第72話 シングルモルトは嘘をつかない。〜体感的検証中〜①
昼下がりのクル・ノワ探索者ギルド。
ざらついた光が窓から差し込み、机の上のパンくずを照らしていた。
ルオ、シエナ、ミモザの三人が、いつもの昼食をとっていると――
勢いよく扉が開いた。
「ルオ! チュロが捕まったと聞いたぞ!」
リシュアが息を切らしながら駆け込んでくる。
三人は同時に手を止め、驚いたようにリシュアを見つめた。
数秒の沈黙。
……そして何事もなかったかのように、また昼食に戻った。
シエナがスプーンをくるくる回しながら言う。
「いや〜、このスープ、前より塩気強いっすね。」
ミモザが頷きながら微笑む。
「ほんと♡ でもパンには合うわね。」
ルオが紅茶をすすり、軽く笑う。
「パンは塩気があるくらいが丁度いいんだ。人間関係と同じでな。」
リシュアが机を叩いた。
「おい!! チュロが捕まったんだぞ!? なんで昼飯の話してるんだ!!」
シエナがスプーンをくるくる回しながら言った。
「いや〜、このスープ、前より塩気強いっすね。」
ミモザが頷きながら微笑む。
「ほんと♡ でもパンには合うわね。」
ルオが紅茶をすすり、軽く笑う。
「パンは塩気があるくらいが丁度いいんだ。人間関係と同じでな。」
リシュアが机を叩いた。
「おい!! チュロが捕まったんだぞ!? なんで昼飯の話してるんだ!!」
ルオは紅茶を置き、淡々と答える。
「珍しいことじゃない。チュロの盗みを止めるのは不可能だが、捕まえるだけなら簡単だからな。
市警局も検挙率を上げるために、定期的に“確保”してるぞ。」
ミモザがのんびり笑った。
「毎回、鍵束を盗んで勝手に出てくるから心配いらないわよ〜♡」
ルオが紅茶のカップを指で回しながら言う。
「で、今回は?」
シエナがスプーンを置いて答えた。
「酒だって聞いたっす。朝に。」
ルオが眉を上げる。
「酒? ワインか。……面白そうだな。」
ミモザがくすりと笑う。
「あら、チュロちゃんがお酒なんて珍しいわね♡」
リシュアが焦って叫ぶ。
「お前ら、何を言ってる!? チュロはまだ十七だぞ! 弟たちを養うために――万引きして捕まったんじゃないのか!?」
シエナが肩をすくめた。
「いやー、チュロちゃんの盗癖は万引きとか、そんな可愛いもんじゃないっすよ……」
ネズミの獣人チュロは、息を吸う様に窃盗を行う。
クル・ノワの裏路地で生まれ育ち、
ソレイユ区で起きる窃盗事件の実に七割が、
彼と弟たち――通称〈チュロズ〉の仕業と言われている。
紅茶を飲み干して、ルオは軽く呟く。
「前にな、商隊の馬車ごと持ってきたことがあった。
“お馬さんが可愛かったんだもん!荷物はついてきただけ”って言い訳してな。」
ミモザがくすくす笑う。
「あれは見事だったわね♡ 馬車ごと売る気満々だったし。」
シエナが指を折って思い出す。
「あと、“便利そうな袋拾ったよ!”って言って中身入りの郵便袋まるごと持ってきたっす。
中身、全部“公文書”!」
ルオが苦笑した。
「“拾っただけだよ”で三日で釈放されたな。あの図太さは才能だ。」
ミモザが楽しげに微笑む。
「そういえば、“露店でかわいい壺売ってたよ!”って言ってたけど――あれ、美術館の展示品だったのよね♡」
リシュアが絶句した。
「……あのニュース、チュロだったのか……」
シエナが帽子をかぶりながら立ち上がる。
「時間的にちょうどいいっす。並べ終わった頃っすね。」
リシュアが眉をひそめた。
「並べる? ……何を?」
シエナが振り返らずに笑う。
「押収品っすよ。チュロちゃんが捕まると、警察がいつも展示みたいに並べるんす。見に行くのが恒例っす。」
ミモザが軽く頬に手を当てた。
「ガスちゃんのセンスがいいのよね♡ 色ごととか形ごととか……今回はどんな趣向で並べるのかしら。」
シエナが笑いながら扉を押し開ける。
「早く行かないと、観覧できないっすよ!!」
リシュアが呆然と立ち尽くす。
「……観覧……?」
三人の笑い声が遠ざかる。
昼の鐘が鳴り、クル・ノワの風が吹き抜けた。
※※※
市警局クル・ノワ支部――証拠品保管室。
数人の記者と、ほとんどを占める野次馬でごった返していた。
ルオ、シエナ、ミモザ、そしてリシュアが人の波の隙間を抜けて入ってくる。
ルオが周囲を見回し、肩をすくめた。
「あーあ、満席か。」
シエナが苦笑する。
「ちょっと出遅れたっすねー。」
ミモザがウィンクしながら扇子を開く。
「仕方ないわね♡ 関係者席のチケットを融通してもらいましょ。――ガスちゃーん!」
奥の仕切りから、丸太のような腕がひらりと上がる。
「おー、ミモザ! に、お前らも。俺の仕事を見にきたかー!」
ガスは笑いながら手招きした。
「こいこい! 特等席、空けてあるぞ!」
人垣をかき分けて進むと、部屋の中央――
床いっぱいにウイスキーのボトルがずらりと並べられていた。
一見すると脈絡のない配置。形も色も、銘柄もバラバラ。
ミモザが思わず息を漏らした。
「……ガスちゃん、さすがだわ♡」
ガスがにやりと笑う。
「わかるか?」
案内された先、床一面に並べられた瓶が光を反射していた。
一見ランダムに見えるが、配置には奇妙な秩序があった。
酒造所の所在地、蒸留所の系統、熟成年数――
分類は完璧で、まるで専門店の陳列のようだ
ミモザが目を細めてため息を漏らす。
「それにしても……ジュール通りの老舗のバックバーくらい揃ってるわね♡」
ガスが鼻を鳴らした。
「だろう? あれなんて、“アルデンヌ島”の二十一年だぞ。」
ルオが片眉を上げる。
「封も切られてないのに、どうしてわかる?」
ガスは得意げに顎をしゃくった。
「瓶の腰のくびれと、ラベルの黄ばみ具合よ。
職人の手癖が違うんだ。あの島のは、曲線が妙に色っぽい。」
シエナがため息をつく。
「もうこれ、鑑識よりブレンダー呼んだ方が早いっすよ……」
シエナが首をかしげながら言った。
「今回はちょっとマニアックすぎて、私にはわからなかったっす。ね? リシュアさん。」
リシュアは腕を組み、真面目な声で応じた。
「いや、芸術的かどうかは別として――
しっかりと区分されていたことは理解できた。
産地、蒸留所、熟成年数……意外と体系的だ。」
シエナが首をかしげた。
「リシュアさん、ウイスキー詳しいんすか?」
リシュアは淡々と答える。
「教養として嗜んではいる。」
シエナが腕を組む。
「ところで、なんでチュロちゃんはウイスキーなんて盗んだんすかね?




