便袋まるごと持ってきたっす。

 中身、全部“公文書”!」


ルオが苦笑した。

「“拾っただけだよ”で三日で釈放されたな。あの図太さは才能だ。」


ミモザが楽しげに微笑む。

「そういえば、“露店でかわいい壺売ってたよ!”って言ってたけど――あれ、美術館の展示品だったのよね♡」


リシュアが絶句した。

「……あのニュース、チュロだったのか……」


シエナが帽子をかぶりながら立ち上がる。

「時間的にちょうどいいっす。並べ終わった頃っすね。」


リシュアが眉をひそめた。

「並べる? ……何を?」


シエナが振り返らずに笑う。

「押収品っすよ。チュロちゃんが捕まると、警察がいつも展示みたいに並べるんす。見に行くのが恒例っす。」


ミモザが軽く頬に手を当てた。

「ガスちゃんのセンスがいいのよね♡ 色ごととか形ごととか……今回はどんな趣向で並べるのかしら。」


シエナが笑いながら扉を押し開ける。

「早く行かないと、観覧できないっすよ!!」


リシュアが呆然と立ち尽くす。

「……観覧……?」


三人の笑い声が遠ざかる。

昼の鐘が鳴り、クル・ノワの風が吹き抜けた。


※※※


市警局クル・ノワ支部――証拠品保管室。

数人の記者と、ほとんどを占める野次馬でごった返していた。


ルオ、シエナ、ミモザ、そしてリシュアが人の波の隙間を抜けて入ってくる。


ルオが周囲を見回し、肩をすくめた。

「あーあ、満席か。」


シエナが苦笑する。

「ちょっと出遅れたっすねー。」


ミモザがウィンクしながら扇子を開く。

「仕方ないわね♡ 関係者席のチケットを融通してもらいましょ。――ガスちゃーん!」


奥の仕切りから、丸太のような腕がひらりと上がる。

「おー、ミモザ! に、お前らも。俺の仕事を見にきたかー!」


ガスは笑いながら手招きした。

「こいこい! 特等席、空けてあるぞ!」


人垣をかき分けて進むと、部屋の中央――

床いっぱいにウイスキーのボトルがずらりと並べられていた。

一見すると脈絡のない配置。形も色も、銘柄もバラバラ。


ミモザが思わず息を漏らした。

「……ガスちゃん、さすがだわ♡」


ガスがにやりと笑う。

「わかるか?」


案内された先、床一面に並べられた瓶が光を反射していた。

一見ランダムに見えるが、配置には奇妙な秩序があった。

酒造所の所在地、蒸留所の系統、熟成年数――

分類は完璧で、まるで専門店の陳列のようだ


ミモザが目を細めてため息を漏らす。

「それにしても……ジュール通りの老舗のバックバーくらい揃ってるわね♡」


ガスが鼻を鳴らした。

「だろう? あれなんて、“アルデンヌ島”の二十一年だぞ。」


ルオが片眉を上げる。

「封も切られてないのに、どうしてわかる?」


ガスは得意げに顎をしゃくった。

「瓶の腰のくびれと、ラベルの黄ばみ具合よ。

 職人の手癖が違うんだ。あの島のは、曲線が妙に色っぽい。」



シエナがため息をつく。

「もうこれ、鑑識よりブレンダー呼んだ方が早いっすよ……」


シエナが首をかしげながら言った。

「今回はちょっとマニアックすぎて、私にはわからなかったっす。ね? リシュアさん。」


リシュアは腕を組み、真面目な声で応じた。

「いや、芸術的かどうかは別として――

 しっかりと区分されていたことは理解できた。

 産地、蒸留所、熟成年数……意外と体系的だ。」



シエナが首をかしげた。

「リシュアさん、ウイスキー詳しいんすか?」


リシュアは淡々と答える。

「教養として嗜んではいる。」


シエナが腕を組む。

「ところで、なんでチュロちゃんはウイスキーなんて盗んだんすかね?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ